第二幕~あなたには友なんて要りませんわね?①~
それから2年の時が過ぎた。
ウルスラは12歳になり、順調に淑女としての道を歩んでいる。
あれから婚約したモートンとは仲睦まじい様子を周囲に見せるように、一緒に屋敷で過ごしたり、街中に出掛けるなどデートを重ねていた。
それもすべては、いずれ来る復讐のため。日々、早くこの男を地獄に叩き落したいと楽しみにしている。
そんなある日、待望の一通の手紙が届いた。内容は、諜報部の訓練課程を終えたというもの。これには喜びが隠せない。ついにモートンへの復讐を本格的に開始できるのだ。
翌日、今か今かと浮足立ちながら、部屋の窓から玄関を見ている。日が昇り、朝食と昼食の中間になる頃、門の前に王家の紋章が刻まれた馬車が止まるのが目に入った。
(来たわ!お出迎えしなくちゃ)
待ち人の到着に居ても立っても居られず、呼ばれる前に部屋を出ていく。階段を下り、ホールへたどり着くと、そこには3年ぶりに再会する5人の姿があった。
「やぁウルスラ嬢。久しぶりだね」
「フェリクス殿下、お久しぶりです!」
少しだけ伸びた緑の髪を揺らしているフェリクス。3年ぶりのフェリクスは大人らしさが増したような気がして、ドキッとしてしまった。
(あ、あら…今のは何かしら?変ね…)
自分の意図しない感情に驚きつつも、ウルスラはフェリクスの後ろに控える4人に目をやった。
そちらもまた、3年ぶりの主人との再会で大人しく頭を下げている。
「待たせたね。君の期待どおりに彼らを仕上げてきたよ」
フェリクスは自身を横にずらし、4つ子をウルスラに見せる。
パリッとした黒の侍従服を身にまとい、胸に手を当てて片手は背中に回している。一部の隙も無い礼の姿に、ウルスラは感動した。
「さぁ君たち。3年の成果を、ウルスラ嬢に見せてあげなさい」
フェリクスの言葉に4人は顔を上げる。そこには奴隷市場から買った4つ子の、見事に成長した姿があった。
アルビノとしての白い髪と肌に、赤い瞳はそのまま。しかし、栄養不足だった3年前と異なり、しっかりした食事がとれたことで立派な青年の体格をしている。くぼんだ眼窩が見せた不気味さは無くなり、アルビノの神秘さとたくましくなった体が合わさって恐ろしいまでの色気を放っていた。
整った容姿に、切れ長の目で見つめられるとそれだけで並の女性なら落ちてしまうだろう。事実、後ろで侍女の一人が倒れている。
「アーサー、オーティス、ラルフ、デニス。久しぶりね」
ウルスラは右から順に4つ子を見事言い当てていく。変わらぬ主人の目に、4つ子は感激しつつゆっくりと頭を下げた。
「お嬢様も、息災のようでなによりでございます」
「われら、お嬢様のために研鑽を積んでまいりました」
「今こそ、その成果をお嬢様のお役に立てるよう、はせ参じた次第」
「どうぞ、我らが身、お嬢様と共にありますよう」
目を閉じれば一人しか喋っていないと錯覚してしまうほど、全く同じ声が4人それぞれから発せられる。
見違えるほどに成長した4つ子にウルスラは感激した。改めて4つ子を見返す。そのとき、4つ子の首にチョーカーと、それぞれに4色の宝石が付いているのに気付いた。
まるで猫が付ける鈴のようだ。一体何なのかと思い、フェリクスに尋ねてみる。
「殿下、4人の首に付けられているのは何ですか?」
「ああ…あれはね、彼らを見分けられるのが結局君以外いなかったから、仕方なく見分けるために付けさせてもらった。どの色が誰なのかは、もう君には分かるだろう?」
「はい」
アーサーは白いパール。
オーティスは青いサファイア。
ラルフは赤いルビー。
デニスは黄色のオパール。
確かに彼らはもうこれからヴィンディクタ家の使用人という立場になる。ウルスラだけが見分けられればいいという状況ではなくなるのだ。必要な処置である。
なお余談ではあるが、どの石を付けるかで4つ子が生まれて初めての喧嘩をしている。それは、「誰がエメラルドを付けるか」だった。
つまり、ウルスラの瞳の色である碧を誰が付けるかで揉めたのである。
当然、全員がエメラルドを付けたのでは石を身に着ける意味が無くなってしまう。ならば自分こそがとなるが、他の4つ子が譲らない。最初はそれを傍観していたフェリクスだが、どこか面白くない感情が湧き上がってきた。
自分でも分からない。ただその感情が示すのは、エメラルドを付けさせたくないという気持ちだけ。
結局、エメラルドはフェリクスが没収し、4つ子にはエメラルド以外の石を選んで身に着けさせることになった…という話がある。
それから場所を応接間に移し、フェリクスとウルスラは対面でソファーに座った。4つ子はもうウルスラの背後に侍っている。
屋敷の使用人とは違う、自分だけの諜報部。それが背後に控えていると思うと、なんだかくすぐったい気持ちになった。
早速とばかりに、今回の諜報部の件についてウルスラは感謝の意を込めて頭を下げた。
「フェリクス殿下、この度はまことにありがとうございます」
「大したことはしていないさ。なにせ彼らの訓練に打ち込む本気さは、ぼくの部下にもなかなかいないほどだった。それだけ、君に役に立ちたいと本気で願っていたということだ。おかげであっという間に訓練課程は終えたし、実戦訓練でも見事なものだったよ。正直、このままぼくの部下に組み込みたいくらいにね」
「まぁ」
フェリクスにそこまで言わせるなんてすごいことだ。驚いて後ろを振り返るが、4つ子は微動だにしていない。当然だと言わんばかりの態度に、ウルスラの口からは笑みがこぼれる。
「彼らの諜報と護衛としての能力はぼくが保証する。何を命じても、彼らはやり遂げてくれるよ」
そう言うフェリクスの顔は、黒い笑顔を浮かべている。
「それは安心いたしました。彼らには少し大変なことを頼みたいのですからね」
言葉を選びながら満面の笑みを浮かべて応じた。
これでウルスラの下準備は整った。これからが仕掛け時だ。気が引き締まる思いと、ようやく始まる復讐劇に高揚感が増していく。
少し雑談をかわした後、ウルスラは少し言いづらい、でも言わないと落ち着かない話題を切り出した。
「ところで殿下。彼らをここまで鍛えてくれた…その、教育費と言いますか、そういったものは…」
言葉にしながら、後ろめたさからどんどん尻すぼみになっていく。
彼らはウルスラの諜報部として奴隷から買い上げたのだ。本来彼らにかかる費用はウルスラが支払うべきだろう。…残念ながらウルスラは事業を起こしているわけではないので、払うのはウルスラの父になるのだが。
それにフェリクスは少し悩む様を見せてくる。
(悩んでらっしゃるわ。これは相当かかったということ?うぅ…私のお小遣いの前借で何とかなるかしら?)
ウルスラが肩身を狭くして答えを待っていると、いきなりフェリクスは吹き出した。その様子に、ウルスラはきょとんとしてしまう。
「ああすまない。君が落ち着かない様子を見せるのがおかしくてね。ふふっ」
「えっ、あの、それは……」
そんな理由で笑われているなんて…そう思うとなんだか恥ずかしくなってしまう。どうしてか、フェリクスに笑われると、なんだか落ち着かないのだ。
「さて、話を戻そうか。教育費だが要らないよ。まぁ言ってしまうと、彼らには自分たちで払ってもらった。さっき言っただろう?実戦教育をしたと。その仕事の報酬で賄ったから、君が払う必要はない」
「そうなんですね、よかっ……いやっ、今の違…」
フェリクスの言葉に、一瞬安堵してしまった自分が恥ずかしくなる。せっかく主人となるのに、こんな情けない姿は見せられない。なのだが、いつの間にか後ろからも笑い声が漏れていた。
「あなたたち…!」
振り向けば、4つ子はすまし顔でそこにいた。そう、すまし顔だ。誤魔化したのが見え見えだけど、わざと誤魔化したのを見せびらかしているようで、尚更腹立たしい。
「まったく……」
「ふふっ、かわいいなぁ、君は」
「えっ…」
「かわいい」それにまたウルスラの心臓が跳ねる。そんなことを言われることはそれなりにあるのに。それが、フェリクスの口から言われるとどうしてこうも落ち着かなくなるのか、分からない。
今日は不可解なことだらけだと、ウルスラは首を横に振って余計なことを断ち切った。
「さて、からかうのはこれくらいにして、せっかくだし報酬は別で貰おうかな。それも、君にしか払えない報酬だ」
「からかっ……いえ、私にしか払えない報酬、ですか?」
「そう。払ってもらえるかな?」
「……払います」
本当は中身を先に聞きたいところだが、既に4つ子を鍛えてもらった手前、中身次第で払う払わないを決めるわけにもいかない。ウルスラは緊張した面持ちで答えた。
「じゃあ払ってもらおう」
そう言うフェリクスの顔は、初めて会った時と同じ、楽しい楽しいおもちゃを見つけたときのような愉悦を思わせるような笑顔。
その笑顔に、ウルスラは緊張よりもなぜか心が浮足立つ気がした。
「君が、彼ら諜報部を欲する理由を教えてほしいな」




