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「あぁ、セピア」
セピアと名を愛おしそうに呼ぶ声は、伸びやかで高く、鳥の囀りの様に優しく耳を擽り、美しい銀色の髪が、目の前に被る様に降りてきた。
頬を挟む細い指は、サラサラとして心地よい包みを与えてくれる。
近付く白い肌からは、仄かな花の良い香りがした。
肩から零れ落ちる長い髪は、艶やかに光を受け、指通りの良さを誇示している。
(私とは違う)
揺れる銀色のまつ毛が、金貨の様な瞳を縁取り、頬に薄く影を落としていた。
その眼と、侯爵令嬢セピア・ソレイユの目は見合っていた。
「あの…聖女様」
セピアは顔を両手で固定されたまま、目の前の美女に声をかける。
「なあに?セピア」
うっとりとした声で返事が返って来る。
さっきから、それの繰り返し。
「もうそろそろ…離して貰えませんか?」
本来ならば公爵よりも上の位に位置する聖女に、侯爵家のセピアが指示をしたりお願いをしたりは出来ない。
聖女を動かせるのは王族、その中でも『王様』だけだ。
だが、セピアはかれこれ30分程、この顔を固定された状態であり、首が酷く痛みだしていた。
「あの…首が…」
セピアの黒い目が涙で潤み、漆黒の髪が聖女の手から逃れようと揺れた。
「まぁ、首が痛いの?治してあげる」
聖女は金色の目を細めると、手に力を込めた。
普通の力ではない。治癒の波動だ。
聖女の手がほわっと暖かくなり光ると、セピアの首から痛みが無くなる。
「そんな…聖なる力を…無駄に…」
「いいえ、無駄じゃないわ」
だって、セピアの為だもの。と、優しく笑う。
「あの…聖女様…?」
「名前で呼んで」
セピアは名前を呼ぶのを躊躇する。
聖女の名は、許された者しか呼んではならないからだ。
それを言うにも、拒否するにも、侯爵と言う位置では憚られる。
「ほら、シェリーと…」
聖女の名はシェリラ・スワレである。
シェリーとは愛称であり、よほどの人間では無ければ呼んでいない。
寧ろ、王もその他の王族、公爵家の者ですら呼んだ事はない。
呼ぶのは居たら聖女の母親…ぐらいだろうか。
その母も亡くなった。
聖女の母は、聖女を産んだ時に亡くなったのだ。
なので実質…今、名を呼べと迫られているセピアしか居らず、セピアがそれを口にすれば『聖女を初めて愛称で呼ぶ者』になる。
「さぁ。呼んで」
「うぅぅ…」
聖女に迫られ、涙目になりながらセピアは呻き声を上げた。
「ほら。…セピア…」
聖女の顔がより一層近付いて、花の香りが強くなる。
(聖女は息まで…綺麗…)
己の息はどうなのだろう。と、セピアは少し不安になる。
朝は何を食べたか、さっき紅茶を飲んだから紅茶の匂いであって欲しい。などと考えた。
「セピア…」
何故だか、聖女はセピアの胸元の紐を解こうとしていた。
やや太めの紐で編み上げられている胸当て部分は、それを解くと下に着ているシュミーズが緩み、少し覗けばコルセットで押し上げられた、丸みのある胸が見えてしまう。
「聖女様!?」
セピアは慌てて聖女の指から紐を取り上げ、結び直した。
女性同士でも、他人に肌を気安く見せてはならない。
それに、セピアには婚約者が居た。
「少しくらい、良いじゃない」
聖女が服の上から鎖骨辺りに指を這わせ、優しげに笑う。
とんでもない。とセピアは身を硬くした。
「もうそろそろ離れたらどうか」
セピアと聖女のいる庭の木陰に、入り口から近付く人影から声が放たれた。
逆光で顔が見えないが、声からしてセピアの婚約者、このプリシカ王国の王息。
オール・ソヴァールだった。




