ゴーレムの正体
ボッシュはマールシェ、コスメールの両名と合流すると、ガゼ地区から3キロほど西側へ距離を取った公路上で討伐部隊を待っていたが、三人は少し様子がおかしい事に気付いていた。
「先頭は………ゴーレムか!?やけに突出しているな………」
ボッシュの言葉にマールシェが答えた。
「突出なんてもんじゃない。後続とはかなり距離が離れているみたいだ。これはある意味………暴走だな」
この言葉にコスメールが反応する。
「ゴーレムが暴走?召喚した魂が制御できなかったって事?」
「いや、あえてそのような命令を出した可能性もある。基本的にゴーレムには単純な命令しか出せないからな。そして、単純な命令ほどゴーレムの力を発揮しやすいのだ」
「どうして?」
マールシェの説明に更に質問をするコスメール。
するとボッシュが横やりを入れる。
「お前と一緒だ、コスメール。難しいことを考えるより自分の本能だけで戦った方が力を発揮できるってことだ………」
そう言ってコスメールの頭をポンポンと叩くボッシュ。
そして振り返ると鋭い声で言った。
「来るぞ!」
ウオォォォオオッ!!
低い咆哮のような音と共にゴーレムが姿を現した。
黒い岩石で作られたその体は、サタンが住まう『天地の塔』と同じ岩石で作られたもので、約4メートルほどの巨体を誇る人型は呼び出された英霊の強さがそのままゴーレムの強さに直結する。
まさに今迫ってくるゴーレムの脚力や身のこなし、更には右手に握られている長槍から察するに、生前はかなり名のある者だったと推測出来た。そもそも槍を使うゴーレムなど見た事が無い。
ボッシュらは公路の端により、ゴーレムの進攻を邪魔しないようにした。
地面を揺らしながら4メートルものゴーレムが目の前を通過しようとした時、ボッシュら3人を見下ろして不意にその足を止めた。
「!?」
三人はゴーレムを黙って見上げていた。
何となく目と目が合ったような感覚に囚われるが、実際ゴーレムには目、鼻、口と言ったものは存在しないので、あくまでも『そう感じた』というだけだ。
するとゴーレムは特製の長槍をその場に落とすと、両手で頭を抱えて苦しみ始めた。
ウゴォォォオオオ!!
ゴーレムは大きく吠えると、両膝を落として地面に片手を激しく打ち付ける。
「危険だ。離れるぞ!」
ボッシュの言葉で三人は西側に避難すると、そのままゴーレムを見守る。
「一体突然どうしたのだ!?ゴーレムの術が解けそうなのか!?」
マールシェは呟いた。
「それよりも、あの槍だ………」
ボッシュはゴーレムの手から滑り落ちた長槍を指さして続けた。
「恐らくゴーレムの為に作られた特注品だ。わざわざ武器を作って渡すなんて今までに無かったことだ」
「確かに、ゴーレムは素手か大木に簡単な加工を加えただけの棍棒というイメージがある」
「その通り、これはかなり異例な事だ………あのゴーレム、何か裏があるぞ!?」
「何かってなんですか?ボッシュさま?」
コスメールが首を傾げる。
「………さあ、私にもわからん!」
ボッシュがそう言うと、ゴーレムは地響きと共に仰向けで倒れ、動かなくなった。
あの巨体である。ボッシュらには見守る以外、出来る事はなかった。
しばらくすると討伐対の本隊がやってきた………と言っても、ほんの1000人ほどの小規模部隊だ。
先頭は白馬に跨った昔の貴族服のような姿をした者だった。
それを見たボッシュら三名は、すぐに公路上で跪き頭を下げた。
白馬の男が軽く右手を上げると、全軍がその場で停止した。
「久しぶりですね?御三方………」
白馬の男は騎乗したままボッシュらを見下ろして話しかけてきた。
「これはバルベリス様。この度、我ら騎士団はバルベリス様配下となるべく参上いたしました。何なりとご下知を」
「アスタロト配下から転属するというのですね?………わかりました。ただし、少し待ってください」
バルベリスはそう言うと、白馬を進めて倒れているゴーレムに近づいた。
「ここまで術を行使してきましたが、まだ私の支配下にならないとは………何たる強情な魂よ」
そう言いながらバルベリスが右腕を上げると、後方で控えていたネクロマンサー数名が現れて、黒い布に白字で古代文字<ルーン>が書かれた呪符をゴーレムの両手両足、左胸に貼って行き、最後に頭部の額の辺りに貼りつけた。
バルベリスは印を結んでから呪文を唱え始めると、ネクロマンサーもゴーレムを囲みながら続いて呪文を唱える。すると呪符から漆黒のオーラが漂い始め、徐々にゴーレムの全身を包んで行くと、急激にゴーレムの体に吸収され出した。ゴーレムの周囲から漆黒のオーラが消えると、呪符は黒地から白地となっていた。
ゴーレムはゆっくりと体を起こすと、長槍を右手で握りしめてから立ち上がった。
バルベリスが右手を横に払うと、ゴーレムを囲んでいたネクロマンサー達はその場で崩れるように倒れ、二度と起き上る事は無かった。
「これは………!?」
ボッシュは何が起こったのか理解できなかった。
「ふふふ………このゴーレムは本当に恐ろしい奴です………」
そう言うバルベリスの表情はニヤケ顔であった。
「こやつを制御するために我が軍の大半を生贄として捧げたほどです。おかげで出発時は数万もの兵力があった我が軍は、今では1000を切るほどにまで減少する事になったのです」
悪魔であるバルベリス様にここまでさせる英霊とは一体!?
ボッシュは改めてゴーレムに目を移すと、長槍を右手に持ったままその場に佇んでいた。恐らく命令待ちの状態だろう。
バルベリスはゴーレムの前に馬のまま進むと、何かしら呪文を唱えた後に命令を下した。
「ゴーレムよ!このまま公路を進み、突き当りにある町を破壊せよ!お前に抵抗する者があれば容赦なく捻り潰すがいい!」
ウォオオオオ!
ゴーレムは雄叫びを上げると、再び公路を東に向かって進み始めた。
するとバルベリスはボッシュに向かって口を開いた。
「お前たちも行くが良い。ゴーレムの活躍を見守る事がお前たちに与える命令です」
「見守る事………ですか?」
「そうです。見守るだけで良い。むしろそれこそが必要な事なのです!私達もすぐに後を追います………恐らく私がガゼに到着した時にはガゼは壊滅していることでしょう」
「承知しました。行くぞ、マールシェ、コスメール」
ボッシュは二人に声を掛けると、ヒポグリフを呼び上空からばく進するゴーレムの後を追った。
一方、ケット・シーの王宮では、王が軍隊の派遣を渋っていた。
理由は言うまでも無く、魔族の討伐軍が到着したからである。
このタイミングで東方人から魔族へ寝返れば、東方人を確実に挟撃出来るとともに、王宮内の巫女どもを無傷で捕える事が出来る。戦争が終結した一番の功労者は自分となるであろう。
ケット・シーにとって約束などあって無いが如きである。約束や情などに縛られる種族ではなく、あくまでも実利だけを求める種族なのだ。よって、現状を鑑みて、魔族の方が有利であるならば、何の躊躇もなく魔族側につく。それがケット・シーという種族なのだ。
「裏切られる方が悪いのだ。我々を満足させる事が出来ないのだからな」
王はそう呟くと、ソイマンの使者を切り捨てようと剣を抜いた。
「お待ちください、ケット・シーの王よ!」
ソイマンの使者がそう言うが、王は全く聞く耳を持たず右手の剣を振り上げる。
使者はそれでも更に大きな声を上げた。
「チャク・ラー王子がどうなってもよろしいのですか!?」
「!?」
王は振り上げた剣をピタリと止めた。
「ソイマンの使者よ。我が息子がどうしたと言うのだ?」
間一髪の所で命をつないだ使者は必死の説得に入った。
「チャク・ラー様は現在、ソイマン殿と一緒に戦場にお出でです。仮にケット・シーが我が軍を裏切り魔族側に寝返った場合は、一人息子であられるチャク・ラー王子をお見捨てになるという事になりますが、本当によろしいのですか!?」
「なに!?」
王は一瞬驚きの表情を見せたが、すぐに「ふふふ」と笑い始めた。
「………使者よ。嘘をつくならもっとマシな嘘をつけ。我がケット・シーの警備部隊はまだ場内に留まっている。チャク・ラーが一人で戦争に向かう訳がなかろう!?」
そう言うと、王は再度剣を振り上げた。
「嘘ではありません!!!」
使者は大きな声で怒鳴った。
あまりの使者の気迫に、王は剣を振り下ろせなかった。
───ここを逃してはならない!
使者は更に畳み掛けるように叫んだ。
「実戦経験が無いチャク・ラー様は経験を積むために、自ら志願してソイマン殿に従い最前線で戦っております!これも全て父である王を安心させるための行動にございます!王はそんな王子をお見捨てになるというのですか!?」
「いい加減な事を言うな!」
「では、ご自分の目でお確かめ下さい!ソイマン殿の居場所はこの執務室からでもご覧いただけます!」
「………!」
王は無言で剣を鞘に納めると、窓を開け放ちバルコニーに出た。
「使者よ。場所を教えろ」
「はっ。それでは失礼して」
使者はバルコニーに出ると、隊列を整えつつある味方の陣の中央のやや後方、赤い布の指物を指さしてながら言った。
「あの赤い指物がソイマン殿の居場所です。恐らくそのすぐそばにチャク・ラー様もお出でになられるはずです」
王は使者の指さす方向に目を凝らすと、確かに軽装鎧にメイスを持ったチャク・ラーの姿を発見した。
「何と………どうして我が息子があんな所におるのだ………これでは、人質に取られているのと同じではないか………」
王は信じられないと言わんばかりに目を見開いて呟いた。
使者は毅然とした態度で言った。
「我らも巫女様を王宮にお預けしているではありませんか。同盟を結ぶ種族同士、信頼し合う間柄であれば何の問題もないはずです!」
「くっ………!」
王は何も言い返せなかった。
ソイマンはケット・シーが裏切る可能性がある事はすでに予知しており、そのための対策として目をつけたのがチャク・ラー王子だった。
王がチャク・ラー王子を溺愛しているのは誰の目からも明らかであったため、ソイマンはチャク・ラー王子に武術の指南をする中で師弟関係を築き、王子を自分の側へ引き入れるように仕組んだのだ。王子が自分の傍にいる限り、ケット・シーは裏切る事はできないと読んだソイマンは、何の気兼ねも無く王に対して援軍要請をしたのだった。
そもそも悪魔(あるいは神)以外の種族は、『ゲッシュ』による強制力を行使する事が出来ないため、約束を違えた場合の対抗策………しかも相手は全種族の中で一番の気分屋であるケット・シーともなれば、尚の事対抗策を考える必要があるのだ。
プルプルときつく握りしめた手を震わせていた王であったが、遂には観念したのか脱力したように全身の力を抜いた。
「はぁ…………わかった………」
王はボソボソとした口調で使者に話し続けた。
「………使者よ。我が警備部隊をすぐに出撃させるとソイマン殿に伝えよ」
「御意」
使者は頭を下げるとすぐにバルコニーからいなくなった。
王は再び外に目を向ける。
「ソイマン………さすがは元魔族の騎士団長だっただけはある。世間知らずの東方人など簡単に騙せると思っていたが、ソイマンがいる限り簡単にこちらの思い通りにはならんか………」
そう言いながらバルコニーの柵に拳を振り下ろすと、すぐに気持ちを入れ替えて速足で室内に戻る。
「伝令!警備部隊を出動させる!すぐに警備隊長アラ・モンドへその旨を伝えよ!」
王の声で王宮内は俄然、忙しくなった。遂にガゼ島全土が魔族との全面戦争を決断したのだ。
アラ・モンドは部隊の先頭に立って橋を進むと、公路上ではすでにはっきりと巨大なゴーレムの姿が見て取れた。
ソイマンはケット・シーが出撃した事を知ると、火矢を射る準備をするように命令した。
あのような岩の塊に対して火矢など意味が無いのでは………と感じた隊長のアラ・モンドだったが、ここは大人しくソイマンの指示に従って部隊の左右に展開すると、火矢を射る態勢を整える。
これで東方人の軍は公路上でゴーレムを迎え撃つ準備が出来た事になる。
一大決戦を前に、チャク・ラー王子は武者震いをしてから自分のヘルムをこつんと叩いて気合を入れると、ソイマンに視線を移した。
───恐らく全軍を指揮するソイマン殿もやる気に満ちているはず………!!!
そう期待して見つめたソイマンの表情は緊張と驚きで強張り、冷や汗が流れていたのだった。
「ソイマン殿………どうしたのですか!?」
チャク・ラーはたまらず声を掛けると、ソイマンは接近するゴーレムを見ながら呟いた。
「あのゴーレム………長槍を持っている?………まさか………そんな武器を準備するとは………使いこなせるとでも言うのか………!?」
ソイマンはこれまで自分が持っていたゴーレムに対する常識が、もしかすると覆されるかも知れないと直感したのだ。
「………だとすると!………公路上で待ち伏せするのは逆効果………!!」
ソイマンはハッと何かに気付くと、急いで公路上の軍に対して散開を命じ、同時にケット・シーへ火矢を射掛けるように命令した。
突然の命令変更に東方軍は対処が遅れた。
その時、ゴーレムは走りながら巨大な槍を上段に振りかぶった。
ソイマンはそれを見て大声で叫んだ。
「全 員 公 路 上 か ら 退 避 ! ! ! !」
同時にゴーレムは長槍を勢いよく振り下ろした。
自らの怪力に、推進力と遠心力を加えた長槍が生み出す破壊力は凄まじく、槍が激突した地面は爆音と共に大穴が形成され、衝撃波はそのまま地面を抉りながら直進し、東方人らを吹き飛ばして突き進むと石橋を掠めて川の向こう岸の城壁にぶつかり、耳を劈く爆発音と共に石壁が崩れ、川の中にいくつもの水柱を立ち昇らせた。
ゴーレムの前には衝撃波によって掘り起こされ、抉られた公路が川まで続き、城壁には大きな穴が空いて煙が立ち昇っていた。
この一撃だけで、東方人は数百名もの命が失われた。
ソイマンも爆風によって吹き飛ばされていたが、すぐに体を起こすと驚愕に満ちた表情でゴーレムを見た。
「こ………この攻撃は………まさか………!!!!」
右手をきつく握りしめて奥歯をギリギリと噛みしめる。
この時ソイマンは、自分の考えが正しかった場合、ここにいる全ての者の命が失われると察した。
フルパワーで攻撃した影響で、ゴーレムは槍を振り下ろした体勢のまま硬直していた。
ケット・シーの隊長であるアラ・モンドは、このゴーレムの硬直時間を見逃さず、事前の命令通り行動した。
「火矢を射よ!」
この命令により、両翼より一斉にゴーレム目がけて火矢が射られた。
幾重もの風切音を残して次々と岩の体に火矢が命中し、パッと火の粉を散らした。
これを見て我に返ったソイマンが叫んだ。
「ゴーレムの体には呪符が貼られている!それを火矢で焼くのだ!さすれば敵はゴーレムを制御する事ができなくなる!」
だが、その呪符はいわゆる短冊であり、それほど大きなものでは無い。本来であれば、まず油矢にて火が着きやすくした後で火矢を射るべきなのだが、燃やすべき目標を明確に伝達しなかった事が災いした。
ゴーレムの事を知っている者であれば、ソイマンがやろうとした意図はすぐにわかるのだが、東方人はおろか、長い間中立状態だったケット・シーもゴーレムについての知識が不足していたのだ。
ソイマンは大事な時に、魔族の騎士団長であった頃の感覚で指示を出してしまった事を悔んだが、今はそんなことよりもあのゴーレムの正体に気を取られていた。
そして、同じようにゴーレムの攻撃を見て、愕然とする者がいた。
上空からゴーレムを監視していたボッシュだった。
「あ、あの攻撃………まさか!………あのゴーレムは!!」
ボッシュは硬直したゴーレムを見下ろしながら叫んでいた。
「ボッシュさま!どうしたと言うのですか!?」
コスメールがボッシュの背中にしがみつきながら体を揺すった。
「マールシェ………お前………この前、グラードに帰ったな?」
ボッシュはコスメールには反応せず、ゴーレムを見つめたまますぐ隣を飛行しているマールシェに話しかけた。
マールシェは突然予期せぬ質問をされて戸惑いながら答えた。
「あ………ああ、そうだな………たしか天地の塔に行ったついでに立ち寄ったが?」
「その時に、ザライドマセルを探したがどこにもいなかった、と言っていたな?」
「確かに………負傷して我らの故郷グラードで療養しているはずだが、どこにもいなかった………」
この言葉に反応するようにマールシェに視線を向けるボッシュ。
「あの時………負傷したザライドマセルをグラードへ運ぶと言っていたのはバルベリス様だ。だが実際はいなかった………そして今………そのバルベリス様と共に現れたのは、長槍の使い手であるゴーレムだ………!」
「!!!!!」
ボッシュの背中でコスメールがビクッと震えた。そして、小さく震える声で聞いた。
「ボッシュさま………ボッシュさまは………あの岩の塊が………マセルだと言うのですか!?」
コスメールはずっと自分のせいでザライドマセルがやられたと自責の念を持っていた。………だが、まさか、あのような化け物にされていようとは………。
「信じない!私は信じない!………マセルは生きている………きっとどこかで………!」
コスメールの瞳からは大粒の涙があふれ出す。
「コスメール………」
ボッシュは後ろを振り向き、コスメールの頭を優しく撫でる。
「辛いだろうが、実はもう一つ、あれがザライドマセルだという証拠がある」
「それは?」
マールシェがヒポグリフを並べて冷静に聞く。
「あのゴーレムはマールシェ、お前を見た途端に制御不能となり動かなくなった。ザライドマセルはお前に気があった。もしかするとあの時、昔の記憶が蘇ったのかもしれん………」
「確かに、あの時のゴーレムの様子はおかしかったが………ザライドマセル……なのか………?」
マールシェもまだ信じられない様子でゴーレムに視線を向ける。
「まだ息があったザライドマセルの魂を………このような岩の人形に封じ込めるとは………私はバルベリス様に問い合わせてくる!お前たち二人はザライドマセルの魂を解放してやってくれないか!?」
「お任せを。この私がマセルを楽にしてあげる」
コスメールはそう呟くと、ボッシュのヒポグリフから飛び降りた。
「おい!コスメール!この高さではさすがに無理がある!マールシェ!コスメールを頼む!」
「はいよ」
マールシェはヒポグリフを急降下させると、自由落下中のコスメールを追い抜き、受け止め体勢に入った。するとコスメールはマールシェの鞍に両足で着地すると、再び鞍を蹴って空中へ跳び出した。
コスメールは、槍を振り下ろしたままの状態で硬直しているゴーレムの頭に飛び乗り、続いて腕に飛び移り、最後はクレーター状に抉られた地面の淵に着地した。
それを見たマールシェは小さくため息をついてから、同じようにヒポグリフの鞍を蹴って飛び降りると、コスメールの隣に着地してゴーレムを見上げた。
ゴーレムは硬直が解けたのか、ゆっくりと上体を起こすと長槍を持ち上げる。
「やあ!マセル!あんた元気そうじゃない!?」
コスメールが大きな声でゴーレムに話しかける。
「化け物になって私の事を忘れちゃったの!?」
ウゴオオォォ!
ゴーレムは唸り声を上げながら二人に向かって槍を振り下ろした。
槍は地面を激しく叩いたが、コスメールとマールシェは大きくジャンプしてこれを避けた。
マールシェは優雅に着地すると、腰の片手剣に手を掛けてボッシュへメッセージを送った。
「本当にザライドマセルを倒してもいいのね!?反逆にはならないわよね!?」
『構わない。これは私達の同胞を助ける行いであり反逆では無い。もしもこれがサタン様への反逆であるならゲッシュの強制力が働くはずだ!』
「わかった。では遠慮なく………」
マールシェはスラリと片手剣を抜き放つと剣先をゴーレムへ向けた。それを見てコスメールも双剣を抜刀する。
この様子を見ていたソイマンは、全軍に攻撃を中止して後退するよう指示を出した。
「そうか………やはり、そうなんだな?………」
ゴーレムと騎士団の二人の姿を見て、ソイマンは自分の考えが正しかったと察した。
「ザライドマセルの攻撃スタイルを指導したのはこの私だ。その攻撃を一目見ればすぐにわかるわ!それよりも我々は急いで後退だ!あやつらの戦いに巻き込まれるぞ!」
東方人とケット・シー軍は慌てて北の森の方向へ退避を開始した。
「どうして魔族の騎士たちがゴーレムの前に立ちはだかるのでしょうか!?」
チャク・ラーはソイマンの傍らで走りながら尋ねた。
するとソイマンはふっと息を吐いてから言った。
「もしも自分たちの仲間が化け物の姿に変えられたら、人間はその者をせめて自分達の手で救ってやろうとする種族なのだ」
「はあ……?」
人間の心理などケット・シーであるチャク・ラーには良くわからないが、何であれ魔族の騎士がゴーレムを討とうとしており、自分達には何も出来ない事だけは確かであった。
「しかし………」
チャク・ラーはそう呟きながらあの二人の騎士を見る。先ほどまでの戦いぶりを見て、確かにあの騎士たちは強いとチャク・ラーも思う。だが、あのゴーレムの強さは別格だ。とても二人だけで倒せる相手ではないように思える。
「人間ではあのゴーレムに勝てぬと思うか?」
気付けばソイマンがこちらを見ていた。多分、チャク・ラーの疑問が表情に出ていたのかもしれない。
「はい。あの巨人をたった二人だけで倒すなど、とても無理に思います」
「二人?」
ソイマンは笑いながら聞き返した。
「チャク・ラーよ。お前は何か勘違いしているのではないか?」
「はい?」
チャク・ラーはソイマンが何を言いたいのかわからなかった。
「ふっ………見ていればわかる」
ソイマンはそう言うと、再びゴーレムの方へ目を向けた。
すると、小さな少女が双剣を両手に持ったまま一人で前に歩き始め、ラウンドシールドを持つもう一人の女騎士は無言で後ろに下がった。
「ま、まさか………!一人で………!!??」
チャク・ラーは自分の目を疑った。
「そうだ………!見ておくがいい!」
ソイマンがそう叫びながら指さした。
「あれが人間という種族が尊ぶやり方だ!一見すると何の合理性もない方法だ。ボッシュや我々も含めて、犠牲を恐れず全員で一斉に攻撃した方が確実にゴーレムを倒せるのかもしれない…………だが、大事な者の魂を送る時、その役目はその者に一番近しかった者が担当するのが人間のやり方なのだ。自分の思いと共に死者の魂を送り出す、そうすることで送る側も送られる側もうかばれるという思想なのだ」
「私にはよくわかりませんが、一人で戦っても勝てなければ意味がありません!」
「いや、騎士団の中でも一番の強さを誇るのがあのコスメールだ」
「コスメール?あ、あの小娘が………!?」
「見ているがいい。ひ弱な人間でも、極めればどれほど強くなるのかを!」
ソイマンの声と同時にゴーレムは槍をくるりと逆手で持つと、勢いよくコスメール目がけて突き刺した。
岩の塊であるゴーレムが槍をあれほど器用に扱うなど前代未聞な事だった。だが、コスメールはその動きを完全に読んでおり、ひらりと槍をジャンプで避けると、空中で1回転してから何事も無かったように地上に着地する。
槍はそのまま空を切って地面に突き刺さり、簡単には抜けない状況となった。
コスメールは首を数回横に振るとゴーレムを見上げながら言った。
「マセル………あんたがこうなったのは私のせい………だったらせめて私が楽にしてあげる。それがお互いにとって救われる唯一の方法………」
そう言って胸の前で双剣をクロスさせるコスメール。
次の瞬間、一気に両手を広げるように双剣で空を切った。
大気を切り割くコスメールの剣圧はゴーレムの胸部に命中し、巨人の上半身が後方へ弾かれるように仰け反った。
コスメールは間髪入れずにジャンプすると、仰け反ったゴーレムの胸の上に飛び乗り寂しそうな表情でゴーレムを一瞥すると、両手に持った双剣を勢いよく突き出した。
爆発音と共に繰り出された衝撃波はゴーレムの頭部を捕え、煙と共に仰向けの状態でゆっくりとその巨体が地面に倒れた。
大地は揺れ、土煙が舞う中で、コスメールはくるりと空中で回転してから地面に着地する。
「つ………強い………!」
チャク・ラーはコスメールを見て思わず呟いていた。
「当然だ!」
ソイマンは何故か胸を張って答えると更に続けた。
「だが、まだ終わらんぞ!?戦いはこれからだ!」
ソイマンに言われてチャク・ラーはゴーレムに視線を移す。
するとゴーレムは上半身をゆっくりと起こす所だった。その頭部は、先ほどのコスメールの攻撃で上半分ほど崩れ落ちていたが、そんな事はものともせず立ち上がろうとしていた。
ここにゴーレムと化した元5色騎士団のザライドマセルと、5色騎士団の天才と呼ばれるコスメールの戦いの火ぶたが切って落とされたのであった。




