第1話
遥か昔、闇の災厄に脅かされ、世界は破滅の道をたどることになった。
人々が絶望の淵に立たされた時、一人の娘が立ち上がった。
その娘は特別な光の力を持ち、闇を照らす一筋の光を放ち、災厄を打ち破った。
世界は平和になり、時間と共に記憶も薄れていったが、今も語り継がれる光の聖女の伝承として残るのであった。
およそ模擬戦とは思えない、硬質な鉄同士が激突する重い衝撃音が炸裂した。
骨にまで響くような鈍い音が訓練場の周囲に反響し、噛み合った刀身が悲鳴を上げる。
互いの意地が限界まで押し合う、わずか数センチの至近距離。
睨み合う視線の中で、荒い息遣いが激しくぶつかり合う。
その目に宿るのは、訓練の枠を完全に逸脱した、純粋な闘争の光だった。
力任せに相手を弾き飛ばし、強引に距離を置く。
着地と同時、大気が一瞬で圧を変えた。
「炎よ!」
空間そのものが悲鳴を上げるような重低音。
体内で練り上げられた魔力が一気に解放され、堅牢な刀身に猛烈な紅蓮の炎が狂い咲く。
(ひえええ、構えの美しさがすでに神!)
熱量に耐えかねて焼けるようなおぞましい音を立てて白煙を上げた。
周囲の湿った空気が一瞬で蒸発し、視界が熱気で激しく歪む。
直後、音すら置き去りにした超高速の縦一閃。
炎をまとった質量が、空間を真っ赤に切り裂いて襲いかかる。
相手は辛うじてそれを剣の腹で受け止める。
防いだ上から熱風が熱いを通り越して痛いほどの質量となって肌を焼いた。
弾け飛んだ無数の火の粉と、焦げ付いた木の匂いが、なにもない空間を真っ赤に塗りつぶしていく。
炎の残光の中、二人はすでに次の一撃のために準備を行っていた。
音を置き去りにして地を蹴る。
焦げ付いた匂いが漂う中、流れるような太刀筋で相手の剣を弾き飛ばした。
息を吸う暇すら与えない圧倒的な強さと、炎に照らされる姿を見て私は見惚れていた。
(きゃあっ! 殿下、カッコよすぎます!)
(炎の照り返しで、陰影が強調された横顔が完全に国宝!拝むしかないわ!)
炎の残光をまとった殿下の圧倒的な強さと、その端正な横顔に、私は歓喜の声を必死に殺していた。
弾き飛ばされた相手の剣が、訓練場の床に虚しく転がる。
一瞬の静寂の後、殿下の剣に纏った炎が消え、放課後の静けさが戻ってきた。
「殿下、お見事です!」
「いや、ザックの剣術も上がっていたよ。最後の一撃、紙一重だった」
「殿下には敵いませんよ。あの炎の魔法、まともにあたったら危ないところでした」
「ははは、いい修行になった。ありがとう、ザック」
「こちらこそ、殿下」
そのやりとりを見て、訓練所の外れにある木々から覗いている私は悶絶する。
(最後の攻防の時の、あの鋭い眼光! からの、今の爽やかな笑顔!)
(ギャップが尊すぎて、心臓の鼓動が限界突破しそうですわ!)
(今日も極上の推し成分をありがとうございます!)
(あんな集中した顔から、一瞬で王子様の笑顔になるの本当に無理。素晴らしすぎぎますわ)
訓練場の外から、鈴を転がすような高い声が響いた。
「殿下、お疲れ様です」
私と殿下の視線の先、駆け寄ってきたのは一人の令嬢だった。
(これは…、放課後の差し入れイベント発生ね!)
「殿下、汗を。本当にお強いのですね」
「ありがとう、オリビア。少し熱がこもりすぎてしまったよ」
手渡されたハンカチを受け取りながら、殿下は彼女に向けて、いつもの爽やかで優しい満面の笑みを浮かべている。
(あら、またあの子が来てるわ)
遠目からでも、二人が楽しげに談笑しているのがよく分かる。
(美男美女の放課後トーク…良き。実に目の保養になるわ)
普通のファンならここで嫉妬の炎を燃やす場面かもしれないけれど、私は殿下の公認の婚約者だ。
学園内で殿下は誰にでもあんな風に親切で、誰からも慕われる素晴らしい人だということは、私が一番よく知っている。
だから、あの微笑ましい光景を見ても、私の心は少しも波立たなかった。それよりも。
(でも、あの子と殿下が並んでいると、まるで一枚の絵のようね)
(絵師が描いた特上の画角きた!構図の美しさが限界突破してる)
(尊い。むしろあそこに私が混ざったら画面が汚れるから、絶対に近づいてはならないわ)
激しい動きに揺れる、太陽の光をそのまま溶かし込んだような眩い金髪。
そして、ふとした瞬間に覗く、底知れない魔力を秘めた鮮烈な青い瞳。
身長よし、顔よし、実力よし。おまけに性格まで聖人君子という、天が二物どころか十物くらい大盤振る舞いしてしまったこの国の至宝である。
正直、あの国宝級の顔が視界に入るたびに、私の心臓は限界突破の悲鳴を上げている。
よくぞ毎度毎度、気絶もせずに保っていられるものだと自分を褒めてあげたい。
むしろ今日も推しの供給が美味いと拝みたい気分だ。




