第132話 宇宙の景色を眺めて
赤の女王が食事処を出た時、見知らぬ二人組の中年の女性に声を掛けられた。
「さっき、あなたが話していた男には注意した方がいいですよ。」
赤の女王は二人の女性の目を交互に見て質問した。
「どうして?」
「私達はあの男と直接、関わり合いを持ったことはありません。しかし、この辺りであの男を知らない者はおりません。高天原出身のあの男は非常に乱暴者で、無数の生き物を意味なく殺していたということです。誰とも上手く関係を築くことができず、すぐ喧嘩をし、相手を殴りつけ、色んなヒトの心を踏みにじってきたと言われています。あの男のお姉さんはとても立派なお方なのですが。」
赤の女王はさらりと言った。
「ご忠告、どうも。」
翌朝、武津薙が街の南口で待っていると、赤の女王は約束通りにやってきた。赤の女王は武津薙に声を掛けた。
「おはよう。」
武津薙は、赤の女王が約束の時間を厳守したことと、きちんと挨拶したことをしっかりと確認し、改めて安心した。
「おはよう。」
「出発する前に、準備しておきたいことがあるんだ。いいかな?」
武津薙は、かまわないと返答した。
「今から、あなたに俺の武器を身に纏ってもらいます。」
赤の女王は右腕を前に出した。嵌めていた赤い腕輪が形を変えてスルスルと奇妙に動き出し、球体となって宙にプカプカと浮いた。今度はそれが武津薙の服の中に入り、胴回りへと移動して、腹巻の様に武津薙の腹を覆った。武津薙は気持ち悪い感触にモゾモゾと身をよじった。
「赤の女王とは、あんたのこの技の名称なんだな?その名前をオリンピアの時に選手名としてそのまま登録した。」
「その通り。」
赤の女王は体外に出た自身の血液を自由に操作する技を持っていた。あらゆる形状へと変化させ、剣や盾にし、念じた方向へと目の届かない距離まで飛ばし、遠隔操作をすることができた。また、その血液を複数に分離させた時、手元にある血液に込めた末那を、他の全ての血液に移動させることができた。
さらに、移動できるのは自分の末那のみではなく、魂の空間軸を伝って可視光とヒトが聞き取れる領域の音波を血液間で移動させることもできた。これにより、遠くへ飛ばした血液から、手元にある血液へと景色を映し出し、広く情報を収集することができた。
彼はこの技を活かして、分離させた一つの血液を宇宙へと飛ばし、その光景を手元にある血液に投影させ、眺めることが好きだった。宇宙はどこまでも遠く、どこまでも広大だった。それは、自分がいかに狭い世界で生き、いかに限定された感情の中で想いを巡らせていたかを赤の女王に知らしめた。
武津薙と赤の女王は都市国家メレリンクアティスを目指して出発した。昼までには峠道に至った。わずかに顔を出した砂地の線が道であることを示していた。
鬱蒼とした森を抜け、腰の高さまであるススキの草原をかき分け、渓谷を歩いた。
赤の女王は周囲に生物の気を感じると、その者達に向けて殺気を放って警告し、武津薙に近づけさせなかった。野生生物は肉食の獣でも、自身に向けられる敵意には臆病となる。しかし、赤の女王は辺り一帯の遥か遠くに不安を感じさせる不気味な末那を感じていた。




