19-1 賢者の機兵
* * *
マテオが目を覚ますとそこは石造りの牢獄の中だった。立方体の部屋、床も壁も天井も全て薄茶色の石積みで出来ていた。その雰囲気は、あの時に入った砂丘遺跡のピラミッドとそっくりだ。
木の扉が目の前に一つ。それ以外に目立つ構造はなく、壁掛け松明一つに部屋は照らし出されていた。
木の扉には顔の位置に格子がはめられた覗き穴があったので、そこから外の様子をうかがった。すると、長い廊下に両側の壁、そこに同じような木の扉がいくつか並んでいる様子が見てとれた。
「あそこに魔法士が集まることを見越して罠を張っていたわけか。くそ……とにかく皆と合流しないと」
俺だけ別の場所に閉じ込められたのか?
少し扉から離れ、火炎の魔法を組み上げ壊そうと――何かに邪魔をされて魔法式がうまく組上がらなかった。
妨害魔法か。
扉に近づき、格子に顔をくっつけた。
「おーい!誰かいるか?!」
「兄さん?!そこにいるの?!」
隣の部屋から聞こえた。
「クロエ?」
「うん。これ、敵の罠?」
「そうらしい」
「あんなに大規模な転移魔法、どうやって――」
「転移石を用意したのだよ。大量に」
不気味な声が響いた。そちらに格子裏から目を向けると、廊下に一人、ローブを目深に被った男が立っていた。
「喜びたまえ。君ら二人を、贄の魔力の接合に使う。これからさき、『賢者の機兵』の基幹として君らは永久に生き続けることになるのだ」
「何を?!」
「まずは――」
そう言いながらこちらの扉の前を通り越して、隣の扉に手をかけた。そこはクロエが入っているだろう扉だ。それを見てとっさに口を開いていた。
「待て!俺が先に相手になってやる!」
「な!兄さん?!」
「ははは!威勢が良いな!」
そう言うと男はこちらの扉前に。それから、その手がのびてくる。
「恐れることはない。君達ははじめから選ばれていた。双子の、そして、若く優れた魔法の才。それこそが『賢者の機兵』を復活させるために生まれてきた、君達の定めなのだ」
ぐらぐらと目眩がした。睡眠魔法か。必死に自分の魔力を乱してレジストした。
「やるじゃないか。だが、いつまでもつか」
「は!大したことのない魔法。レジストも簡単だ!」
「ほう?では、これはどうかな?」
さらに強い魔法が襲ってきたが、それでもレジストした。実際、ローブ男の魔法は大したことがなかった。
「くそ!ならばこれはどうだ?!」
麻痺の魔法が襲ってくるが、結局はこちらの魔力レジストの前にはじくことができた。
このローブの男の魔法式は雑で、隙が多く、レジストするのは容易だった。
……双子の魔法使い。そんな人間はこの辺に自分達以外にいない。
そうなると俺たちが……俺が簡単に倒れなければ、この男の目論見通りに進まなくなるってことだ!
「さあどうした!かかってこいよ!」
「くそ!面倒な……」
男はふうと息をつくと、しばらく考えるように止まり、そしてにやりと笑った。
「だが、いつまでもその力は続くまい。しばらく水も食料も与えずにいれば、いずれ体力を失う。それからゆっくり調理すればよいだけのことだ」
ローブの男はこちらの挑発には乗らずにその姿を消した。
がくりと力が抜けて、その場にへたり込んでしまう。膝が思うようにいかなかった。
「兄さん!大丈夫?!」
廊下の方からクロエの不安そうな声が反響して聞こえた。
「……なんとか。大丈夫だ」
「どうしよう……どうしたらいいの」
他の声は聞こえないからこの近くには俺達だけ。
少しして、ローブ男の気配は消えていた。
「落ち着け。まずは状況を整理するぞ、あいつの言っていたことを繰り返そう」
「……『賢者の機兵』を復活させるって」
「確かに言っていたな。それから俺達双子の魔法使いがその要になるような口振りだった」
「うん、そう。あたし達を基幹にするって言ってた。それに最初、贄の魔力がなんとかって……生け贄……ってもしかして」
「他の魔法士達のことか」
「まとめると、あたし達を接着剤みたいにして、他の魔法士達の魔力を使って『賢者の機兵』を復活させるって感じかな」
「そのためのゾンビ軍団の襲撃。はじめから俺達を狙っていたのかもしれない」
「……うーん。あたし達が参加することも計画にはいっていたってこと?」
フードで顔はよく見えなかったが、声に聞き覚えはなかった。魔法で声を変えていた?いや、そんな感じはなかった。
「あいつに心当たりはない。クロエはどうだ?」
「あたしもないよ」
「……それにしても、『賢者の機兵』がどうして奴の手にあるんだ?機歯聖域が踏破されたなんて聞いたことがない」
「そうね。それに復活させるってどういうことだろう?手に入ったけど故障していたってこと?」
……最終的な目的は分からないが。
「何にせよ、賢者の秘宝が、さっきのイカれ野郎の手にあることは良くないのは確かだ。故障していたのならラッキーとも言えるんじゃないか」
「うん、そうね」
次はここを脱出する手段を考える。魔法は封じられている。だが、それは魔法式の展開妨害だ。
「試してみるか……」
「え?何を?」
先ほど男の魔法をレジストした時の要領で、体に魔力の流れを作り出した。
身体強化の魔法なら理論上魔法式が無くても成せるはず。
右手に魔力溜まりを膨らませ、それを勢いよくぶつけるイメージで扉を殴り付ける。
ガゴンっと大きな音をたてて、扉の付け根が少しずれた。
いける!
やはり魔法式で練っていないため効果は小さい。けれどダメージは想像以上だ。
何度か続けた。ガゴンという音がなんども廊下に響いた。男に気づかれたって構わない。この中から出られれば、男に負ける気はしなかった。
ガゴン!ガゴン!ドターン!と音をたてて、ついに、木の扉は廊下に倒れ込むように壊れた。
廊下に飛び出し男の姿がないことを確認した。それからすぐさま隣の扉の前に移動した。
火炎の魔法を組み上げ放つ。
扉は簡単に破壊され、中から少し疲れた顔のクロエが、煙を払いながら出てきた。
「けほ……ありがとう」
「とにかくここを出るぞ!」
まずは脱出と場所の確認。それができれば、皇国に戻り事態を報告して大人達を連れてこれる。
廊下を少し進むと行き止まりの扉についた。早速破壊のための魔法を組もうとするとクロエが止めてきた。
「毎回ぶち破らないで。あたしにも任せてよ」
鍵の辺りに小さな魔法陣を展開すると……すこししてからカチリと音がした。
「火炎は目立つでしょ?」
……扉を開けて前に進んだ。
「え?何この部屋?」
その部屋には異様な魔法式が壁一杯に刻まれていた。最終的に魔法式は二つの魔法陣に繋がっていて、陣の中央に二体の人形がそれぞれ置かれているのを見つけた。
「これ……なんだろう?」
向かって右に見えていた一体の人形は身長が低く、細身の姿だった。すこし幼いモデルに見えた。顔があるべき場所はのっぺらぼうで、目鼻口がなく耳もない。
もう一体も同じく顔がなかった。その体格はより大きく、太ももや胸、それらが強調されていて、女性的だった。
不気味なこの二体の人形は、両方とも人の肌が貼り付けられたようになっていて、スキンは白い。
それらがお互いを正面に見据えるようにして立っていた。
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