25)ブラッドリーの事情:この男、いかにして想い人を射止めたのか
出会いは王家主催の夜会。『彼女』のデビュタントの日だ。
それが一目惚れ……かというと、少し毛色が違う気がする。
はっと目を引く顔立ちをしていたのは確かだ。
だがそれだけで心流されたということはなかった。交わした言葉も形式的な挨拶だけ。表情も態度もお互いよそ行きで、浮ついた空気は一切ない。
……だが。
一言一言を紡ぐ声色。貪欲に情報を収集する目線。作り物の笑顔の中で、溢れんばかりの好奇心に輝く瞳。
ほんの短い交流のうちに、魅せられた自分を自覚する。態度には一切出さずに。
離れた場所で彼女が歓談している姿を見るともなく眺めながら、ブラッドリーは動き出すことに決めた。
玉座につくことは逃れられない宿命と受け入れよう。
だが、自由を供し、自身の人生を国に捧げるからには、その報酬は充分に得なければ甲斐がない。
自分の妻は、自分で選ばせてもらう。
まずは『彼女』の身辺調査。
伯爵家次女。幼少より利発で小生意気。適度に社交的かつ根回しがうまく、しかし悪目立ちはせず身動きも善良。見た目の印象が幼いために恋愛対象として見做されることが少なく、姉である長女の婚姻が決まらない煽りで身の振り方が宙に浮いていることも相まって、縁談の打診すらほぼ来ていない。
なんと理想的な状況か。
次に、さらに踏み込んだ身辺調査、兼、虫除け。
ブラッドリーは近衛を務めている乳兄弟の一人に頼み込んで、シモンズ家に護衛として潜入してもらった。ニヤニヤしながら快く請け負ってくれた乳兄弟は、外部からでは読み取れない情報を今現在も逐一報告してくれている。
そこで判明したのは、まっとうな婚約者候補としての下馬評は低い『彼女』にも、よからぬ視線を送る男はいるということ。
それはもう、デビュタントの夜会からうすうす感づいてはいたことだった。
人間の大多数はまず、異性を目で見て判断する。
そして公の場に出る時の『彼女』は女性的かつ模範的な令嬢らしいドレスを粛々と着こなしていたが、それでも幼く見える顔立ちや勝ち気な雰囲気は生来のもので、表向きの貞淑さの向こう側からどうしても滲み出てしまう。
未成熟な見目をしたものは性愛の対象から除外されるのが基礎的な生物的本能だが、そうした平均値から外れた感性を持つ者もまま存在する。見た目「だけ」なら好みの問題なのだからそれ自体を糾弾するわけにもいかないが……いかんせん、『彼女』に視線を送っている人物の経歴や人品がよろしくない。
以前に離縁ないし死別にて伴侶を失った中年から老年まで含む男やもめ、見合いやその打診に連戦連敗中のやや目つきの怪しい若者、現在形で隣に伴侶がいる好色そうな既婚中年……他にもまともそうな青年も数名いたような気がしたが、上記のように駄目な方向性に濃い面々があまりにもアウトすぎて完全に存在感がかき消されている。
個々の内実がどの程度アウトなのかはさておき、『彼女』を見初めた国内の貴族たちの動きは基本的にわきまえたものだった。
「平均」は弱者には類されない。中央値ど真ん中のシモンズ伯爵家は、中央値であるからこそ財も人脈もそれなりに有しており、決して侮っていい家ではない。トラブルやスキャンダルを避けるのならば、シモンズ相手に下手な行動はとれないということだろう。
……むしろ正規の手段で真っ当に求婚できていない時点で「やましいことがあります」という自白に近いのだが。
ちなみに例の夜会後、あまりに香ばしかった数名に対して調査を差し向けた結果、案の定二名ほど素行に問題ありと判断され、適切な法的措置および親族からの電光石火の「処置」がくだされ表舞台から姿を消したことが、結果的に「同好の士」たちへの牽制になったという側面は正直否定できない。というかそれこそが動きを手控えたメインの理由でないことを祈りたい……。
ともあれ『彼女』に対する不埒な視線は、実害に発展することはなかった。
適齢の数人から正式なアプローチもないわけではなかったが、シモンズ家は結局のところ長女のことで手一杯だった。頭一つ抜けて条件の良い内容の縁談が来た時などは、もう次女から先に片付けてしまおうかと揺らいだりもしたようだが、ブラッドリーは乳兄弟に相手方のデメリット情報をそれとなく流させて軌道修正させた。この点に関しては、ブラッドリーもちょっとばかり姑息であった自覚はある。(ただし長女の件に関しては指一本関与していないので、長女の縁談がまとまらないのはほぼ本人の問題であることは明記しておきたい)
かくしてキャロライン・シモンズは何者とも明確な約束を交わすことなく、例の茶会で再びブラッドリーの前に現れた。
初対面の夜会以来の機会だ。ブラッドリーはかなり気合を入れて臨んだ。
にもかかわらず、キャロラインは秋波を送られることすら拒んでブラッドリーから遠ざかろうとした。
直前の兄の大失言が効いていたのは間違いなかったが、おそらくそれがなくともキャロラインはブラッドリーを避けたように思う。王家と縁続きとなるのを面倒くさがって、姉の皺寄せを言い訳にして。
始めから、ブラッドリーは選択肢にさえ入れられていない。
茶会二日目、声をかけてけんもほろろに煙に巻かれたあの瞬間、それを悟ったブラッドリーはむしろ腹を決めた。ぷっつん、と頭の中で何かがキレた音を聞きながら。
──この女を、全力で堕としてやろう、と。
小賢しいのはお互い様だから、思考を読むのは難しくなかった。
半歩先の先回りを心がけ、兄の失態さえ釣り餌に使って、多少強引にキャロラインと王家に小さな縁を繋ぐと同時、ブラッドリーの存在をキャロラインに強烈に印象づかせた。
領地に帰れば何かしでかすだろうと思えば案の定、自分自身を囮にして令嬢を逃がすという奇策に打って出てきた。
それ自体はいい。問題は、変装を解いた後だ。
すでにデビュタントで無自覚に駄目な注目のされかたをした前科があるキャロラインである。それが国外でも繰り返されることが、十分に予見された。
不埒な視線を注いでいた連中が大人しかったのはひとえに、国内で中流貴族相手に面倒事を起こすと体面に差し支えるからだ。
だが国外となると少々事情が異なる。相手はキャロラインがどの程度の身分であるかを知らず、また「知らなかった」の言い訳を盾にある程度強引に動くことができてしまう。国際問題に発展する可能性を考慮して慎重に動く者ばかりではないのだ。
ましてキャロラインは傍から眺めて、そこそこの地位の貴族令嬢には見えても高位にまでは見えない。照会などせずとも概ね見当はつくのだ。
いち伯爵令嬢の身柄程度で国際問題に持ち込むのも、実際のところ難しい。悪知恵の働く者ほどその辺りは見通している。
向こうの高位貴族が本気を出せば、国内のしがらみも国際上の軋轢も気にせず簡単に掻っ攫える美味しい獲物なのである。
そして状況は予見された通り。留学中の護衛に無理くり割り込んでくれた乳兄弟が、不埒な輩の接近をそれとなく阻み適切に処置してくれなかったならどうなっていたことか。王家や貴族院に寄せられたキャロライン・シモンズの身元照会申請の束を前に、ブラッドリーは安堵混じりの嘆息を吐かずにはいられなかった。
……だがおかげで、状況は揃った。
キャロラインが小賢しく立ち回ろうとしたからこそ、非常に突きやすいウィークポイントがそこに生じたのである。
ブラッドリーは茶会期間中から精力的に動き回り、欲しい物を手に入れるための準備を重ねていた。父と辺境伯のタッグによる、母と侯爵家を失脚・無力化させる企みに全力で協力し、人手を回して兄の放浪をサポートし、例の令嬢には隣国の有力貴族との縁談を世話し、もちろんキャロラインの動向には神経を尖らせ裏でできうる限り手を回した。
そうしてキャロラインが突きつけた「身辺を清めてから出直せ」という条件と、ブラッドリー自身に都合の良い状況とを併存させ、満を持して留学帰りのキャロラインの元へ向かったのである。
己の勝利を確信して。
「我が国の王太子の婚約者だ、という大義名分があれば、彼らも手を引かざるを得ないと思うのだが……どうだろう?」
キャロライン・シモンズが──少々令嬢の定形から外れているこの女性が、実際は普通の少女らしくまっすぐな愛の言葉を欲していると知りながら、少しばかり意地の悪い言い回しを選んだのは、ちょっとした当てこすりだ。
直後言葉を翻し、
「君は俺に、愛を囁くことを許すべきだ」
と囁いた時のキャロラインの得も言われぬ表情は、ブラッドリー渾身の戦利品であり永遠に忘れ得ぬメモリアルである。




