世忌花娘・美しき呪い
公家のお人は所作こそ高貴で高潔なれど、
品のよい装束の裏がわには、
華美な屋敷のその本丸には、
野心と謀略にまみれた蝮がとぐろをまいて、
互いを喰いあい貪りあい、
肥太ろうと息巻いておる。
慇懃無礼、面従腹背、外面菩薩の内面邪鬼。
清彦さまは、
その高潔なる御心ゆえに、
畜生道には堕ちまいと、
椿が春の盛りに落ちるように、
自害してしまわれた。
沙羅双樹に縄を結って、
首を吊って死んでしまわれた。
首が伸びた御亡骸の、
なんと悲しく痛ましいこと、
まるでわらわにとっては、
昨日おきたこととしか感ぜられぬ。
それでいて、
身の内のものを漏らさず、
仲春の昼の陽の如く、
慈悲にみちたその御顔は、
まさしく、
沙羅双樹の樹の下で、
悟りを開いた釈迦尊のようであった。
あれほど清らかな死は、この世にはもうあるまい。
餓鬼のような公家たちも、
清彦さまの御立派な最期を見るに、思い余るところもあったのだろう、
葬礼こそ丁重かつ神妙なものであったが、
死んだ邪魔者の分け前とお零れが、さぞかし美味であったのだろう、
二日、三日も過ぎれば、
奢侈を尽くし、くだらぬ謀を労するばかり。
慕わしい人に先立たれ、
その死すら辱められ、
わらわにはもう、
清彦さまのいらっしゃる彼岸の他には、心の寄る辺などあらぬ。
美しい者が死に、
醜い者どもが蔓延る此岸は、
地獄も同然である。
わらわは許せぬ。
釈迦尊の如きお人の死をもってしても、変わらぬこの世が。
そこまで不実でいたいのならば、
いっそ、
すべてが不実、不稔となってしまえ。
この不浄の地が、
わらわの怨嗟の血によって、
不稔の地となるよう、
わらわの死をもって叶えようぞ。
嗚呼、清彦さま。
わたくしの恋しい清彦さま。
わらわは決して、
あなたのように、
御立派な最期を迎えらそうにはありませぬ。
彼岸と言えど、
極楽浄土へ向かわれたあなた様とは違って、
わらわは地獄へ堕ちるでしょう。
されど、
わらわの罪が赦され、抜苦与楽の暁には、
此の世で実らなかったわたくしの思いを、受け止めてくださいまし。
それではこれにて、
わらわは地獄へ堕ちまする。
恋しいあなた様に、お会いするために。 かしこ
…
これは、「お種」という、江戸の頃だろうか、公家の女の遺書である。
侍女曰く、
お種は刀を首にあて、躊躇しながら、何度も刀を引いた。
喉が息で擦れているような、フーッ!フーッ!と、
獣のような呼吸音を鳴らし、
恐怖のあまり失禁し、
大量の脂汗をかき、
血管が怒張して赤くなった眼をギョロリと見開き、
何度も何度も刀を引いた。
やがて頸動脈を一思いに刺し、
切断するかの勢いで後ろへと掻き切ったそのとき、
お種の首から、
血飛沫が、
彼岸花のように咲き誇ったのだ。
それはあまりにも残酷な有様でありながら、
此の世のものとは思えぬほどに耽美で官能的で、
しかし極めて神聖な、
位の高い巫女の執り行う、「祭儀」のような…。
侍女は助けを呼ぶことはおろか、悲鳴すら上げることができず、
その圧倒的な光景に目を奪われ、呆然と立ち尽くす他なかった。
人間の血液量を凌駕して、
咲き誇るお種の彼岸花。
不可解なことに、
お種の遺体も衣服も透明な水となって溶けてなくなり、
夥しい量の血痕だけが、畳の上に残った。
そしてあろうことか、
お種の血痕の上に、
一輪の彼岸花が咲き誇っていたのだ。
侍女は逆罪として斬首の刑に処されたが、
しかしながら、
血痕の畳に咲く彼岸花のことだけは、
誰もが目にしていることであり、
侍女の言葉が嘘偽りであるとは、
処刑執行人ですら、考えられなかったほどである。
無実の女を殺した自責の念で、執行人は皆一様に、切腹した。
そして大勢の華族のあいだで、
自害が流行った。
この、
神秘的でありながら酸鼻極まる出来事は、
華族をはじめとして、
やんごとなき家の人々を中心に、広まっていった。
不実と強欲に対する、戒めとして。
しかしながら、
もしこの話が、
「戒め」を目的として広まった話であるならば、
大変に解せぬ話がある。
それが何かと言えば、
この話が「戒め」と広まって以来、
欲深くて醜い者には、さほど不幸な事は起こらなかったといというのに、
心も容姿も美しい者ばかりが、
「お種と同じ目にあった」ということだ。
美しいお種の高潔なる魂が、
彼女と似た魂と共鳴した結果かもしれぬし、
そもそもそれが、
果たして妬みによる呪詛なのか、
あるいは慈悲による祝福なのか…。
えてして死人は、
古今東西、
生ける者には解せぬ計らいをするものであるからして、
最早これはもう、
人智のならざるところ、と言う他ないのやもしれぬ。
ただただ地獄の鐘の声に、無情の響きがあるとしか。
口伝・「世忌花娘」より




