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婚約破棄されたので泥棒猫に勝負を挑みます  作者: おみなまる


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3/9

第3話

私は身支度を終え、会場へと足を踏み入れた。


まばゆいシャンデリアの光が、私の金髪に降り注ぐ。


ネイビーのドレスは、私の緑の瞳の色をいっそう鮮やかに引き立てていた。


誰もが息を呑むような完璧な美女の登場のはずだった。


「おい、彼女のあの顔を見ろ」


「また始まったぞ。美しいのに、どうしていつもあんな…」


「うわぁ、こっち見たわよ。目を合わせちゃダメ!」



会場に広がったのは感嘆の声ではなく、引きつったささやきと、サッと波が引くように広がっていく空間だった。


貴族たちは気まずそうに顔を強張らせ、私から物理的に距離を取っていく。


なぜなら私は今、完璧な淑女の歩く姿勢を保ちながら、頭の中でこの後登場する殿下の姿を限界まで妄想していたからだ。


(今夜の殿下はどんなお姿でいらっしゃるのかしら)


(きっと仕立てのいい礼服の胸元を少しだけ緩めて、あの青い瞳で私を見つめてくださるのよね? )


(ああ、もう最高。ごちそうさまです!ぐへ、ぐへへ!)


脳内での推しへの気持ちが強すぎて、扇で口元を隠しても無駄だった。


緑の瞳は怪しくギラギラと輝き、肩は小刻みに震え、隠しきれない不気味な笑みの気配がオーラとして周囲にダダ漏れていた。


(ううっ、尊い。妄想だけでパン3つはいけるわ)


(あら? みんなが道をあけて避けていくわね? )


(さすが殿下の婚約者である私への敬意ね! 素晴らしいわ!)


周囲のドン引きする視線を、私への敬意とポジティブに脳内変換しながら、私は怪しいオーラを撒き散らして会場の中央へと突き進んでいった。


あとは、今夜の主役。


私の愛する殿下が、ご光臨されるのを待つばかりである。


会場のガヤガヤとした喧騒は、進行役が張り上げたその一言で、ピタッと止まった。


「王太子殿下の、ご登場です!」


静寂が包み込み、参加者の視線が、会場の正面にある豪華な階段の最上段へと一斉に集まった。


そこに姿を現したのは、まばゆい金髪をなびかせた殿下。


隣には、可憐でフリフリとしたピンクのドレスを着た女性が寄り添っていた。


(お、おおう!? 殿下のサファイアブルーの正装、やっぱり言葉を失うほどに神々しいわ!)


(隣にいる令嬢も素敵ね。あの上品なピンクのドレス、殿下のサファイアブルーを邪魔しない絶妙な配色じゃないの!)


(殿下が美しいから、何にでも合いますわね。 脳神経が爆発しそうだわ)


予期せぬ美男美女の並び立ちに、私の脳内のシャッター速度は限界まで跳ね上がった。


二人はゆっくりと大階段を降り、会場の正面奥にある壇上へと進み出た。


殿下は拡声魔法の指輪を使い、王族としての素晴らしい祝辞を述べ始めた。


「本日は我が国、アスタティア建国を祝う良き日に、これほど多くの者が集まってくれたことを嬉しく思う」


参加者たちは皆、その堂々たるスピーチに聞き惚れている。


「さて建国記念の挨拶を終える前に、この場を借りてどうしても皆に宣言しておきたい重大な事がある」


会場が静まり返った。


殿下は隣の令嬢を連れたまま、みんなの視線を浴びて、まっすぐ私の前へと歩いてきた。


近い。近すぎる。


大好きな推しが、目の前にいる。


(ひええ! 間近で見ても殿下はお肌がツルツルで超イケメン!)


(そんな鋭い眼差しで私を見てくれるなんて、最高のファンサービス、ありがとうございます!)


(私を正面に捉えたこの画角! 殿下の背後に広がるシャンデリアの輝きまで含めて最高にエモいですわ!)


胸の前で扇子をぎゅっと握りしめて、心の中で大はしゃぎしている私の前で、殿下は胸を張った。


殿下は会場全体に響く大きな声で言った。


「ソフィ令嬢! 今日でお前との婚約を破棄する!」


(え? 婚約、破棄?)


雷に撃たれるような衝撃が体に走った。


あまりのショックで、頭がクラクラする。


「おい、冗談だろ!?」

「本当に公式の場で公爵令嬢に婚約破棄を…?」

「でも確かにあの令嬢、怪しい不気味なオーラだすからな…」


殿下の衝撃的な宣言が響き渡った瞬間、会場は一瞬にして大きなどよめきに包まれた。


しかし、その渦中にいる私の脳は絶望に支配されて、周囲の音を完全にシャットアウトしていた。


(待って。婚約破棄ってことは、私はもう婚約者じゃなくなるってコト?)


(嘘でしょ、これからは席を自力でとらないと、近くで殿下を拝めなくなるの!?)


一番いい席の婚約者の身分を失うという、オタクにとって人生最大の絶望。


最高の席を失ったショックは、私の心を完全にへし折った。


(ああ、もうダメ。私の命の供給源が…)


(ただの一般席に落とされるなんて…。生きていけないわ…)


「私は新しい婚約者としてこのオリビア嬢を――」


殿下は隣の女性を抱き寄せて何か新しい発表を続け、その後で怒る声が遠くで聞こえるようだったけれど、もう何も聞こえない。


「おいソフィ、聞いてるのか!?」


私の視線がフラフラと泳ぎ、そのまま世界から色が消えていく。


膝の力が完全に抜け、私の体がゆっくりと傾き始めた。


「おい、ちょっとヤバイんじゃ…」

「まさかショックのあまり…」

「きゃああっ! ソフィ様が倒れられたわ!」


周囲から悲鳴混じりの大きなどよめきが沸き起こる中。


ぽてっ。


私はドレスをふわりと揺らしながら、ぬいぐるみが横たわるように気絶してしまった。



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