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魔族の騎士  作者: らつもふ
22/25

悪魔vs地竜

 アスタロトはボッシュから救援要請があったのは知っていた。だが、こちらも今は手が離せない状況なのだ。何せ自分の目の前には最強で巨大な岩山が空中に浮かんでるのだから。

 「アースドラゴンよ。私の行く手を遮るという事はそれなりの覚悟があっての事ですか!?」

 アスタロトはワイバーンを制御しながら目の前の岩山に向かって問うた。

 するとアースドラゴンは低い声で答えた。

 「勿論だ。むしろ貴殿こそ、この聖なる山を毒で侵すとはどういう了見だ?」

 「私はそれほど無慈悲ではありません。魔族に対してはメッセージで事前に毒を使用する事を通達しておきましたので、おそらく退避は完了しているはずです」

 「魔族以外の者はどうなっても良いと申すか?」

 「ふふふ、そういえばアースドラゴンも魔族ではありませんでしたね?」

 「われはこのシャフローネ山の火口にて、戦いで消耗した体力を回復していたのだ。するとどうだ?辺りは猛毒の霧に覆われる事態となっているではないか!?」

 「それに驚いて巣穴から飛び出してきた………という所かしら?」

 アスタロトはそう言うと不敵な笑みを浮かべる。

 「………」

 アースドラゴンは無言だったが、明らかに殺気が増していた。だが、アスタロトはそんな事は気にせず話を続けた。

 「東方人への協力とレヴィアタンとの戦闘でかなり疲弊していたようですね?そして、残念な事にまだ十分に回復できていない様子」

 さすがにアスタロトはサタンの左腕だけあり、一目見ただけでアースドラゴンの状態を看破していた。

 「………ですが、そんな体でこの私と渡り合えると思っているのですか?前回の対峙では私の方が弱っていましたが、今回はどうやら立場が逆転したようですね?」

 「………」

 アースドラゴンは答えなかった。答えずにアスタロトの隙を窺っていた。

 「いずれにしても、そこをどけないのであれば致し方ありません………」

 そう言うとアスタロトは魔法の詠唱の入った。

 途端にアスタロトの背後に直径20センチほどの魔法陣が無数に出現する。

 「その魔法は無属性魔法………!瞬時にそれほどの魔法陣を展開するとは………!」

 悠久の歴史を生きてきたアースドラゴンでさえ、これほどの数の魔法陣を見たのは初めてだった。

 「敵を撃ち抜け必中の魔法の矢!マジック・ミサイル!」

 アスタロトの声と同時に、アスタロトの背後に無数に広がる魔法陣から、虹色に輝く光の矢が発射された。

 このマジック・ミサイルという魔法は無属性魔法であるため、四大属性に関係なくダメージを与える事が可能であり、最大の特徴は絶対に避ける事が出来ない必中の魔法である点と、詠唱時間が短いため比較的簡単に発動する事が出来る点だ。ただし、詠唱が短いという事はそれだけ敵に与えるダメージは少ないとも言えるため、基本的には牽制で使用されることが多い魔法だった。

 必中の魔法の矢は、アスタロトの背後に展開された魔法陣から次々と発射されると、魔法陣はすぐにスッとその場から消えて無くなって行った。

 虹色に輝く多数のマジック・ミサイルは真っ直ぐにアースドラゴンへ向かって進むと、その全てが命中して行き、その巨体は瞬く間に爆炎と黒い煙に飲み込まれた。

 アスタロトはすぐさま次の魔法詠唱に移行すると同時に、ワイバーンの鞍の上に立ち上がると、詠唱しながら空中に向かってジャンプした。すると着ていた漆黒のローブは四散し、仮初の人の姿から、醜い真の姿へと変貌するアスタロト。

 人と蜥蜴の融合体のような姿を晒し、6枚の翼で自ら飛行しながらも詠唱を継続している。眼下にはマジック・ミサイルによって被弾し、黒煙に巻かれているアースドラゴンがいた。

 アスタロトはその黒煙の間から、僅かではあったが確かに黄色の光が見えた。

 次の瞬間、黒煙の中から超スピードで巨大な塊がアスタロトに突撃してきた。あまりのスピードに、空気の摩擦熱で大爆発が起こる。

 「!!!」

 アスタロトは経験した事が無い衝撃を全身に受けると、更に超高温の熱波が襲ってきた。

 空中で吹き飛ばされたアスタロトは、放物線を描きながら錐揉み状態で落下して行った。

 凄まじいスピードで体当たりを敢行したアースドラゴンは、魔法によって全身を黄色い光に覆われていた。

 アスタロトが落下して行くのを確認すると、更に追い打ちをかけるべく体当たりを狙うアースドラゴンだったが、アスタロトの体も黄色の光に包まれているのを見て思い留まると、攻撃魔法の詠唱に移行しようとする。

 だがアースドラゴンは、恐らくアスタロトの方が先に詠唱が終ると考え、一瞬の内に防御魔法の詠唱に切り替えた。

 アスタロトは6枚の翼を大きく広げると錐揉み状態から抜け出すと、姿勢を安定させて静かに呟いた。

 「沈黙せよ」

 「!!!」

 アースドラゴンは自分の判断が間違っていた事に気付いたが、すでに遅かった。

 アスタロトが唱えた沈黙<サイレント>の魔法によって、アースドラゴンは一定時間言葉を発することが出来なくなったのだ。つまりこれは魔法の詠唱が出来なくなることを指す。

 「読み合いは勝負は私の勝ちのようですね?アースドラゴン?………ああ、しゃべれなかったのでしたね?」

 アスタロトはそう言いながら6枚の翼を羽ばたかせながら、ゆっくりと距離を詰めてきた。

 魔法による戦いは先読みが重要となる。これは詠唱という避けては通れない縛りが存在するからだ。

 アスタロトはマジック・ミサイルで先制し、追加ダメージを与えるために攻撃魔法の詠唱を開始した。しかし、アースドラゴンが黄色の光に包まれているのを確認すると、すぐに自身に対して補助魔法である物理攻撃防御<プロテクション>の魔法を唱えたのだ。

 これによってアースドラゴンの突進を何とか受け切ったアスタロトは、すぐに次の魔法の詠唱に入った。それが沈黙の魔法だったのだ。

 アスタロトは更にプロテクションを自らに数回ほど重ねがけし万全を期すと、静かに話しかけた。

 「アースドラゴン………私は自身にプロテクションをかけ、あなたにはサイレントをかけました。つまり、あなたは物理攻撃と魔法攻撃の両方を封じられたのです。この状態でもまだこの私に抵抗するつもりですか?そろそろいいかげん………!?」

 アスタロトが話している途中で、アースドラゴンはまだ効力が残っている高速行動<クイック>の魔法によって突進を敢行した。

 再び大爆発と共に体当たりしてくるアースドラゴン。

 アスタロトもわかっていてもあの巨体を完全に避けることはできなかった。プロテクションを重複掛けした状態であっても吹き飛ばされ、体中が裂傷で鮮血が空中に飛び散った。

 アースドラゴンは更に大きく口を開けると、耳を劈く咆哮と共に炎のブレスを吐いた。

 たちどころにアスタロトの姿は灼熱の炎に包まれる。

 アースドラゴンには確かな手ごたえがあった。勝利を確信していた。だが───。

 一瞬にして炎のブレスが消滅した。

 「!?」

 アースドラゴンはブレス攻撃を止めた覚えはない。これは何者かによって強制的に止められたのだ。

 「ふふふ………愚かな………」

 そこには炎によって炭化したはずのアスタロトが、悠然と6枚の翼で羽ばたいていた。

 「私は悪魔………地獄を司る悪魔なのです。いわば炎は、我が眷属ともいえる存在です………アースドラゴンのブレスと言えど、煉獄の炎とは比べるほどでも無し………」

 アスタロトは勝利を確信したが、それと同時にアースドラゴンが三度、体当たりをしてきた。

 ───まぁ、そうだろうな。

 魔法を封じられ、ブレス攻撃も無効とわかった今、アースドラゴンに出来る事と言えば、その巨体を生かした戦い方しか無く、アスタロトとしても十分予期していたことであった。

 凄まじい爆発と衝撃波が大気を切り割きアスタロトを襲ったが、予期していた分だけ余裕を持って直撃を避け、爆風と衝撃波に耐える事が出来た。

 アースドラゴンはそのままくるりと体を反転させると、その勢いで唸りを上げて尻尾がアスタロトを襲った。

 「くっ!!」

 それを紙一重のところで避けたアスタロトだったが、空中でバランスを崩すには十分な攻撃だった。

 アースドラゴンはそれを見逃さず、全力でアスタロトへ向かって突撃した。だが、その刹那───アースドラゴンのクイックが効力を失った。

 先ほどまでの超速度による大気爆発は無く、単なる体当たりとなった。

 とはいえ、アースドラゴンの全力の体当たりである事には変わりなく、それをまともに受けたアスタロトへの衝撃はかなりのものだった。

 アースドラゴンは勢いを殺さずそのまま急降下すると、アスタロトもろともシャフローネ山の岩肌に激突した。

 この激突は噴火による大爆発のように大量の土砂を噴き上げ、山は至る所で土砂崩れが起きた。周囲は噴煙によって真っ暗となり、黒い雨が降り出した。これによって更に地すべりが発生し、アースドラゴンが激突した側面は地形が多く変わるほどであった。

 山に激突したアースドラゴン自身も大きなダメージを負い、全く動くことができなかったが、その下敷きとなったアスタロトの状態は更に深刻で、自身にかけたプロテクションの効果で一命は取り留めたが、魔法の効果が切れると同時にアースドラゴンに押し潰されるのは明白だった。

 不死とまで言われる伝説の古代竜<エンシェント・ドラゴン>が、捨て身の攻撃を敢行したのだ。いかに上位悪魔であるアスタロトであっても無事で済むはずも無く、このまま身動きも取れず圧死するのを待つだけに思われた。

 

 突如アースドラゴンの上空に、黒く、丸いモノが出現した。直径が約3メートルほどの黒いモノは、物質というよりは空間にぽっかりと空いた穴のように見える。

 するとその黒丸の周囲でプラズマが発生したかと思うと、凄まじい勢いで全ての物を引き寄せ始めた。

 強風と共に、上空を覆っていた黒煙や、崩れた岩山、土砂、大木等が一斉に黒丸に引き寄せられると、その超重力によって粉砕され飲み込まれていく。

 巨体であるアースドラゴンでさえ徐々に体が浮かび上がる。

 ───こ、この魔法は………最上位魔法『ブラックホール』か!?

 アースドラゴンは慌てて爪を立てて地面にしがみつく。

 『ブラックホール』は光さえも閉じ込めるほどの超重力を発生させる魔法であり、そこに吸い込まれれば跡形もなくなるのだ。

 アスタロトはアースドラゴンの巨体から解放されるのと同時に、ブラックホールに吸い込まれるように浮き上がると、そのまま四つん這いでブラックホールに抗っているアースドラゴンの腹の上に立った。

 「………地竜よ!………いかにエンシェント・ドラゴンと言えども、あの中に吸い込まれれば一瞬のうちに消えて無くなります!死にたくなければ耐えて見せよ!」

 アスタロトはアースドラゴンの腹にしがみつきながら叫んだ。

 もしもアースドラゴンがこのままブラックホールに飲み込まれれば、アスタロトも一緒に死ぬことになる。

 ───自分でやっておいて、われに全てを託すか!?

 アースドラゴンは必死に岩山にしがみつくが、周囲の岩や土砂がブラックホールに引かれて足場が崩れて行き、遂にアースドラゴンは宙に浮きあがった。それでも大きな翼を羽ばたかせ必死に抵抗するが、どんどんブラックホールに引き寄せられていく。

 物理攻撃では傷つかないと言われるアースドラゴンだったが、その尻尾はブラックホールによって圧潰が始まっていた。先端からひび割れ、崩れ、粉々となって消滅して行く。

 アースドラゴンはこれ以上引き込まれまいと、全力で羽ばたき、腹にしがみつくアスタロトにも凄まじい重力が掛かり、もはや動くことすらできなかった。

 もう駄目だと思った矢先、ブラックホールは突然消え去り、重力から解放されたアースドラゴンはそのままシャフローネ山へ落下した。

 アスタロトはまた下敷きになる所だったが、地面に激突する直前で何とかアースドラゴンから空中へ離脱すると、6枚の翼で姿勢を制御することに成功した。

 眼下では轟音と共にアースドラゴンが地面に激突したのが見えた。

 アスタロトはワイバーンを呼ぶと、自らは全裸の女性の姿へと変身し、同時に力尽きて落下を始めた。そこへワイバーンが滑り込むように飛んできて、アスタロトを自分の背中でキャッチする。アスタロトはワイバーンの背中の上を這って鞍まで辿りつくと、何とか跨って鐙に足を掛けた。そして虚ろな目で手綱を握ると、アースドラゴンが落下した上空を、円を描くようにワイバーンを飛行させて様子を見る。

 アースドラゴンは地面にめり込んだままピクリとも動かなかったが、おそらくまだ生きているだろう。しかし、ここで全ての力を使ってアースドラゴンと戦えば勝利することは出来るだろうが、ガゼで東方人と戦う事が出来なくなってしまう───そうなれば東方人殲滅の功績はベルゼブブに持って行かれるだろう。

 アスタロトはワイバーンをガゼに向かうよう指示を出すと、自らは鞍の上で仰向けで寝ると体力回復に努めるのだった。

 

 一方、アースドラゴンは地面に激突したまま動くことが出来なかった。

 命ある者の中でも頂点に君臨する古代竜が、今では無残な姿を晒していた。

 気配でアスタロトが飛び去ったのは感じていた。………であれば、今はこのまま地の力を借りて体力を回復する事に専念すべきだ。

 それにしても───、とアースドラゴンは考える。

 魔族の人間ボッシュ、東方人の卯月、氷竜のレヴィアタン、そして悪魔アスタロト………久しぶりに目覚めたと思えば、全く次から次へと………いかにわれと言えど、さすがに………厳しいものよ………。

 そんな事を考えながら、アースドラゴンは体力を回復するため眠りにつくのだった。

 

 ◆

 

 

 黒騎士マールシェは敵に包囲されないよう常に円を描くように移動し、各個撃破で敵の数を減らすことに集中していた。だが、相手は百戦錬磨のソイマンである。魔族から堕ちた身であってもその戦術眼はズバ抜けている。

 「なるべく遠巻きから矢を射掛けよ!あの盾を使わせるのだ!」

 ソイマンの指示で一斉に矢が放たれると、幾重もの風切音と共にマールシェ目掛けて矢が落下してくる。

 マールシェはダッシュで回避しつつ剣で弓矢を薙ぎ払い、なるべく盾を使わないようにしているが、義足がまだ馴染んでいない事もあり、本人が思っていた以上に移動速度上がらず苦戦を強いられていた。

 「たかが弓矢如きでこれほどまでに苦しめられるとは………!」

 マールシェは必死に動きを予測されないように移動しながら、近くの敵を薙ぎ払っていく。

 その様子を見ていたソイマンは、マールシェが足に問題を抱えている事をすぐに見破っていた。

 「焦る事は無い!このまま距離を取って矢を射掛けよ!チャンスは必ず来る!」

 ソイマンはそう言うと、全部隊にマールシェと距離を取りつつ常に移動して、敵に的を絞らせないようにと指示を出した。

 ───ボッシュと合流するか?

 マールシェは緩急をつけながらダッシュを繰り返し横目で公路を見ると、ボッシュが巫女を盾にしてジリジリと後退しているのが見えた。

 「あの状況は………ボッシュもかなり追い込まれているのか!?」

 これはもうガゼの部隊と皐月の部隊が合流するのも時間の問題だと感じたマールシェは、むしろこのまま合流させて敵の態勢が整う前に一気に勝負に出るべきだと感じた。

 「こちらマールシェ。このまま分かれて戦うのは利が無い。あえて敵を合流させて、指示系統や態勢が整う前に一気にカタをつけるしかこの状況は打開できない!コスメールの方はどうか!?」

 マールシェのメッセージに対してコスメールは『後で合流する』とだけ返した。

 コスメールは動けずにいた。

 森の中に入れば何とかなると思っていた。だが、そうでは無かった。森はエルフの庭であり、完全に気配を殺したままコスメールを包囲していたのだ。

 「森から出れば弓矢の的になり、森に入れば下手に動くことができない………さて、どうする?」

 無理にでも動かないと敵の情報を得ることができないと判断したコスメールは、大木に身を隠しながらゆっくりと剣を構えた。

 「どうせ位置バレしているだろうから、ここは一丁派手に行こうかな」

 これまでは気配を消し、敵の動向を探る事に意識を集中していたのだが、そもそもこんなのはコスメールの戦い方ではない。

 吹っ切れたコスメールは一気にパワーを溜め始めると、森中の気がコスメールへ向かって流れ込む。

 「森の東側の大木の影にいるぞ!」

 風使いの最年長者ヴァレバレがしわがれ声で叫んだ。

 「展開し順次弓を射よ!」

 エルフの長であるエステバンが指示を出す。

 ザーッ!

 まるで風が通り抜けるような音と共にエルフ達は森の中を移動する。その中には長の一人娘であるスーデリアスの姿もあった。

 コスメールは素早く大木から離れると、そのまま森を出る。

 「あそこにいます!」

 スーデリアスが森を離れるコスメールを指さして叫んだ。

 コスメールはその場で立ち止まると、森へ向かって双剣をクロスさせて構える。

 エルフ達は森の中から一斉にコスメール目がけて矢を放った。

 同時にコスメールは双剣を一気に払った。

 爆音と同時に、地面を削りながら衝撃波が森へ進むと、コスメールに向かって飛んでいた弓矢は瞬時に塵となり、そのまま衝撃波は広範囲で森にぶつかって爆発した。

 地面が揺れ、エルフは木々と一緒に吹き飛ばされ、爆炎に飲み込まれた。

 スーデリアスも吹き飛ばされたが、落下した所に倒れた大木の枝がクッションとなり、何とか命拾いした。傷つきなら体を起こし周囲を見渡すが、爆炎による煙で視界は全く利かず、森中から同胞の呻き声が聞こえてきた。

 エルフは中立という名の下で、あまりにも平和に慣れ過ぎていた。フーガの森の守護者といえば聞こえが良いが、外界とは一切関わらず争いが無い中で生きてきたため、兵の統率は全く取れておらず動きも緩慢であった。

 森の中では絶対に負けない───というオゴリも足を引っ張ったと言えるだろう。

 このコスメールの一撃で、森の三分の一が消滅し、エルフの三分の二が巻き込まれて戦闘不能となった。

 森のあちこちから白や灰色の煙が立ち昇り、何とか立っていた木々も音を立てて倒れて行った。

 「な………何という事じゃ………」

 ヴァレバレが両手を地面につけてこの惨状を嘆く。

 「何百年も掛けて育った森が………一瞬のうちにこのような………許されぬ!………許されぬ事ぞ!!」

 しわがれ声で叫んだが、エルフらの呻き声や森が崩壊する音にかき消された。

 「ふうっ………」

 コスメールは一息つくと無表情で『今から合流する』とメッセージで連絡すると、公路に向かって駆けだしたのだった。


 森の爆発はボッシュやマールシェを含め、東方軍も目の当たりにしていた。

 「な………何て攻撃力だ………!」

 ソイマンに付き従うチャク・ラーが驚愕の表情で何とか口にした。

 「あれが本当の魔族の力だ………」

 ソイマンは特別驚く訳でもなく、森を見つめながら続けた。

 「コスメールは同じ魔族の人間以外には全く興味が無く、戦いにおいて手を抜くようなぬるい事は一切しない。ボッシュが人間臭い所があるのとは対照的で、まるで戦う人形のような存在なのだ。我々の作戦において、一番の障害になるのは、おそらくコスメールだろう………」

 ソイマンはチャク・ラーを見ながら更に続けた。

 「どうだ?あれこそが我々が戦う相手となる魔族だ。恐ろしいか?」

 チャク・ラーは奥歯を噛みしめながら首を激しく振って気を確かに持つと、ソイマンを見つめ返して口を開いた。

 「正直、恐ろしいです………ですが、私はすでに腹を括っています!」

 その真っ直ぐな目を見て、ソイマンは満足そうに頷いた。

 「よし。まずは目の前のマールシェに攻撃を集中する!コスメールが到着するには、今しばらく時間がかかる。それまでにかたをつけるぞ!光の矢はマールシェを狙うよう卯月へ伝えよ!それ以外の者は継続して矢を放て!」

 このソイマンの命令でマールシェへの攻撃は熾烈を極めた。ソイマン軍としても早くマールシェを片付けなければ、すぐに森を壊滅させたコスメールがやってくるのだ。東方人は死にもの狂いでマールシェを攻撃するのだった。

 

 

 「なんじゃと?盾を持った女を攻撃せよと?」

 卯月はソイマンからの伝言をオウム返しで問うたが、それは使いの者に言ったのではなく完全に独り言だった。

 術中であるのに、意識を別の所に向ける事ができるのは天才と呼ばれる卯月くらいにしか出来ない芸当である。

 「さすがの私でもあまり力が残っておらぬ………おらぬが、やらねばなるまい………」

 水晶の指輪をマールシェへ向ける。

 すると、遠くで土煙が上がっている事に気付いた。

 「あれは何じゃ!?」

 何者かが公路をこちらに向かって進んでいるようだが、まだ遠すぎて良くわからなかった。だが、皐月がこの場にいる事を考えると、西からの来訪者は間違いなく敵と考えるべきだろう。

 これを見た葉月はただ事ではないと直感したが冷静に言った。

 「あの距離ではまだ到着まで時間がかかるはずです。先ずは軍の合流を優先させ、公路上に展開配置させましょう!恐らくボッシュ殿も味方と合流することを優先し、光の矢を考慮して深追いはせずガゼと少し距離を取るでしょう………」

 そう言うと葉月は卯月に声を掛けた。

 「卯月は退魔の術を解き体力を温存するように。この先は未知の敵と戦う事になるでしょう………その時は頼みます」

 「承知」

 卯月はすでに自分の意思だけで術を解除できるようになっており、パッと弾けるように七芒星の輝きが頭上から消滅するとその場に片膝をついた。

 「………少し休ませてもらう。時が来たら声をかけてくれ」

 そう言い残して卯月はバルコニーから室内に入ると、板間の座布団の上に転がった。

 葉月は更に車いすを押していた御付き衆の一人であるすみれに対して、浄化の術と退魔の術の両方の準備をするように指示を出した。

 ここからが正念場のようね………。

 葉月は西からやって来る邪悪な気配を感じていた。

 そして、それはボッシュも同様に感じていた。

 「まさか、もう到着したのか!?」

 ボッシュはあまり嬉しそうな表情をせず西に目を向けた。

 「どうしたのですか?」

 異変に気付いた皐月はボッシュを見上げて聞いた。

 「………ボッシュ殿?」

 ボッシュは皐月を解放すると、その場にいた皐月の防人に向かって言った。

 「すぐにガゼの部隊と合流し、大規模戦闘の準備をするがいい!遂に西から魔族の東方人討伐部隊が到着した!」

 「何ですと!?」

 時宗が驚きの声を上げる。

 皐月はボッシュの名前を叫びながらボッシュの元へ戻ろうとするので、影千代は御付き衆に命じて皐月を保護させるとボッシュへ問いかけた。

 「して、ボッシュ殿はどうなさいますか!?」

 「私も他の騎士たちと合流し、公路を西へ後退する」

 「新手の部隊と合流するのですか!?」

 「我らの主であるアスタロト様の御姿が無い今、5色騎士団は討伐部隊の指揮下に入るだろう。そのためには、早々にお目通りをする必要がある………よいか?討伐部隊は躊躇せずガゼごと壊滅させるだろう。お前たちも死力をつくせ!」

 そう言うと、ボッシュは公路を西へ向かって移動を開始する。

 それを追うように、マールシェとコスメールが全力で走る。

 その頃には、葉月の伝令がソイマンにも届いており、マールシェへの攻撃を中止して隊列を整える事に注力していた。

 「敵を公路上で迎え撃つ!各隊は陣形を整えよ!エルフはどうなっているか!?」

 「かなりの損害を受けておりますが、現在森において再起を図っております」

 「それではそのまま森に留まり、敵に対して側面から攻撃するよう伝えよ!サーペントの助力は仰げそうか!?」

 「文月の巫女様の使いを出しております」

 「王宮からケット・シーの部隊も出すように伝えよ!」

 真正面から魔族と戦うのだ。

 その恐ろしさを誰よりも知っているソイマンは、今出来る最高の準備をする必要があると考えていた。

 どの悪魔が来るのだろうか!?

 そんな思いが湧き上がり、ソイマンは苦笑しながら首を振った。

 誰が来ても同じだ………これだけははっきり言える。

 悪魔は等しく邪悪で残忍なのだ。



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