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魔族の騎士  作者: らつもふ
10/25

ラーゼラル大陸

 人間は他の種族よりも知能があり、感情がある。

 悪魔はそんな人間を恐れていた。

 『血の盟約』がある限り、人間は決してサタンに逆らうことは出来ず、魔族のために生きる事を強制されているにも関わらず、悪魔は人間を恐れていた。

 神の寵愛を一身に受け、悪魔をあと一歩という所まで追い詰めた人間を、盟約程度の強制力だけで信用する事は出来なかったのだ。

 そのような背景から、ソイマンが悪魔と『血の盟約』を結んだ直後から、悪魔たちは人間を厳しく取り締まった。知識、人口、風習、行動などを規制し、今後魔族にとって不都合となりえる要因を全て排除しようとしたのだ。

 特に、悪魔に敵対していた頃の記憶が人間という種族から無くなれば、本当の意味で人間は魔族となるという考えから、天上界の神に目をつけられないように15年もの歳月をかけて、少しずつ当時の記憶を持つ人間を殺して行った。

 その結果、今のグラード村にはソイマン以外に盟約以前の記憶を持つ者はいなくなり、更には『神の知識』の継承者もおらず、現存する武器を除けば、悪魔を脅かす武器を作り出すことも出来なくなった。

 人間は魔族にとって都合が良い種族となったのだ。

 同時に、人は人間としての尊厳を失い、作られた悪魔への忠誠心だけが生きる糧となった。


 ソイマンは葉月の巫女に対して、これまで大陸の人間がどれほど辛い時間を過ごして来たのかを語った。

 「なぜ大陸の人間は魔族として生き、悪魔を信仰しているのかは理解できました。しかし、信仰は強要されるべきものではありません。悪魔が行ったことは、個人から全ての選択肢を奪い去った強制に過ぎません」

 葉月の声が暗い洞窟内に響いた。

 ここはシャフローネ山を少し登った森の中にある洞窟の一つだ。こうした洞窟はこの辺には無数に存在しており、民らは各洞窟に分散して身を寄せていた。

 都合が良い事に、背が高い木が密集しているため、魔族がピンポイントで洞窟を探しに来る事が無い限り、上空から発見するのは困難だと思われ、木の実や小動物等、食料は何とかなりそうな土地だった。

 尚、ここから更に南西に向かった場所には、ドワーフが築いたとされる洞窟のコロニー跡があるとソイマンから聞き、そこには皐月の巫女が向かっており、そこからウンディーネの湖とエルフの森を目指す予定で、卯月の巫女はシャフローネ山の火口にいるというアースドラゴン、文月の巫女は海のサーペントと共同戦線の交渉にあたる事になっていた。

 ケット・シーについては、種族的に少し問題があるので、交渉はあくまで最終手段として残しておくことにした。

 葉月の巫女は御付き衆が3名しか生存していなかったため、足が不自由な葉月が移動する際はソイマンが力を貸していた。

 洞窟の中は少し肌寒かったが、温度や湿度が一定であるため、意外に快適に過ごすことが可能だった。

 東方人らはすぐに近くの木を洞窟内に運び、住むための小屋を建て始めた。そこは木工細工が得意な東方人の強みだった。

 ──ソイマンはそんな彼らを横目で見ながら、葉月と話をしていたのだ。

 「私は一度死ぬことで盟約の呪縛から解放されたが、この大陸で生きて行く上では魔族ではない事はマイナス要素の方が大きい。東方人と同じ人間となった私に出来る事はそれほど多くは無いのだ……」

 ソイマンは目覚めた直後から、自分自身がかなり弱っている事を自覚していた。60歳を超えた体であっても、それほど老いを感じたことは無かったのだが、どうも最近は体が重く疲れやすくなっていた。

 それでも、東方人が相手であれば十分対応できる。しかし、敵は悪魔や5色騎士団である。まともに戦えば一刀両断されるのがオチだろう。

 深刻な表情のソイマンを見て、葉月は別の提案をした。

 「では、魔族の人間を味方にできませんか?呪縛を解放せず、魔族のままで。そうすれば……」

 「無理だ」

 間髪入れずソイマンが否定した。

 「盟約の効力は絶対であり、それを違えようとしても強制力が働いて行使できないのだ。これは私が身を持って体験している」

 「つまり、魔族のまま協力を仰ぐことは出来ない……という事でしょうか?」

 「………」

 ソイマンは返答せずに両腕を組んで考え込んだ。

 盟約の内容は大きく二つに分ける事が出来る。

 1.大陸の人間は死ぬまでサタンに忠誠を誓うこと

 2.サタンと魔族のために尽くすこと

 内容的には、魔族以外の者を助けてはならないとは定義していないが、敵と認識された東方人を助ける事がサタンへの忠義に反するのであれば、おそらく何らかの強制力が発動し、魔族の人間が魔族のまま協力する事はできないだろう。

 では、魔族の人間が意識せずに手助けをしていたらどうだ?

 サタンに対する忠誠は揺るぎなく、魔族のためにも尽くしているが、本人が知らない間に、結果的或いは偶発的に東方人が有利となった場合、それは盟約の強制力が働いていない時点で可能と判断できる……。

 ソイマンはしばらく黙って考え込んでいたが突然呟いた。

 「もしかすると可能かもしれん……」

 これを聞いた葉月はつい、大きな声で叫んだ。

 「ソイマン殿!本当ですか!?」

 「あ……ああ、かなり確率は低く面倒な事になるだろうが、不可能ではないという事だ」

 「可能性があるだけでも十分希望となります!……それではそれを実現するための作戦を考えるのと同時に、もう一つ別の方法も考えましょう」

 「ん?それは……?」

 ソイマンは首を捻って尋ねた。

 「死ななくても盟約を破棄する方法です」

 「いやいや、盟約を破棄したら大陸の人間は魔族ではなくなるのだぞ?」

 「知っています。しかし、知識や技術まで失う訳ではありません」

 「……まあそうだが、それだと私と同じ こ と に ! ?」

 ソイマンは何か思い当たった事があったのか、突然語尾が大きな声になった。

 するとまるで独り言のようにしゃべり始めた。

 「いや……5色騎士団は『悪魔殺し』の武器を持っている。これは悪魔やアンデッドに対して特効となる武器で、5色騎士団にしか使えない代物だ。例え魔族ではなくなったとしても、その武器は使えるはずだ!」

 「なるほど、つまり私達巫女の『儀式』以外にも、悪魔を倒せる武器が増えるという事ですね?」

 「ああ、その通りだ」

 「では、魔族のまま味方にする方法と、盟約を解除してから味方にする方法を考えましょう。どちらかがダメになっても、もう一方があるだけでも心強いですから」

 「それはそうだが、盟約を解除する方法なんて、あるのかどうかもわからないのだぞ?」

 「だから調査するのです。各地に赴いた巫女たちの伝令が来たら、盟約に関する調査も行うように指示を出しましょう」

 「そう……だな」

 ソイマンはあまり乗り気では無く、そんな方法がある訳がないと思っていた。むしろ、あるのだったら、盟約に縛られていたこの30年間は何だったのか、という事になる。

 ──まぁ、調査したいというのなら、例えそれが徒労に終わろうとも、それを否定する必要はないだろう……。

 「とにかく今は、生活基盤を作る事が大事だ……」

 ソイマンはそう言うと、外に向かって歩き出す。

 「周囲を調査してくる。ちょっと槍を借りていくぞ」

 ソイマンはそう言うと、槍が立てかけてある場所から一本の槍を抜き取ると、それを担いで洞窟を出て行ってしまった。

 残された葉月は一人呟いた。

 「一番の問題は、5色騎士団の方々を味方にする工作が完了する前に、戦闘となった場合ですね……おそらく一番この確率が高いでしょうから……」

 

 ◆

 

 

 文月の巫女を守るのは防人新月と、藤を筆頭とする御付き衆、その他5名ほどしかいなかった。

 葉月はもっと兵士をつけようとしたが、文月はそれを断った。

 「サーペントと交渉するには海に出なければなりません。しかし、一度海に出れば隠れる場所はほとんどありません。水や食料も欠乏するでしょう。恐らく非常に過酷な旅となるはずです。従って、人は少ない方が良いです」

 という事だったが、残念ながら文月の読みは当たってしまう。

 サーペントは大陸の南にある珊瑚礁付近に生息していると言われており、その場所に行くためには船が必要だった。そこで、本国から逃げてきた者達が乗っていた船を使おうと思ったのだが、どれもかなりの大きさであり、傷みも激しく使い物にならない船ばかりで、海岸線は延々とゴミの山が続いていた。

 「……すごい量の漂流物ですな……」

 新月が思わず口に出す。

 「そうですね……我が国には何十万という民がいましたから……」

 文月もそう言うと胸を痛めて立ち止まった。

 それほどの人数が一斉に大陸を目指し、大部分の人間は海の藻屑と化した。その中にあって、文月や葉月は生き残った。それは犠牲となった民や、逃がしてくれた他の巫女たちがあったからこそなのだ。

 文月は両手を胸の前で組んで祈りを捧げはじめた。

 潮風が鼻につく中、文月はしばらくその場を動かなかった。

 その後も船の捜索を行ったが、辺りも暗くなってきたので早々に打ち切った。夜は魔族が活動すると聞いていたので、急いで夜を越せる場所を見つけなくてはならなかったのだ。

 文月らは、海岸に打ち上げられ、かなり傷んでいた大型の船の中で夜を過ごした。

 時々、人の悲鳴のような声が聞こえてきたが、今の文月たちにはどうすることもできず、必死に耳を塞いで体力温存に努めた。

 ──そして三日目。

 やっと手頃で小さな帆船を見つける事が出来、多少の修理が必要だったが、何とか海に浮かべる事が出来た。

 しかし、そこからが大変だった。

 海岸付近の海は多くのゴミが浮遊しており、それが邪魔でなかなか思い通りに進めないのだ。

 小さな帆船であるため、船の残骸にぶつかればひとたまりもないだろう。

 新月が舳先に立ち、長槍で浮遊物を突いて、船の針路を変えたりゴミを避けながら少しずつ南下したが、すぐに夜が近づいてきたため、浮遊するゴミに紛れて一夜を過ごすことにした。

 その夜、北の空が明るく光っているのを新月が発見した。

 「巫女様、あの光は、まさか……」

 新月が指さす方角に視線を移した文月は目を疑った。

 輝きは不足していて、角度的に夜空に浮かぶ図形までははっきりわからないが、各頂点から一ヶ所に向かって光線が集約されている事から、ほぼ間違いなく七芒星だと推測できる。

 「あれは……退魔の術!?……でも、他の巫女たちは別の場所へ向かっているはず……」

 「つまり、まだ生き残りの巫女様が海上にいた……という事でしょうか……!?」

 新月の言葉が終るや否や、文月がカモフラージュ用の漂流していた布や木材等のゴミの中から外に出ようとしたので、慌てて御付き衆の藤が文月の体にしがみ付いて止める。

 「何をなさるおつもりですか、巫女様!?」

 「離してください。まだ生き残りの巫女がいるのであれば、急ぎ助けなければなりません」

 文月が藤の手を振りほどこうとするのを見て、新月が口を開いた。

 「恐れながら巫女様。私達には成し遂げなければならない使命がございます。確かにあちらの状況も心配でしょうが、如何せん、情報が少なすぎます」

 「だからこれから向かうのではありませんか!」

 「いいえ、巫女様が向かうべきは、反対の方角の南でございます。もしもここで文月の巫女様の御身に何かあらば、我々の使命が達成できなくなってしまいます。そうなると、現在大陸にいる何万という同胞の命も危険に晒すことになります。ここは我慢してくだされ!」

 「しかし……!」

 文月は自分がやらなければならない使命は十分承知していたが、せめてあそこで交戦しているのが誰であるのかだけでも確認したかったのだ。しかし、術は無事に発動したようで、光のビームが海上から一直線に斜め上に発射され、目標物に直撃したのか光がパッと上空で拡散していた。

 「巫女様!もしかすると、我々があの場に行くことで、逆にあちらの巫女様の邪魔になるかもしれませんぞ!?」

 「新月、それはどういう意味ですか?」

 「はい……これは推測ですが、退魔の術は発動まで少し時間がかかります。夜であればその光は尚更目立ちますので、七芒星の図形が夜空に現れ始めれば敵も気づくはずです。それが、ここから見た感じでは見事敵に直撃したように見えますので、たぶん、敵の背後から狙ったのだと思われます」

 「確かにそうですね……術が成功した時点で敵は単独の可能性が高く、しかも攻撃した巫女の場所は敵に特定されていない……それなのに私達がノコノコと現れれば、同じくその場に集まった敵の増援の目標は私達となる……」

 「その通りです。私達が危険な状態に陥れば、あちらの巫女様も姿を晒さざるを得なくなるでしょう。従いまして、私たちはこのまま見て見ぬフリをするのが最善かと存じます」

 「……」

 新月の推測は自分達に都合がいいように解釈している。だが、客観的に見て、新月の意見は正しいように思える。

 それにここで自分達が死んでは、サーペントと交渉するという使命を果たせなくなる。

 「わかりました……」

 文月は再び身を低くすると、更に続けた。

 「敵が攻撃した犯人を捜すために、ここまで捜索の範囲を広げるかもしれません。私達は急いで南に進みましょう」

 「……承知しました」

 新月はそう返事をすると、すぐに帆を張り南に向かって進み始めた。

 一応、カモフラージュのためゴミは船に載せたままとしたため、速力はかなり遅くなったが、それでもその場に留まるよりはマシと判断したのだ。

 文月は北の方角に向かって両手を胸の前で組み、同胞の無事を祈るのだった。

 

 

 一方、卯月の巫女が目指しているのはシャフローネ山の火口である。

 ソイマンの話によると、火口のそばに何百年も生きている古代竜<エンシェント・ドラゴン>の1体である、地竜<アース・ドラゴン>がいると言う。

 シャフローネ山が噴火しないのは、このアースドラゴンが見張っているおかげだとの伝承もあるが、詳しい事は誰もわからなかった。

 言い伝えでは、今から約230年前にその姿を見せたのを最後に、アースドラゴンは姿を隠したままであった。

 登山にあたり、出立前に輿の重量を軽くするために、余計な装飾は全て外され、輿の木枠の骨組みに、簡易的な畳を置きそこに卯月を座らせて、御付き衆が担いで歩くことになった。

 御付き衆は輿が軽くなりとても喜んだが、さすがに登山道をこのまま進める訳もなく、そもそも腰が斜めになって卯月が座っていられなかった。そこで、『剣豪』と呼ばれる義光が卯月をオンブして進むことにし、魔術に使う水晶や鏡等の神器は輿から降ろして、御付き衆が担いで歩くことにした。

 輿は邪魔になったので岩場の陰に置いておき、帰りにまた持って帰ることにした。

 義光は「これでは剣が抜けぬ!」とか「小太郎はどこにいる!?」などと愚痴を言っていたが、自分の巫女のためなら仕方なくオンブするのだった。

 卯月はまだ12歳ほどの子供なので、何とかこのまま火口まではオンブできるだろうと考えていた。

 だが、道中はかなり険しい山道で、それが延々と続いていた。

 それもそのはず、大陸のほぼ中央にそびえ立つシャフローネ山は、厳密には連峰であったが、大陸の者達は全てを一括りにしてシャフローネ山と呼んでおり、裾野の広さは大陸の半分の面積を占めるほどだった。

 山に降った雨は、中腹から裾野に掛けて湧水となって地表に現れ、それが川となり自然を育んでいるのだが、山の中腹から上の部分はほとんど草木は生えておらず、岩石が広がる殺伐とした世界が広がっており、常に強風が吹き荒れ、巻き上げられた砂塵で視界が悪く、気温もかなり低くなっていた。

 これだけでもかなり厳しい状況なのだが、卯月らを苦しめたのは火口が一つではない事だった。大きな火口だけでも5つほどあり、それ以外の小さなものも含めると、数えきれないほどであった。

 卯月らはとにかく5つの火口に絞って調査することにしたのだが、必ずしも火口から次の火口まで連続して移動できる訳では無く、一度、ある程度下山ししばらく迂回した後、再度登らねば辿りつけない場所もあるため、かなりの時間と労力がかかると思われていた。

 「……これだけ苦労して地竜に出会っても、言葉が通じねば元も子もないと思いますが?」

 義光がしれっと今回の作戦の根本を揺るがす発言をする。

 「心配するな。話によれば、地竜は全ての言語に明るく、全ての魔法を使いこなす知識と教養が豊富な竜らしいぞ?」

 卯月は義光に背負われながら表情を変えずに答えた。

 「しかし、何百年もの長きに渡りその姿を見た者はいないとか……本当にそんな化け物が現存するのでしょうな?」

 尚も義光が食い下がったが、卯月は「知るか」とだけ答えて話を打ち切った。

 ドラゴン族は年齢を重ねるほどに体が大きくなるらしく、体に合わせて棲み処を変える性質があるので、数百年前の目撃情報など全く役には立たないのだ。

 だからこそ義光は不安になっていた。

 最初に発見した火口は有毒ガスが噴き出していて、近づくことすらままならなかったのだ。周囲には竜が住めるような穴はどこにもなく、足元の岩の隙間からは真っ赤に燃える溶岩が見え隠れしていた。

 卯月はこの場には竜はいないと判断し、すぐに次の火口へ向かう決断をしたのだが、義光はすでにこの世にはいない生物を探しているのではないかと不安になっているのだ。

 「義光」

 「はっ!」

 突然、背中の卯月に呼ばれて反射的に返事をする義光。

 「お前から陰の気が溢れ出し、このあたしまでそれに毒されそうだ。そろそろその辛気臭く物思いに耽るのは止めよ」

 「……つい、この厳しい状況下という事もあり、後ろ向きな考えをしてしまったようですな。面目次第もない……」

 素直に子供に謝る中年男の図である。

 「周囲の状況はあたしが見ている。他の者は前に進む事だけを考えよ」

 「「承知しました」」

 義光と桜以下、御付き衆が同時に返事をする。

 卯月は幼いながらも一番神に愛されし巫女であり、その能力は天才と称されるが、実は人の心を読んだり周囲の殺気を感じたりする能力も一級品であった。卯月にかかれば伏兵など無意味であり、間者や忍びの者など丸裸も同然であった。

 だが、この大陸では相手は人間ではなく魔族であり、今探しているのは竜である。

 卯月は自分の才能に一点の疑いも持っていないが、効力が人間と同じであるのかどうかはわからなかった。

 実際、あのボッシュという将には、催眠術を簡単に破られている。

 従って、周囲への警戒は厳にしなくてはならないのに、自分をオンブしている者から陰の気が溢れ出ると、卯月の感覚が鈍ってしまうのだ。

 そんな卯月は、特に上空を気にしていた。

 火口のおおまかな場所はソイマンから教えてもらっている。

 話によると、魔族の人間は行動を制限されていたと聞く。にも関わらず、ソイマンが火口の位置を記憶するほどこの上空を通過したという事は、魔族……特に5色騎士団や悪魔たちは、この上空は普段から通る空路のようなものだと推測できる。

 「こんなハゲ山、隠れる所なんて無いに等しい」

 とは卯月の言葉である。

 とにかく今は敵に来られては困るのだ。

 神にも祈る気持ちで、実際に祈りながら岩山を登る卯月らは、まだまだこの旅は長くなると感じていた。

 

 ◆

 

 

 一ヶ月もの時間を費やし、皐月の巫女は、やっとそれらしい洞窟を発見した。

 100年以上前に、ドワーフが築いたとされる洞窟のコロニーだ。ドワーフがまだ魔族に降る前は、洞窟を掘って暮らしており、その頃の遺産がこのコロニーだった。

 洞窟の入り口は草木で覆われて発見し難かったが、洞窟の中は広大で奥には大小の部屋がいくつもあり、湧水や温泉までも当時のまま存在していた。

 皐月の巫女らは、長旅の疲れを温泉で癒すと、洞窟の一番入口に近い場所に全員を集め、今後の方針について話し合った。

 「ここから南の方角にウンディーネが住むと言われる湖があり、西にはエルフが暮らすフーガの森があります」

 影千代は地面に座り軽く頭を下げながら、木製の椅子に腰掛けた皐月に向かって話を切り出した。

 「先ずはどちらを先に訪れるべきか決めたいと存じます」

 この影千代の言葉に国松がすぐに反応した。

 「この場所から近いのは湖です。先にそちらを訪れて、ウンディーネから大陸について情報を聞いてから行動すべきかと存じます」

 すると、又二郎も負けじと口を開いた。

 「私は西に向かうべきと存じます。理由は、時間がかかる方を先に訪れた方が後々楽になるからです」

 そう言い終わるなり、国松を一瞥する又二郎。

 皐月もどうすべきか迷っていたが、そこでボサボサの頭を掻きながら時宗が口を開いた。

 「はっきり言ってどっちでもいい」

 「えっ!?」

 その場の全員が驚きの目で時宗に視線を送る。

 どっちにするか悩んでいるのに、どっちでも良いなど、全く答えになっていない。

 時宗は突き刺さる視線を気に留めることなく先を続けた。

 「だってそうだろ?我々はこの大陸の事なんて何も知らずに旅を続けているんだ。何が得で何が損なのか知る由も無い……現状でわかっているのは、この場所から近いのは南の湖だが、悪魔の本拠地である『天地の塔』だったか……そこからはかなり遠い。逆に、この場所から遠いフーガの森は『天地の塔』からは近いって事だ」

 「うーむ……」

 時宗の話を聞いて、影千代が右手で自らの顎に手を添えながら唸ると、独り言のように話し始めた。

 「……敵は東の町から我々が去ったと知ると、追っ手を差し向けるだろう。だが、ある程度探して見つからなかった場合、本拠地である『天地の塔』から増援を出して大陸全土に範囲を広げて我々を捜索するだろう。そうなると『天地の塔』から近いフーガの森の方が危険かもしれんな……」

 「いや、兄貴。そんな推測を言い出したらキリがないぞ?相手は我が国を一晩で灰塵とした悪魔たちだ。本気を出されたらこの大陸だって火の海となりかねない」

 又二郎が反論すると影千代が更に反論する。

 「それはあり得ない。そもそも悪魔たちは、自分達の支配地域を犯した我々に対して怒っているのだぞ?それほど自分達の領域を強く意識した悪魔たちが、自らの手で支配下の大陸を火の海にするなどあり得ないだろう」

 「そんな事を言いたいんじゃない!私は推測を言い出したらキリが無いってことの例えで言っただけだ!」

 「兄弟喧嘩は止めてください」

 皐月がピシャリと言う。

 兄妹は皐月に向かって深々と頭を下げる。

 皐月はそれを見て頷くと続けて口を開いた。

 「どう転んでも今の私達には推測でしか判断できません。であれば、私は効率を優先すべきと考えます。つまり、ここから近い南に行ってから西に向かいます。私達には時間が無いのです」

 「それが我が巫女様の意向であれば、私達はそれに従うのみ」

 影千代はそう言って頭を下げると、それに続いてその場の全員が頭を下げた。

 全員の意見が一致したと悟った皐月は、神妙な面持ちで小梅を呼んだ。

 すると小梅は、洞窟の奥から腕の中に赤ん坊を抱きかかえながら現れると、皐月の傍らに跪いた。

 皐月は赤ん坊を見ながら口を開いた。

 「知っての通り、この子は道端で拾った赤ん坊です。赤の騎士ボッシュ殿に命を助けられ、こうして私達が引き取って面倒を見ています。しかし……この先、この子を連れて行くことは困難となるでしょう……そこで、皆にどうすべきか意見を聞きたいのです」

 皐月の表情は本当に困っているようだった。

 すると時宗が口を開いた。

 「巫女様。答えは単純です。連れて行くか、連れて行かないかの二択です。ただし、どちらの場合であっても、巫女様はおそらくその赤ん坊の事が気にかかる事でしょう」

 「た、確かに……」

 皐月は連れて行った場合は、常に赤ん坊の面倒を見なければならず、置いて行った場合は、赤ん坊がどうしているのか気になるため、どちらを選択しても同じだと考えていた。

 「……であれば、巫女様が良いと思う方を選択するのがよろしいかと……」

 時宗はそう言うと、頭を下げたまま皐月の言葉を待った。

 皐月は意を決すると顔を上げて言った。

 「結局、心配するのなら連れて行った方が良い」

 「巫女様がそう望むのであれば、そのようにした方が良いでしょう。小梅、頼んだぞ?」

 時宗にそう言われて小梅がギョっとする。

 「わ……私は巫女様の御付き衆の長です……赤ん坊の面倒など……」

 小梅がごにょごにょと反論する。

 「小梅。私の面倒よりも、その子の面倒を見てください。これは命令です」

 「そ、そんなぁ……」

 御付き衆にとっても巫女の命令は絶対であるため、小梅は泣く泣くそれに従うしかなかった。

 「まだ未婚の生娘である私がどうして赤ん坊を……」

 小梅はぶつぶつ言いながら、洞窟の奥に下がって行った。

 「それでは早速南の湖に向かうための準備に入ろう」

 影千代の言葉に、各々が出発の支度を始めた。

 皐月も椅子から腰を上げると、奥へ移動しようとする。

 それを見た影千代は皐月を呼び止めると、更に続けた。

 「皆の準備が終わるまで、巫女様は一人で馬に乗れるように訓練していただきます」

 「えーっ!?」

 皐月は膨れっ面で抗議したが、影千代は意に介さず続けた。

 「緊急の時は、御一人でお逃げいただく場合もあるでしょうから、せめて馬に乗れない事にはどうにもこうにも……」

 「わかりました!やればいいのでしょう!?」

 皐月はそう言うと、膨れっ面のまま洞窟の出口に向かって歩き出す。

 「私が指導しますので、すぐに御一人で乗れるようになれますのでご安心下さい」

 影千代が皐月の前を歩いて先導する。

 皐月は影千代の後ろを歩きながら洞窟を出ると、緑に囲まれた周囲を見渡しながら小さくため息をつくのだった。




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