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魔族の騎士  作者: らつもふ
24/25

魔族の人間

 ゴーレムは地響きのような唸り声を上げながらゆっくりと立ち上がり、地面に突き刺さったままの槍を掴むと力任せに引き抜いた。

 コスメールはこの僅かなタイミングを見逃さず、爆発的なダッシュでゴーレムとの距離を縮めると、左膝に向かって突きを放った。

 至近距離で膝関節を攻撃されたためゴーレムは大きくバランスを崩し、左膝を地面につけて片膝で立つ形となった。

 「ちっ!」

 思っていたよりもダメージを与える事ができず、コスメールは軽く舌打ちをすると、今度は右膝を狙って突きを放つ。

 爆発音と共にゴーレムの右膝が土煙に覆われ、上半身が右側へ倒れ掛かったが、咄嗟に右手に持った槍を地面に刺してそれを支えにして何とか横転を免れた。

 ゴーレムは左手を地面につき何とかバランスを保つと、コスメールへすでに原型が無い頭部を向けた。

 コスメールは無表情で地面に立ちゴーレムを見上げている。

 ゴーレムは地面についた左手で土を握ると、そのままコスメール目がけて投げつけた。

 巨大な手で投げられた大量の土砂は拡散しながらコスメールの目前に迫る。それは直撃すると命の危険すらあるほどの威力があった。

 コスメールは反射的にジャンプで土砂を避けた。だが、ゴーレムはこれを読んでおり、空中で無防備なコスメールに対して、地面に刺した槍を引き抜きざまに横一文字に薙ぎ払った。

 俊敏で小柄なコスメールがジャンプを多用するのは、一緒に戦ってきたザライドマセルにとって一番わかりやすい行動であり、ゴーレムと化した状況下にあっても本能的に察したのだった。

 コスメールは避けれないと判断し、双剣を目の前でクロスさせ唸りを上げて迫る槍を受け流そうと考えた。

 金属同士が激突し空中で火花を散らす。

 狙い通りコスメールは槍を双剣で受けると、体を捻って槍を後方へ受け流そうとしたが、衝撃波までは避ける事が出来ずにそのまま吹き飛ばされてしまい、公路脇の雑木林に突っ込むと、何本もの細い木をへし折り、巨木に激突してドサリと地面に落下した。

 その衝撃でヘルムは吹き飛び、鮮血が額から頬にかけて幾筋も流れ出し、双剣も地面に転がった。

 うおおぉぉぉおお!!

 ゴーレムは大きく唸り声を上げて立ち上がると、公路上に残っているマールシェに向き直った。

 マールシェは片手剣を抜いていたが構えておらず、ゴーレムの標的が自分に向いた状況にあっても、剣は右手に持ったまま剣先は下を向いていた。

 ゴーレムは勝利を確信したかのように吠えると、槍を両手で持って高々と振り上げた。

 それでもマールシェは戦闘態勢には入らずにゴーレムを見上げるとポツリと呟いた。

 「本当は私も相手をしてあげたいのだけれど、あんたの相手は私じゃない…………」

 ボッ!

 大気圧の急激な変化を感じた瞬間、ゴーレムの頭部は木端微塵に吹き飛び、反動でそのまま地響きとともに右側へ倒れると、上半身が公路下に落ちて大量の土埃が空中に舞った。

 「私と戦っている最中によそ見をするとは、舐めた真似をするじゃない?」

 そう言ってコスメールは土埃の中で右手を横一閃になぎ払うと、土埃は瞬時に四散した。

 「本当は全ての呪符を剥がして終わりにしようと思ったけれど、私の力を見くびった罰として、アンタの体を粉々にして土に帰してあげることにしたわ」

 土埃が晴れ、姿を現したコスメールは、とても強気の発言をするだけの状況には見えなかった。

 相変わらず鮮血が頭部から流れており、小さな顎から真っ赤な血が滴り落ちていて、左手には短剣が握られていたが、負傷したのか完全に左腕がぶらぶらと垂れ下がった状態だった。

 たった一撃でコスメールはかなりの重傷を負わされたのだが、コスメール自身は自分より強いのはボッシュだけと信じているため、ゴーレムごときにやられたとは断じて認めていなかった。むしろ、それを証明するためにもゴーレムを完全に粉砕しなければ気が収まらなかった。

 これまではある意味、情を持って戦っていたコスメールであったが、こんな姿にされた今となっては完全にそんな心は消え失せ、本来の力でザライドマセルの討伐に臨むことができるのだ。

 「コスメール、本当に大丈夫!?私が代わってやろうか!?」

 マールシェがコスメールに声を掛けると「ふふん」と鼻で笑ってから横目でマールシェを見る。

 「本来のザライドマセルであればいざ知らず、ゴーレムに堕ちた者などこれくらいのハンデで丁度いい」

 そう言って再びゴーレムを見ると、両手両膝を地面について公路から落ちた上半身を起こそうとしている所だった。

 「何をモタモタしてるのよ!?『一番槍のザライドマセル』が聞いて呆れるじゃない!」

 コスメールはそう叫ぶと目にも止まらぬ速さでゴーレム目がけてダッシュする。額を流れる血が大気圧で瞬時に霧状となるほどのスピードだ。同時に短剣を持った右手を前方に突き出した。

 ゴーレムの左後方から放った突きは起き上がろうとしていたゴーレムに直撃すると、衝撃波で左半身が爆発し粉々に吹き飛んだ。

 近くにいたマールシェは衝撃波に備えてラウンドシールドに身を隠して踏ん張ったが、それでも3メートルほど後方に吹き飛ばされた。

 土煙を上げて公路下に落ちたゴーレムは、木を薙ぎ倒しながらひっくり返った。草葉や小枝が土煙と共に高々と舞う。

 コスメールは左腕を押さえながらゆっくりと近づくと、公路下で頭部と左半身を失って倒れているゴーレムを見つめた。

 「残るは右腕、右足、それと胴体だけ………マセル!すぐに解放してあげるからじっとしてなさい!」

 公路上で右手を大きく後方へ振りかぶるコスメール。

 「!!!」

 左腕の痛みで一瞬動きが止まるコスメール。

 ゴーレムはここぞとばかりに槍を握った右腕を勢いよく突き出した。

 槍はコスメールまでは届かないように思えたが、突き出された槍はゴーレムの手の中を滑ると勢いよく飛び出し、高く盛られた公路の土手に突き刺さると、そのまま公路を破壊して槍は突き抜けた。

 コスメールは反射的に横っ飛びで避けようとしたが、左腕を庇いながらのため土砂と共に吹き飛ばされ公路上に転がった。

 まさにスピードのコスメールとパワーのザライドマセルの戦いだった。だが、コスメールは納得していない。

 どんなに優秀な魂が宿っているとしても、所詮は岩の人形である。そんなゴーレムに苦戦しているとあっては、5色騎士団としての誇りが、いや、それ以上に自身のプライドが許さないのだ。

 「………こ………このっ………!」

 コスメールは右手一本で体を起こすと双剣を握る。

 「黙って消えろ!!!」

 そう叫ぶのと同時に凄まじい爆発音が響く。大気は切り割かれゴーレムが大爆発する。

 爆発は公路上にまで及び、攻撃を放ったコスメール自身も爆風に飲み込まれて吹き飛ばされる。

 マールシェは盾に身を隠しながらなんとか爆風に耐える。

 遠く北方へ退避していた東方軍にまでその衝撃が伝わってきて、全員が身をかがめていた。

 ゴーレムがいた場所は巨大なクレーターが形成され、周囲50メートルは草木の姿は無くなっていた。幾筋もの黒煙がクレーターから立ち昇り、巻き上げられた砂塵がバラバラと上空から降ってくる。

 満身創痍のゴーレム1体に対しては完全にオーバーキルだったが、それこそがコスメールがザライドマセルのために捧げた全身全霊の攻撃だった。

 マールシェはラウンドシールドの影から身を出すと、公路上を左腕を押さえながらゆっくりと歩くコスメールの姿を見つけた。

 コスメールは無言でひび割れ、崩れかかっている公路を進むと、まだ煙が立ち昇るクレーターを見る。

 マールシェもコスメールの隣に並ぶと、クレーターを見てザライドマセルへ最後の別れの挨拶をした。

 時宗はその光景を眺めながら影千代へ話しかける。

 「あの小娘………恐ろしいほどの強さだな………」

 「あの攻撃をこちらに向けられたら一瞬で我々は全滅だ」

 「同じ人間とはとても思えぬな」

 「そうだな………ところで時宗………」

 「!?」

 突然話題を変えてきた影千代に対して何事かと首を傾げる時宗。

 影千代は真面目な表情で時宗を見て口を開いた。

 「お前………我が巫女はどうした?」

 「どうしたとは何だ?さきほどお連れしたではないか?」

 「で、今はどこにおられるのかと聞いておるのだ」

 「どこって、御付き衆が………」

 そう言って時宗が振り返ると、少し離れた所で御付き衆が「巫女様!何処へ!」と叫びながら南へ向かって走っているのが見えた。

 時宗と影千代は顔を合わせて叫んだ。

 「まさか!?」

 二人は更に南へ目を向けると、馬に乗った皐月が公路に向かっているのが見えた。

 「巫女様!?くそっ、ここは貴様に任せる!俺は巫女様を追う!」

 時宗はそう言うとすぐに馬を走らせた。背中越しに「頼んだぞ」と影千代の声が聞こえてきた。

 必死に皐月を追いながら時宗はつい叫んでしまった。

 「巫女様に馬の乗り方を教えたのは間違いだったわ!」



 マールシェはうずくまるコスメールに寄り添って心配していた。

 「その体ではこれ以上の戦は無理だ。グラードへ戻って養生するしかないが………お前にはヒポグリフがいないのだったな………」

 「………私は大丈夫………ボッシュさまと合流する」

 「今のお前は足手まといだ。いっその事いない方がマシだ」

 「っ…………!」

 マールシェにはっきり言われ、コスメールは反論できず唇を噛んだ。

 「もうしばらくここで待てばアスタロト様が来ると思うが………ただ、東方人らがどう出るか………」

 「もしやマールシェは私をここに置いて行くと言うのか!?」

 「何度も言わせるな、お前は足手まといだ。ボッシュは単身でバルベリス様のもとへ出向いたのだぞ!?大変な事になる前に奴を止めねば………!」

 マールシェはそう言って立ち上がると、自分のヒポグリフを呼んだ。

 慌ててコスメールも立ち上がろうとするが、左腕に激痛が走り、すぐにしゃがみこんだ。

 「言わんこっちゃない………コスメール、無理をするな」

 マールシェはそう言ってコスメールの右肩に手を置く。

 するとコスメールは素早くその手を掴むと、流れた血が固まってどす黒くなった顔を上げた。

 「捕まえた………私を連れて行くと約束するまでこの手は離さ……ない………」

 コスメールはマールシェの手を握ったままその場に倒れ込んだ。

 「お、おい!コスメール!」

 マールシェは慌ててコスメールを抱き起す。

 「大丈夫か!?コスメール!」

 マールシェは声を掛けるが、コスメールは目を閉じたまま反応が無い。すぐに呼吸と脈を確認したが、どうやら気を失っているだけのようだった。

 このままコスメールをこの場に置いては行けない。だが、マールシェには時間が無かった。怒りに任せてボッシュが過ちを起こさないとは言い切れない………いや、むしろその可能性の方が高い。

 「どうすれば………」

 マールシェは途方に暮れていた。

 すると東からこちらに向かってくる馬が見えた。

 「あれは………巫女………か!?」

 白と朱の大陸では見かけない、独特な服を着ているので一目でわかる。

 先ほどの戦闘で公路が通行できないほど傷んでいたので、巫女は馬を下りると自分の足で駆け寄ってくる。

 マールシェは左手でコスメールを抱きつつ、座ったまま右手で剣を構えて警戒態勢を取る。

 「待ってください!私に敵意は有りません!」

 両手を振りながら皐月は崩れかけた地面を避けつつ近づいた。

 あと5メートルほどという所でマールシェが鋭い声で叫んだ。

 「そこで止まれ!!」

 ビクッとして皐月はその場で止まった。

 マールシェは若干トーンを落として口を開いた。

 「東方人よ、何をしにここまで来たのだ!?」

 「私はその傷つき倒れた命の恩人を助けにきました!」

 「何だと!?」

 マールシェは巫女の言う事が良くわからなかったが、すぐに皐月が答えた。

 「だってそうではありませんか!?あの岩の巨人から私達を守ってくれたのですから!………そのお方がいなければ、私達は岩の巨人に蹂躙されていたことでしょう!」

 「………」

 別に東方人のために行ったことではない。だが、結果的には敵を手助けすることになり、マールシェの心中は複雑な気持であった。

 「………で!?ノコノコと何をしにここにやって来たのだ!?」

 自分のモヤモヤした気持ちを晴らすように皐月に対して棘がある言い方をする。

 だが、皐月はそのような事を意に介さず話した。

 「私はそのお方の傷を癒す事ができます!」

 「!!!」

 マールシェは驚いた。敵であるはずのコスメールの傷を癒すなど、普通では考えられないからだ。

 「巫女よ。そのような話、にわかには信じ難い………!」

 「私には治癒の術があります!どうか、私にその恩人を助けさせて下さい!必ずや元気なお姿となることでしょう!」

 「だからその術が信用できんと言っておるのだ!良いか!?傷つき無抵抗なコスメールを、敵である巫女の手に委ねるなど出来るはずが無いだろう!?その気になれば、治癒の術と称してコスメールを亡き者にすることだって出来るはずだ!そのような手に乗る私ではない!」

 マールシェの言っている事は正論である。特に力こそが正義であるこの大陸にあっては、簡単に他人を信用するような真似は絶対にしないのだ。

 「私は丸腰です!何か不穏な動きがあればすぐに切って下さって結構です!だから、どうか、お願いします!」

 必死に皐月は叫ぶ。その姿が逆にマールシェを疑心暗鬼にさせる。

 ───どうしてこの巫女はこんなにもコスメールを助けたがっているのか!?

 マールシェはストレートに皐月に聞いた。

 「巫女よ、どうしてそこまでして敵であるコスメールを助けたいのだ!?本当のところ、何を考えている!?」

 「そ、それは………」

 皐月は言葉に詰まり視線を落としたが、すぐにマールシェを見るとはっきり言った。

 「私はボッシュ殿の身を案じているのです!今、ボッシュ殿をお助け出来るのはあなた達二人だけです!ですが、その傷ではボッシュ殿をお助けすることは出来ないでしょう………だから、私が治して差し上げるので、その代わりボッシュ殿のお力になって欲しいのです!」

 「………」

 意外な答えが返ってきてマールシェは呆気にとられた。しかし、この状況では一番しっくりくる回答だった。

 「巫女はボッシュのことを………そうか………」

 だから公路上でボッシュと遭遇した時も、単身で前に出てきて戦う意思を見せなかったのか………。顔を赤らめる皐月を見て、マールシェは全てに納得したのだった。

 どっちみち、コスメールがこの状態ではこちらも動きが取れない。であれば、ここは巫女に賭けるべきか?

 「わかった。コスメールを治してくれ………ただし、不穏な動きがあれば問答無用で斬る!よいか!?」

 「それで結構です!では、すぐに術の準備を行います!」

 そう言ったものの、術に必要な神器は御付き衆が持っているため、それを取りに戻らなければならなかった。

 途端に皐月の表情が曇る。

 すると、背後から声をかける者があった。

 「巫女様、すぐに術の準備に取り掛かります!」

 その声に皐月の表情はパッと明るくなり涙を浮かべながら振り返ると、そこには御付き衆の長である小梅と、馬から降りて跪く時宗の姿があった。

 「ああ!小梅!時宗!」

 皐月はすぐに小梅に元に駆け寄るとその両手を握った。

 「巫女様」

 小梅も皐月の手を握り返すとすぐに口を開いた。

 「神器は私が御持ちしました。すぐに術の準備に入ります!」

 小梅はそう言って背負っていた葛篭を降ろすと、そこには神器が納められていた。

 「よく私の心がわかりましたね?」

 「もちろんです。幼い時から片時も離れず巫女様と一緒にいたのですから、巫女様の事はこの小梅が一番よく知っております。ちょうど時宗様が馬で巫女様を追っているのが見えたので、呼び止めて参上した次第です」

 「時宗もご苦労でしたね」

 皐月は跪く時宗にも声を掛けた。

 「私はただ馬を走らせただけです」

 そう言って頭を下げる時宗だったが、圧倒的な力不足を認識しながらも、マールシェの動向を監視して万一の時は命に代えても皐月を守ろうと考えていた。

 小梅はその間も淡々と術の準備を進め、皐月は公路上に正五芒星を描き終えるとマールシェに言った。

 「この上に負傷者を仰向けで寝かせてください。そして頭は五芒星の頂点に向けてください」

 マールシェは一瞬躊躇ったが、すぐにコスメールを抱えて正五芒星の中心に寝かせると皐月を見て再確認した。

 「本当に大丈夫なのだろうな?」

 すると皐月はにこりと笑い短く言った。

 「当然です」

 その堂々たる姿は自信に溢れており、不思議とその言葉に説得力を持っていた。

 マールシェはその言葉を聞いて軽く頷くと、その場を離れて少し離れた場所で見守る事にした。

 皐月の巫女は周囲を見渡すと、高らかに宣言した。

 「これより治癒の術を執り行います!」



 その頃、ボッシュは悪魔バルベリスと謁見中であった。

 バルベリスはいつものように着飾った白馬に跨り、昔の貴族風の装いで跪くボッシュを見下ろしていた。

 「ボッシュよ。お前にはゴーレムの活躍を見届けるよう指示を出していたはずですが、どのような要件でここに戻って来たのですか?」

 「そのゴーレムにつきまして、どうしてもバルベリス様へ確認したき事がございます」

 「ほう………それは進軍を止めてまでもしなければならぬ事だと?」

 「私にとってはその通りでございます」

 「ふふふ………」

 バルベリスは馬上で不気味な笑みを浮かべると更に続けた。

 「わかりました。仮にも騎士団をまとめるボッシュがどうしてもと言うのであれば、聞かぬ訳にはいかないでしょう」

 「有難うございます」

 そう言ってボッシュは深々と頭を下げると、一呼吸置いて顔を上げバルベリスを真っ直ぐ見た。

 「それではお聞きします。あのゴーレムの正体ですが………あれは………我ら騎士団の一人、ザライドマセルなのでしょうか?」

 ボッシュは一瞬どう聞こうか迷ったが、何の小細工も無く直球でバルベリスへ投げかけた。

 バルベリスは不敵な笑顔のまま短く即答する。

 「その通りです」

 「何故です!?」

 ボッシュもすぐに聞き返した。

 「あの時………ザライドマセルが傷つき倒れた時、バルベリス様はグラードへ連れて行くと仰っていたではありませんか!?」

 「確かにそう言いました」

 ボッシュの問いに、バルベリスはあっさりと認めた。

 「では何故………」

 「気が変わりました」

 バルベリスはそう言うと更に続けた。

 「あの時すでにザライドマセルは重傷を負っており、しかもあの光によって攻撃を受ければアスモデウスの例を見てもわかる通り、その傷は癒えることはありません。そのような状態で生き続けるよりも、その魂を我ら魔族のために使う事の方が本人のためにも良いと判断したのです」

 「我々はその事を聞いておりません!」

 「どうしてお前たちに断りを入れる必要があるのですか?」

 「ザライドマセルは我々の同志であり、同じ人間です!例え最終的には命を落とすことになろうとも、その弔い方には人間としての習わしがございます!」

 ボッシュは必死に訴えかけたが、バルベリスは表情を変えずに口を開いた。

 「人間である前に、お前たちは魔族です。魔族である以上、悪魔である私が下したことに従うのが道理というものです。それなのにお前はこの私に異を唱えるというのですか?」

 「道理とは人として正しい道を進む事を指します。確かに私は魔族であり今もサタン様への忠誠は揺るぎません。しかし、我々を欺き、ゴーレムであるザライドマセルに我々騎士団を同行させ、外からその様子を楽しそうに眺めるなど、とても道理とは呼べません!」

 「………ほう、私が幾多の犠牲を払ってやっとあのゴーレム作り出したというのに、お前は私を非難すると言うのですか?」

 「マールシェとコスメールの二人には、ザライドマセルの魂を解放するように命じました。結果的にはバルベリス様のゴーレムを倒すことになりますが、人として同志の魂を弔いたいと願ってのことです。それ以外に他意は御座いません」

 このボッシュの言葉にバルベリスは目を細めると鋭い口調で言った。

 「お前は先ほどザライドマセルをゴーレムにすることを事前に聞いていなかったと言いましたが、同じように私もお前たちがゴーレムを倒すという報告を事前に受けてはいなかった!つまり、人間よ!お前たちは自分たちの都合のいいように物事を解釈し、好き勝手に振る舞っているだけの種族ではないか!?」

 「………!」

 ボッシュは何も言い返せなかったが、バルベリスは更に続けた。

 「考えても見よ!お前たちはゴーレムを倒してザライドマセルの魂を解放するとほざいていますが、私はザライドマセルをゴーレムにすることで光の攻撃による痛みから解放してやったとも言えます!お前たちの尺度でものを言うのであれば、あのまま苦痛に耐え続ける事を強要する方が人道的に問題があったのではないですか!?」

 「その判断は我々人間がすると言っているのです!」

 ボッシュも負けじと言い返すがバルベリスはそれを許さなかった。

 「人間である前にお前たちは魔族だと言っているのです!」

 完全に話は平行線であり、それは二人も理解していた。

 特に悪魔バルベリスは人間という種族が感情を優先する事を知っており、最初から話が噛み合わないだろうとわかっていた。それを承知であえてボッシュに付き合ったのである。

 ───しかし、それもここまで………決着をつけよう。

 バルベリスは静かにボッシュに訊いた。

 「それでボッシュよ。お前は全軍の進撃を止めてまで何をしようと言うのですか?真実を知った今、どうするつもりですか?」

 「………」

 ボッシュはしばらく黙ったまま目を伏せていたが、再びバルベリスへ視線を向けると口を開いた。

 「謝罪を要求します」

 「なに!?謝罪ですと!?」

 バルベリスは馬上で呆れ顔で更に問いかけた。

 「誰に謝罪するというのですか?謝罪をして何になるのですか?………人間よ。そのような言葉で全てが無かったことにはなりません」

 「勿論、謝罪だけでザライドマセルがゴーレムとして死んだ事が無かったことにはなりません。しかし、バルベリス様が謝罪の言葉を口にすることで、残された我々同胞とザライドマセルの魂は救われるのです」

 「………」

 人間特有の死の観念、合理性もない謎の妄想………バルベリスは久しぶりに人間に対して苛立ちを覚えた。

 貴重な時間を無駄にし、人間にしか理解できない心理を堂々と貫き通す厚顔無恥な種族………今後のためにも見せしめておく必要がある。

 「ボッシュ。お前は正当な理由もなく、ただ感情のままにサタン様より賜った軍の進攻を妨げました。今後はそのような事を起こさぬよう戒めの罰を与える必要がありますね………」

 バルベリスは手綱から右手を離すと、ゆっくりと腕を上げる。

 「お待ちください、バルベリス様!たった一言、謝罪の言葉をいただければ、私は今後もバルベリス様へ変わらぬ忠誠を誓います!どうか!お言葉を!」

 ボッシュは跪きながら必死に叫んだが、バルベリスにとっては逆効果だった。

 「なるほど、つまり私が謝罪をしない限り、私に対する忠誠心はもう無い、と言いたいのですね!?」

 バルベリスは挙げた右手をボッシュへ向けた。すると、バルベリスの背後から棍棒を持ったトロールが2体、のそりと現れた。

 ボッシュは2体のトロールを交互に見ながらゆっくりと立ち上がり、ジリジリと後ずさりながら口を開いた。

 「バルベリス様。トロールは太陽の光を極端に嫌う種族です。ゆえに主に陽が当たらない『天地の塔』内の守備を任されているはず………どうしてそのような種族をお連れになったのですか!?」

 「何が悪いのです?トロールは巨人族の中でも命令に忠実で戦闘力もある実に素晴らしい種族です。それなのに『天地の塔』に閉じ込めておいては勿体ない。だからこの場で戦果を上げることで、トロールの評価も変わるはずだと思ったのです。つまりこれはトロール族のためにもなる事なのです」

 「そのような事はトロールは望んでおりません!もしも戦果が上がれば、塔内のトロールたちも太陽の下で戦わされることになるではありませんか!?」

 「当たり前です。そうするためにここへ連れてきているのですから」

 バルベリスは何を当然の事を言っているのか?とでも言いたげな表情でボッシュを見つめた。

 ボッシュは尚もジリジリと下がりながらバルベリスへ言葉を投げる。

 「巨人族である以上、人間に対してはある程度の戦果はあげられるでしょう。しかし、トロールの真の力は陽のない場所でこそ発揮されます!個々の種族には適正というものがあるのです!」

 このボッシュの発言にバルベリスは烈火のごとく怒りを爆発させた。

 「能書きは止めよ!この私に説教をするつもりですか!?トロール族が戦果を認められ、更に重要視されることに何の問題があるというのですか!?魔族の中でも確固たる地位を築くことは将来のトロール族の繁栄にも繋がるのです!人間だけに適用される倫理観で他種族を惑わせるような言動は慎みなさい!」

 「バルベリス様こそ、ご自分の考えを他種族へ強要するのはお止め下さい!このような事がまかり通れば、絶滅する種族も出てしまいます!それはサタン様が望むことではありません!」

 「構いません!」

 バルベリスはピシャリと言ってのけると、少し間をおいて静かに続けた。

 「………この大陸は魔族が力で支配しているのです。力あるものは繁栄し、力無きものは死す。それがこの大陸の理なのです。力及ばず絶滅する種族があったとして、それがどうしたと言うのですか?生き残る力を持たないのは自らが招いた破滅ではありませんか?そのような種族に慈悲を与えるなど、それこそ何の意味もありません」

 「意味がない………?」

 ボッシュはぼそりと呟いた。

 バルベリスはそれを聞いて更に口を開いた。

 「そうです、意味がないのです。お前たち人間だってその昔、本来であれば絶滅の道を辿るはずでしたが、サタン様のご慈悲によりこうして生きながらえているのです。それなのにお前のような不遜な人間が現れ、あろう事かこの私に歯向う始末………だから私は絶滅するような種族を助ける事に何の意味もない………いや、害にしかならないと考えているのです」

 このバルベリスの言葉に、ボッシュの眉がピクリと動いた。

 「私達人間が………害にしかならない………?」

 ボッシュは震える右手をゆっくりと動かすと、背中の大剣に手を掛けた。

 それを見たバルベリスが大きな声で叫んだ。

 「剣に手を掛けましたね!?ボッシュ!お前はこの私に敵意を見せましたね!?これで私は堂々をお前を殺すことが出来ます!そしてお前の魂はゴーレムとして蘇るのです!………そうだ、ついでにその『栄光の手』も貰い受ける事にしましょう!トロールよ!ボッシュを攻撃せよ!」

 バルベリスの命令で、2体のトロールは一斉に地面を揺らしながらボッシュに迫った。

 「全く………悪魔はどいつもこいつもこの右手が欲しいらしい」

 ボッシュはまるでサタンも含めるように呟くと、右手で背中の大剣を抜き放った。

 こうなってはもうバルベリスとの戦いは避けられないボッシュだったが、バルベリスは地獄を司るほどの悪魔である。魔族の一員と言っても、所詮は人間であるボッシュにとっては、ほとんど絶望的な戦いであった。

 「だが………」

 ボッシュはどうしても退くことは出来なかった。

 何故なら、悪魔の中でもこのバルベリスは特に他種族をぞんざいに扱う傾向が強く、このままバルベリスを放置し東方人を討ち取るという功績を残してしまうと、絶大なる力を手にする可能性があり、そうなっては間違いなくこの大陸は暗黒の時代となるだろう。

 だが、ここで失脚させれば、バルベリスが台頭する事はなくなるはずだ。

 人間だけではなく全ての種の存続のためにも、ここでバルベリスに勝つ必要があるのだ。

 ボッシュは意を決すると低い体勢でトロールを迎え撃つ。

 

 遂にボッシュは悪魔バルベリスと戦うことになるが、それを遠くで見ている者がいる事を、この時は誰も知らなかった。



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