私はもう、私すら許せないの。
ある落ちぶれた華族の屋敷に、色とりどりの花が咲いていた。
苧環、海老根、桔梗、熊谷草、菖蒲など和の趣のある花から、
マーガレット、オルラヤ、三色すみれ、アネモネなど洋風の花まで、
広い敷地いちめんに、春の花が咲いていた。
外構には、山法師、山桜、乙女椿、たいさんぼく、
そしてジャカランタやジューンベリーやオリーヴ、
そして鉄扇や風車、藤の花や忍冬など、
蔓の花が木々に絡んで咲くその真下には、
石楠花や躑躅に梔子、薔薇や牡丹などの低木が、
春爛漫と言わんばかりに、色鮮やかに咲いている。
枯山水の通路には、レンガタイルの飛び石が敷かれており、、
睡蓮や蓮の池に鎮座する鹿威し、
そして苔むした池の周りに、いくつかの紫陽花。
庭園の様子は和洋折衷でありながら、
不思議にも、違和感なく調和していた。
この世の穢れを拒絶する、美の調和が支配する聖域。
聴こえてくるのは、
鳥の囀りや蛙の鳴き声、虫の音色、
そしてそれらの木霊だけ。
塗装の剥げた漆喰の壁に、ひび割れた瓦屋根の大きな屋敷。
それを喰らい尽くすかのように、
凌霄花や琉球朝顔、時計草が屋敷を覆う。
その屋敷の縁側に、女は立っていた。
母の腕の中で狂う程に涙を流し、
涙に涙を重ね、
やがて泣き疲れ、
泥のように眠り、
目覚めた私は、
屋敷の縁側に立っていた
「花は綺麗ね…私とは違って…。」
愛する者を毒殺された怒りで、愛する者の事まで貶し憎み、そして忘れる。
優しさや愛をかなぐり捨て、怒りと憎しみを糧とし、
そしてもはや、敵と味方の区別すらつかない。
美しさを求めて縁側に立ち、花々の美しさを愛でる。
いや、ちがう。
私は花々を見る事で、失った父親の思い出を、
そして、
失われた私の愛と優しさが帰ってくることを、期待していたのだ。
だけどもう父は、思い出の中にも、心の中にもいない。
あの強くて優しく美しい魂は、
『魂の大富豪』は、もう失われてしまった。
泣いて泣いて泣き続ければ、優しさや愛が、
父や母に対する思いが、
在りし頃のように蘇ってくるのではないか。
そう期待したけれど、結局どこまでも私は、
父を「毒殺された間抜け男」と、
母を「親戚の土産も断れない愚鈍な女」と、
愛すべき者に対して、醜い思いしか抱けないのであった。
そして私の胸に、北条一族の事が、重くのしかかる。
窮地に追い込まれていたとはいえ、
子供だったとはいえ、
罪のない子供を脅し、
その親をも脅し、
なのに私は何ら罰せられることはなかった。
挙句の果てに、それが当然の権利だと思っていた。
『私や母が無実の罪で苦しんだのだから、
私が罪に問われなくとも、それは当然の因果だ』と、そう思っていた。
もしそうだとしても、
では何故、彼ら彼女らは心中をし無惨に死んで、
私は今、何の罪科も無しに生きている…?
そもそも、
娘を人質に取られるか失うかしたぐらいで、発狂するような精神の持ち主。
父を殺した事に関しても良心の呵責を持ち続けていて、
私が手を下さずとも、自首をするか、
あるいは真犯人に、自首を促すかしたのではないか。
だとしたら…
私は私自身の手で、私の魂を汚したのだ。
敵の姿を私よりも醜く想像することで、
残虐非道に対する免罪符を、私は私に与え続けてきたのだ。
結局私は、他者の醜さを断罪することによって、
己の醜さから目を背け、見て見ぬふりをしていただけなのだ。
北条一族の苦しみと無念。
それに値する罰が、いずれ私にもくだる…。
そしてその罰は、
もう既に、
私に降りかかりつつあるのかもしれない。
西郷優一。
あの男はひょっとしたら、私に罰を下しにきたのかもしれない。
彼は、
顔も姿形も、
父によく似ている、まるで生き写しのように。
彼と関わっていて、ひとつだけ、身に染みてわかった事がある。
私が何を怖れ、何を一番怖れているのかを。
私は、『愛と優しさ』が、怖くて怖くてたまらないのだ。
私を愛してくれていた存在が、突如として目の前からいなくなる、奪われる。
それが怖くて怖くて、たまらないほど怖いのだ。
だから、愛の根源たる父と母を、
謗り、馬鹿にし、否定することで、
己の心を麻痺させ、守ろうとしたのだ。
私は悲しみを怖れ、苦しみと怒りに変貌し、
此の世でもっとも美しいものを、
父が「ずっと守るよ」と約束してくれたものを、
自らの手で屠ったのだ。
今なら、
あの父の泣き顔の意味が、
その顔が何を伝えようとしていたか、よくわかる。
父は私に、
「何があっても愛を捨てるな」と、そう言いたかったのだ。
だけど、もう疲れた。疲れてしまった。
私はもう、恋心すら、恋しい男ですら、憎むようになってしまったのだから。
私は優一を、愛してしまったのだ。
そして愛しているが故に、憎んでいる。
「喪失の苦しみを予感させる存在」として、憎んでいる。
ごめんなさいお父さま。私はもう、あなたが愛してくれた美純ではありません。
ごめんなさいお母さま。お父さまが亡くなったからこそ、せめて生き残った私達ふたりは、
手を取り合って幸せに生きるべきだったのに、
手を差し伸べてくださったお母さまの手を、私ははたいてしまったのです。
ごめんなさい優一さん。もし私が、あなたのように心の清らかな女であったなら、
とても素敵な恋ができたことでしょう。
だけど私は、己の弱さと醜さに負け、愛を捨てた愚か者です。
あなたの深い愛が、素敵な誰かに届きますように。
ふふふ…。心の中でだけなら、きちんと謝れるものなのね。
だけど本当に大切なものはもう、失われてしまった。
愛は『憎しみ』だから。
もう、こんなに醜い魂を背負ったまま生きていても、仕方がない。




