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聖女に愛された侯爵令嬢は愛を貫く決意をする  作者: 樋口 涼
プロローグ

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1/27

1

「あぁ、セピア」


セピアと名を愛おしそうに呼ぶ声は、伸びやかで高く、鳥の囀りの様に優しく耳を擽り、美しい銀色の髪が、目の前に被る様に降りてきた。


頬を挟む細い指は、サラサラとして心地よい包みを与えてくれる。

近付く白い肌からは、仄かな花の良い香りがした。

肩から零れ落ちる長い髪は、艶やかに光を受け、指通りの良さを誇示している。


(私とは違う)


揺れる銀色のまつ毛が、金貨の様な瞳を縁取り、頬に薄く影を落としていた。

その眼と、侯爵令嬢セピア・ソレイユの目は見合っていた。


「あの…聖女様」


セピアは顔を両手で固定されたまま、目の前の美女に声をかける。


「なあに?セピア」


うっとりとした声で返事が返って来る。

さっきから、それの繰り返し。


「もうそろそろ…離して貰えませんか?」


本来ならば公爵よりも上の位に位置する聖女に、侯爵家のセピアが指示をしたりお願いをしたりは出来ない。

聖女を動かせるのは王族、その中でも『王様』だけだ。

だが、セピアはかれこれ30分程、この顔を固定された状態であり、首が酷く痛みだしていた。


「あの…首が…」


セピアの黒い目が涙で潤み、漆黒の髪が聖女の手から逃れようと揺れた。


「まぁ、首が痛いの?治してあげる」


聖女は金色の目を細めると、手に力を込めた。

普通の力ではない。治癒の波動だ。

聖女の手がほわっと暖かくなり光ると、セピアの首から痛みが無くなる。


「そんな…聖なる力を…無駄に…」

「いいえ、無駄じゃないわ」


だって、セピアの為だもの。と、優しく笑う。


「あの…聖女様…?」

「名前で呼んで」


セピアは名前を呼ぶのを躊躇する。

聖女の名は、許された者しか呼んではならないからだ。

それを言うにも、拒否するにも、侯爵と言う位置では憚られる。


「ほら、シェリーと…」


聖女の名はシェリラ・スワレである。

シェリーとは愛称であり、よほどの人間では無ければ呼んでいない。

寧ろ、王もその他の王族、公爵家の者ですら呼んだ事はない。

呼ぶのは居たら聖女の母親…ぐらいだろうか。

その母も亡くなった。


聖女の母は、聖女を産んだ時に亡くなったのだ。

なので実質…今、名を呼べと迫られているセピアしか居らず、セピアがそれを口にすれば『聖女を初めて愛称で呼ぶ者』になる。


「さぁ。呼んで」

「うぅぅ…」


聖女に迫られ、涙目になりながらセピアは呻き声を上げた。


「ほら。…セピア…」


聖女の顔がより一層近付いて、花の香りが強くなる。


(聖女は息まで…綺麗…)


己の息はどうなのだろう。と、セピアは少し不安になる。

朝は何を食べたか、さっき紅茶を飲んだから紅茶の匂いであって欲しい。などと考えた。


「セピア…」


何故だか、聖女はセピアの胸元の紐を解こうとしていた。

やや太めの紐で編み上げられている胸当て部分は、それを解くと下に着ているシュミーズが緩み、少し覗けばコルセットで押し上げられた、丸みのある胸が見えてしまう。


「聖女様!?」


セピアは慌てて聖女の指から紐を取り上げ、結び直した。

女性同士でも、他人に肌を気安く見せてはならない。

それに、セピアには婚約者が居た。


「少しくらい、良いじゃない」


聖女が服の上から鎖骨辺りに指を這わせ、優しげに笑う。

とんでもない。とセピアは身を硬くした。


「もうそろそろ離れたらどうか」


セピアと聖女のいる庭の木陰に、入り口から近付く人影から声が放たれた。

逆光で顔が見えないが、声からしてセピアの婚約者、このプリシカ王国の王息(おうそく)

オール・ソヴァールだった。

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