19-3 賢者の機兵
エマは俺の右手の怪我に気が付くと、近付いてきて一瞬で治してくれた。魔法式は展開が早かったからか見えなかった。
「囚われていたのだろう?自力で抜け出したのか。魔法式の展開妨害はなかったのかね?」
人形が手に入ったからか、ようやくこちらに気を向けてくれたらしい。
「…いや、あった。でも、身体強化の魔法なら式で構造させなくてもいけたんだ」
「素手で牢屋を殴り飛ばしたのよ」
エマは感心したように何度か頷いた。
「なるほど」
ようやく落ち着き、エマの案内で外に向かう。と、道すがらにローブ男が倒れていた。壁に背中で寄りかかり、吐血で胸の辺りが汚れていた。
ピクリとも動かない様子から死んでいるのだとすぐにわかる。
「攻撃されそうになり突き飛ばしたのだが、少しばかり力が入りすぎた」
魔法ではなく突き飛ばしただけ?……まじかよ。
エマはローブ男の死体に近付くと、その懐に手を入れて手帳のようなものを取り出した。それから、パラパラとページを手早くめくって一通り読み込むと、それをこちらに渡してきた。
「どうやら『賢者の機兵』を使ってテロ……国に対する破壊活動をするつもりだったようだ。少し勘違いがあったのか、あれの起動に大量の魔法使いと双子の生け贄を要すると解釈していたらしい」
「……そうみたいだ」
「でも、そもそもあれって――んんん!?」
咄嗟にクロエの口を手で覆って閉じさせた。
「ん?どうした?」
「い、や、何でもない!」
クロエが睨んできて、口を塞いでいた俺の手はすぐにひっぺ返された。
俺も手帳を開いて流し読みしてみる。横からクロエも覗き込んできて一緒に読み進めた。
「……そっか、もともとは学校の関係者だったのか。国、学会を見返す?……それだけのために?」
「歪さが感じられるが、それが彼の理由だったようだ」
「そんなことのために……正気じゃなさそう。まあでも、もう死んじゃったし。これで解決!」
そうだと良いが。
結局、人形二体が「賢者の機兵」だとしたら、どのように手に入れたのか。違ったとしてもどうしてそう考えたのか……他にも肝心なことが手帳には書かれていないように感じた。
何か真相のパーツが足りていないような。
「さて。帰るとしよう」
「え?あ、うん」
エマについていく。
階段があってそれを上がると、途中に分岐がいくつかあった。迷うことなく案内されているとあっという間に外に出た。砂丘遺跡、その二つの太陽がギラギラお出迎えしてくれる。後ろを振り返ると、今までいた場所がピラミッドだと分かった。ただ、以前に入ったピラミッドとは形が違った。
また、そのすぐそばには多くの魔法使い達もいた。俺達に気が付いた何人かが走ってくる。その中にはアリスの姿もあった。
「君たちも誘拐されていたのか?!」
「師匠!どこに行っていたんですか?!」
「……この事件の犯人を確認し、葬ってきた」
「なんだと?!」
「学会を追放されたかつての魔法学者が、それを恨んで起した事件だったらしい。マテオ殿、先ほど手に入れた男の手帳を彼らに渡してくれ」
「分かった」
ローブ男の手帳を皇国魔法士官に渡した。すぐに彼は開いて読みはじめる。
「…………何と言うことだ。これほどのことをこんなくだらない理由で……ん?『賢者の機兵』だと?」
「ああ。これだ」
そう言うと、エマは自らの懐から二体の小さな人形を取り出してその場の皆に見せた。しかし、士官が近寄りそれを手に取ろうとすると、さっと懐に戻してしまった。
「おい!?」
「これはもはや私のものだ」
「証拠品として確認を要す――」
その瞬間、その場の全員が戦慄した。エマの視線が心臓をえぐるかのように、鋭く睨んできたからだ。
…しんと静まり返った。
Fランクであることを示す鉄のドッグタグが彼女の胸に下げられているのが見えていた。それが、とても不気味だった。
全員固まってしまっていたが、しばらくして、士官が深くため息をついた。
「…………機歯聖域が突破された情報はない。それが『賢者の機兵』である可能性は極めて小さく、犯人の妄言であると結論付ける」
「………」
エマは黙ったまま、それから、急に目の前の一つ大きな砂丘に向けて歩き始めた。
「ま、待ちたまえ!出口が分かるのか?!」
ここは砂丘遺跡の中だから出口がどこにあるのか、それの見当をつけるのは難しいはずなのに、エマはずんずんと歩き出していたのだった。そのエマは立ち止まって、でも、振り返らなかった。
「出口に案内しよう。一旦帰還し、犯人の死体確認やその他捜査は改めて行うとよいだろう」
と、エマは再び迷いなく歩き始めてしまった。皆は、慌ててそのあとに続くことになる。
「――相変わらず、地図でも見ているみたいだ」
「君、彼女は何者なんだ?知り合いなのかね?」
「それは……こっちが知りたいよ」
砂丘をいくつか越えているが、暑さを感じないし、モンスターにも襲われていなかった。きっとエマが何かしているんだろうけれど、彼女が何の魔法を展開しているのか、こんなに近くにいるのに分からなかった。それはたぶん、この場にいる魔法使いたち全員が感じていた違和感だったんだろう。誰も何も言わずに。そのためにずいぶんと静かな一団が作り出されていた。
と、アリスが近付いてきて、そっと耳打ちしてくる。
「……さっきの人形、動いているところは見ましたか?」
「うん。あたし達が背中のボタンみたいなのを押したら動きだしたよ」
「アリスはあれが何か知っているのか?」
「え?『賢者の機兵』ですよ。師匠がさっきそう言っていたじゃないですか」
「ちょっと待ってくれ。機歯聖域が踏破されたなんて聞いていないぞ?」
「師匠とそのダンジョンにはこの前潜ったんですけど、『あれ』だけ無くなっていたんですよ。誰かが持ち出していた後だったみたいで、それで一番近い街で探していたんです」
………は?
「そんなことより、その起動した人形はどんな感じでした?私はどういうわけか、秘宝の類について詳細を知らないんですよ。この私がですよ?それに…あれらがどういう物なのか知りたいのに、なぜか師匠は教えてくれなくて…」
何の話だ?師匠っていうのはエマのことだよな。秘宝の詳細を知らないのは普通じゃないのか?なんなんだ?
「ちょっと待ってくれ、混乱してきた…」
「アリス達は機歯聖域に潜って、最後の宝物エリアに入ったってこと?」
「だから、そう言っているじゃないですか。とにかく、起動したらどんな感じでした?」
横を歩きながら、らんらんと目を輝かせたアリスが迫ってきていた。
「……えっと、まずガタガタ揺れ始めて、それから服とかが出てきて見た目が変わった」
「うんうん!それで?!」
「それから、えっと、メイドとか執事みたいに、こちらの言うことを聞いてくれる使用人人形に変わった」
「……それだけですか?」
「うん。それだけだった。なんだろう、兵隊って感じでもないし、兵器のような雰囲気でもなかったよ」
クロエの説明を聞いたアリスは首を何度も傾げ、ぶつぶつ何か言いながら離れていってしまった。その時に、エマの方を見てみると、ちょうど出口の転移門に入るところだった。
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