19-2 賢者の機兵
「うえ。気持ち悪い。ホラー劇の人形?」
「……これ。まさか。これが『賢者の機兵』か?」
「え?」
もう少し近付いてその造形を確認した。
顔無しの人形二体。肌はまるで人間のもので、肉体の筋肉まで精巧に再現しているのが見てとれた。
血管のようなものまで見える。まるで死んですぐの死体みたいだ。
さらにじっくり観察してみる。一周してみて、魔法陣や式、とにかく注意深く観察していると。
「……ん?」
「どうしたの?」
「いや、これなんだろう」
人形の背中側の首筋に妙な突起があることに気が付いた。そこだけ少し色が違うのと、人にはない部位だった。二体ともに共通してあった。
のっぺらぼうであることを除けば、とても精巧に人間そっくりなその人形にあって、人間とは異なる歪さが目についた。
なんか、こう……押したくなる形だな。
好奇心に負けて、その突起に触れた。すこし押すと軽くへこむ。もう少し力を入れてみると、カチリと音をたて、奥に収まってしまった。
「「え?」」
ぎぎぎぎ…という不気味な音がその人形から聞こえだした。震えだし、がたがたと動く。かくんと姿勢を腰から曲げて前屈みになった。
それは動き出していた。
「「えええ?!」」
人形の肌から何かが生えてきて、それは服のように変わった。それから前屈みになっていた姿勢から、今度は上を仰ぎ見るように姿勢を変えると、その顔に目鼻口耳が次々現れた。
その姿は一瞬で、黒のワンピースに白いエプロンを着けた。スタイルのよい、女の人に変わっていた。
所謂、メイドと呼ばれる女性の姿だった。それは目を開くと、優しく微笑んでこちらを見つめて口を開く。たわわな胸が揺れた。
「……旦那様。おはようございます」
か、可愛い……あ、いや、違う違う!
クロエの少しキツイ視線を感じて我に返った。
「……なんなんだ、これは」
「ねえ、もしかしてこっちもなのかな?」
そう言うと、今度はクロエが小さい方の人形に近づき、その背中の突起を押し込んでいた。
先ほどと同じように挙動し始め……それから……今度は執事服を着た小さな男の子に人形は姿を変えた。
いやいや、待て。周囲の魔法式が動いていないってことは……。
「「生け贄いらないじゃん!」」
「これが『賢者の機兵』?兵器というより」
「ただの使用人人形かな」
ダンジョン産出品にはそういうものがある。給仕を行ったり、荷物持ちになったりと、簡単な指示をこなす人型や動物型の機械。
使用人人形と呼ばれるシリーズの産出品は、レア度に応じてその便利さや造形の美しさが変わる。確かに会話でき美しい人型となれば、それはその分野では最高峰のアイテムかもしれない。
「あいつの言い方から違うものを想像していたよ」
人形は二体とも戦闘力が無さそうな造形だった。
ローブ男の発言をまとめれば、さらった魔法士達を生け贄にこれを復活させ、さらなる混乱を引き起こす……そんな感じだったのに。
「……奴は勘違いしていたんだろ。これは『賢者の機兵』じゃなかったんだ」
「そっか」
その時に、少年に変わった人形がクロエを見上げるようにして動いた。
「ご主人様、何をすればよろしいですか?」
そして、そうクロエに聞いた。すると、彼女は真っ赤になってそっぽを向く。
よくよく見ると、その顔は小さい頃に彼女が好きだった男友達によく似ていることに気が付いた。
女性の人形に目を移し、気が付いた。
首筋のスイッチを押した人の好みの姿になるってことか……でも、なんで子供型と大人型があるんだ?……まさか、あらゆる性的志向に応え――いや、よそう。
先を進むことにした。
「とにかく、これらが奴の言う『賢者の機兵』だとすれば、奪って消えれば時間稼ぎになるし妨害になる……まあ、奪わなくても計画倒れっぽいけど」
その部屋の奥へ進み、廊下に出た。それからまっすぐ進む。人形たちは何も言わずともついてきた。
「――迷うような場所はないね。ここってピラミッドの中なのかな?」
「ほとんど一本道。こんなエリアはこの前潜ったときにはなかった。あのピラミッドとは別の場所かもしれない」
「そうかも、モンスターいないし――」
「まて!正面から誰か来る!」
廊下の暗がりの先から足音が聞こえる。
松明に照らされてその姿が徐々にあらわになって。
「エマ!?」
黒い仮面とローブ。エマ一人が立っていた。
「良かった。無事だった」
クロエはエマのそばに走り寄る。クロエについていく少年人形。
その人形にエマは注視していた。クロエを一瞥もせず。
「うむ」
それから、次にこちらのそばを離れないメイド人形に顔を向け止まる。その動きは形容しがたいが、何か執念のようなものを感じた。
じっとりと冷や汗が出てくる。
……エマとの敵対。それがなぜか頭の片隅にちらついた。万が一、そんなことになったらおそらく俺達の命はない。
「……エマも。その。転移罠にかかっていた、のか?」
「そうだ。どうやら君たちだけ分けて囚われていたようだ。私たちは皆ここの一つ上の階層の広間に転移させられていた」
「ここはあのピラミッドなのか?」
「違う。どうやら砂丘遺跡の中ではあるのだが別の建造物だ。興味深いので機会があれば改めてここを調査したいところだが……砂丘遺跡という一つのダンジョン内にありながら、この建造物の中にはモンスターが生じず、同時にアイテムも生成しないようだ」
「そんなことがあるのか?」
「ダンジョンが死んでいるってこと?」
「他に事例がないわけではないのだが、調査しない限りは詳しい要因などは分からない。いずれにしても今することではなかろう」
「そうだ!敵はローブを着た男だったよ」
それを聞いて、エマは納得したように頷いた。ここでようやくこちらに視線を向けてきた。
「二人も会っていたのか」
「エマも?!」
「会ったというか。そこで先ほど倒した」
「え?!」
「敵対してきたのでな、仕方なく」
そういって後ろを振り返る。その先におそらくはあの男の死体が転がっているのだろう。つまり、この一件はあっさりと解決されたことになる。
肩の力がどっと抜けて脱力してしまった。クロエにいたっては、へたりとその場に座り込んでしまっている。
「よかった。じゃあ、これでもう大丈夫ってことか」
「さすがエマだね!ありがとう」
「ところで」
エマは再び人形二つに交互に顔を向け、こちらを見据えた。また、あの嫌な雰囲気が漂ってくる。
「この二つの人形……私に譲る気はないか?」
……少しばかり手放しがたい気持ちがないわけではない。おそらくクロエも同じ気持ちだろう。
ただ、その選択肢はない。
「……俺たちはたまたま奴から奪っただけだから、エマが欲しいなら好きにするといいと思う」
「そうか!それはよかった」
ふっとその場の緊張感が和らいだ気がした。
「その代わりと言っては何だが……」
そう言ってエマは懐から本を一冊取り出した。
小さな冊子だ。
「これは?」
「昔、私が書いた本だ。『オーナーズブック』というダンジョン産出品を使って書いている。このアイテムの特性で持ち主としたマテオ殿とクロエ殿にしか読めない」
「何を書いているの?」
「中身は君たちが散々聞きたがっていた、アリスに教えてきた魔法学の一部だ」
「「え!?」」
クロエと二人で本を凝視した。
「その様子なら気に入ってもらえたようでよかった。若い君たちの魔法学、その礎の一つになれれば幸いだ」
そっと中を開いて少し読んでみた。
そこに記載されている魔法の式や構造法など、論じられているすべてが学校で教わる何倍も濃密な内容だ。そして同時に「絶対に学校が教えない魔法」でもあった。
「これ……禁術ばかりじゃないか!」
「ああ、今は禁術に指定されているのか。では秘密裏に勉強しなさい」
エマはさも当然というようにそう言ってのけた。
「政治的に禁止されている魔法、倫理的に禁止されている魔法。しかし、それを知らねばその理由もわからず、また新しいものも理解や発想できまい。君たちならそれを悪いことには使わないだろう?」
二つの人形にそっとエマが触れる。
そうすると、ぐぐぐぐっと小さくなっていき、しまいには手のひらに収まるサイズの人形に変わった。
びっくりしてそれを見つめて固まっていると、エマは人形二つを懐にしまいながら話を続けた。
「禁術を知ることは悪ではない。包丁だって魚をさばくのに使えば人を幸せにするが、人の背中に突き立てればそれは凶器でしかない。使い方を間違えないことが大切なのだ」
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