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26)エピローグ:王家はいかにして清浄化に成功したか

 晴天の王都に、人々の歓呼がこだまする。色とりどりの花飾りに花吹雪、楽団の明るい演奏が国を挙げての慶事を祝福している。

 本日は、待望されていた王太子の結婚式だ。


 王城正面の露台からにこやかに人々に手を振りながら、少し髪の伸びたキャロラインは笑顔を微塵も動かさぬまま器用にも「ふー……」とアンニュイなため息を落とした。


「結局逃げられなかった……」


「ぶっ。この期に及んでそんなことを言うか」


 隣で、先程正式な伴侶となったばかりの第二王子こと王太子がくつくつ笑う。

 キャロラインはこれまた器用に、綺麗な笑顔のまま王太子を睨みつけた。


「当然でしょう。王太子妃なんて面倒な役目、ハズレくじもいいところだわ」


「では、俺の嫁、という役目は?」


 茶目っ気たっぷりの流し目と問いかけに、キャロラインは思わずまともに黙り込んでしまった。

 それから顔をそらして、完全黙秘の姿勢である。




 キャロラインがここに立つまでにそりゃまあいろいろあった。

 と言っても、キャロラインがブラッドリーに捕まった経緯は前述した通りであり、いろいろあったのは主に王家周辺の諸々である。


 まず王妃の顛末。

 案の定、彼女は無傷で発見された。

 侯爵家の別邸──すなわち、王妃の実家で。


 辺境伯による締め付けと領内の不正のツケ、王妃の行方不明というトリプルパンチに侯爵が音を上げ始めた頃、王家は不正の証拠を揃えて侯爵領の強制捜査に乗り出した。疲弊した侯爵が抵抗する間もなく、密輸に密造、大規模な脱税、裏組織との黒い繋がりなどが次々に明るみになり摘発されていった。

 その工程で、ついでのように王妃の身柄も発見・確保されたのである。


 つまり、王妃は最初から誘拐などされていなかった。

 多くの貴族が邪推した通り、自分の意志で領地に引きこもっていただけだった。

 そして、王妃をコントロールできない侯爵が苦し紛れに誘拐騒動をでっち上げた。


 ……事実はおそらく違う。が、貴族院はそう結論付けた。

 王妃が何者かに幽閉されていたと金切り声で主張しても、侯爵が自分は一切関与していないと必死に訴えても、聞く耳を持つ者はいなかった。

 もともと侯爵の台頭は煙たがられていたし、一時の権勢を当てにしてすり寄っていた者たちもあっという間に手のひらを返して離れていった。単純な話、人望が絶望的になかったわけである。


 王妃が疲弊どころか完全な健康体で発見されたという事実も、その判断を後押ししたことは言うまでもない。

 三食昼寝つきお湯たっぷりのお風呂入り放題という優雅な環境で、侍女もちゃんとつけられて、十二分に快適な住環境だったようだ。本人は状況がわからなくて不安だったし贅沢や我儘が許されずにストレスだったと主張しているが、お肌ツヤツヤでそれを言っても説得力がない。図太い性格が今回ばかりは災いしたようだ。


 侯爵家の使用人や領地の人々からの聴取も、侯爵と王妃の言い分を裏付けるものは何もなく、むしろ疑惑を深めるものばかり。

 「幽閉」期間中に王妃の世話をしていたはずの侍女や従者は当然名乗り出ず、王妃による首実検でも特定には至らなかった。

 王妃の行方不明騒動前後で人材の流動があった時期、おそらく辺境伯の息のかかった人手が少なからず送り込まれていたのだろう。聴取で上がってくる情報は巧妙に操作されていたようで、侯爵はすっかり退路を絶たれてしまった。


 侯爵領内における数々の不正行為に、王妃の誘拐捏造。それに乗算して、侯爵父娘のこれまでの横暴な振る舞いによって生じた各所の不利益が改めて見直された。

 結果、侯爵は爵位返上のうえ投獄。死罪にまでは値しないが、国政に深く関与していたために握っている情報も多く、下手に表に出すわけにもいかないということで、残りの人生を牢獄で浪費することが決定した。

 それにともなって、現王妃デリラは王族から除籍──すなわち、国王エグバートと離縁させられることになった。

 実家に返品されたデリラを、親族は持て余すことになる前に即行で迷いなく、僻地の規律厳しい修道院にぶち込んだという。外側に対しても内側に対しても厳重な警備態勢が敷かれた、実質上の女性専用刑務所のような院らしい。……親族間における彼女への評価と信頼度が目に見えるようである。

 王子を三人も成し、王太后となる権利を得た女性にしてはわびしすぎる末路だが、彼女も王妃の立場を悪用して少なからず侯爵の不正に関与・協力していた証拠が多数出ている。本物の牢獄に投獄されなかった時点で温情十分、妥当な着地点と言えよう。まあ、彼女ならどこでもたくましく生きていけるだろう。


 ここで気になってくるのが王妃と侯爵の影響を最も受けたであろう第一王子の動向だが、この男はこの男で、まあすごい。

 なにせ、これまで弟たちを差し置いて目をかけてくれていた祖父と母の凋落を聞いても、多少驚きはすれど、まったく動揺も悲しみもしなかったというのだから仰天だ。


 第一王子の脳内は「初恋を自力で成就させる」の一色らしい。それ以外はすべて些事。

 母と祖父のことは残念だが仕方ない、後始末は父と弟たちにすべて任せる、そんなことより自分はこのまま旅を続けるので引き続き援助をしてほしい、例の令嬢の情報が手に入ったらすぐにでも教えてほしい……と要約するとこんな内容の、ブラッドリー宛に送られてきた手紙を読ませてもらった時には、キャロラインは未知の生物に相対するような得体の知れない汗が全身から吹き出てくるのを禁じ得なかった。


 とんでもない放蕩王子っぷりだが、ブラッドリーは兄をそのまま放浪させておくことにしたようだ。

 第一王子は正当な王族としては完全に役立たずながら、見目はとても良い。これは翻せば、民衆の人気を得やすいことを示している。

 放蕩者の王族などというものは、自国民にとっては頭痛の種。しかし無関係な他国の民からしてみれば、自国の面子も懐も痛まない、愉快なセレブである。それにあの顔で「行方が知れなくなった運命の人を探して各地を放浪している」というロマンスを常備しているのだから注目度も満点。

 そんな愉快なセレブが様々な国の上流社会を渡り歩き、時に庶民とも交流を図り、取材なんか受けたりもして、じわじわと自国の名を売り込んでいくのである。

 極めて地道で、いつ実を結ぶともわからないが、こうしたイメージアップ戦略がその後の外交に与える影響は意外と無視できない。たとえば一つの商品を遠く離れたよく知らない国から輸入しようとなった時、輸入先の候補が複数あってその契約の内容がほぼ同等だったなら、「そういえばあの愉快なセレブの出身国だったな」なんて軽率な理由で選ばれる可能性だって、ゼロではないのだ。


 そう、ブラッドリーはあの兄を、他国に対する広報要員として運用するつもりなのだ。それはたぶん、キャロラインにとっての運命の曲がり角であった例の食事会の時からすでに。


 兄の放浪を援助するブラッドリーは、いわばパトロンだ。つまるところ兄の動向をコントロールできる立場にある。援助する代わりに誰それを同行させよとか、その国に寄ったらパーティに出席して顔を売っておけとか、例の令嬢の目撃情報がどこそこにあったぞとか、それはもう自由自在である。

 あの強烈な王妃の受け皿の役目を担っていただけあって、第一王子の本質は指示待ち人間だ。例の令嬢を捕まえるため、という名目のもとに持ち込まれる弟の指示やその息がかかった侍従の誘導にあっさり従ってしまう。本質的には非常に素直なので、あらかじめしっかり言い聞かせておけば失言や失態もほとんど冒さない。……彼を傀儡の王にしようとしていた侯爵の目論見が成功していたら、実際えらいことになっていただろう。


 ともあれ、第一王子は今や、実弟たるブラッドリーの傀儡も同然。それでいて自覚がないから、初めて手に入れた自由と自分だけの人生を謳歌しているつもりのようだ。

 たとえかりそめのものであろうとも、経験の主体者がそう認知していれば、それは幸福な人生なのだろう。知らぬが仏。


 ちなみに第一王子の運命の人こと例の令嬢だが、王家の手を尽くした東の国での縁談が実を結び、人徳ある嫁ぎ先で穏やかな結婚生活を送っているそうな。

 自国にいればなんやかやと例の茶会の一幕が蒸し返されるのは目に見えているから、いっそのこと国を出てしまうのは十分に現実的で、結果的にも最良の選択になったわけだ。誘導した張本人であるキャロラインとしては、ちょっと誇らしい。


 もちろん、第一王子はこのことを知らない。耳に入れる情報も巧妙にコントロールされているので、向こう十年ぐらいは余裕で気づかない可能性が高い。

 ……十年も経って真実を知った第一王子の反動を考えるとちょっと怖いものがあるから、これは一生知らずにいてくれたほうが全員幸せ案件かもしれない。

 初恋を永遠に追いかけ続ける夢追い人生。自身が道化であることに気づかない道化が幸福なのは間違いない。

 実際問題、可愛がってくれた実母と祖父の末路にさしたる興味も示さぬ程度の情の薄さでは、真っ当に愛を育み家庭を持つのも難しいだろう。例の令嬢言うに及ばず、たとえ相手が誰であったとしても。

 さりとていまさら愛情深い人間になるように教育し直すのも現実的ではない。

 第一王子の王族として生きていく活路は、もはやほかにないとも言える。これもまた適材適所。


 ……と言いつつ、これが本当に第一王子の一生涯を懸けたライフワークになるということを、キャロラインはまだ知らない。

 突き抜けた人生を貫き続けた彼は、決して想い人には出会えない切なくも充実した人生を最期まで楽しんでいたというが、それはまた別の話。


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― 新着の感想 ―
[一言] 第一王子は寅さん的な立ち位置で一話完結の長編主人公ができそう。
[一言] 第一王子の伝説が後年、ものすごいオペラとか映画とかになりそうです。町の酒場でも弾き語りされるんだろなあ
[一言] パッと見は一途で誠実で容姿端麗な王族に見えるわけだから広告塔としては完璧。楽器と歌でも教えて吟遊詩人まがいでもさせれば広告塔として完璧。
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