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紡織師アネモネは、恋する騎士の心に留まれない  作者: 当麻月菜
1.捨てる貴族あれば、拾う騎士あり
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「……嘘、信じられない」


 座り込んだままの姿勢でアネモネは呆然と呟いた。 


 つい数分ほど前のこと、アネモネは正式な手順を踏んで、この屋敷に足を踏み入れることを許可された。


 最初に対応してくれた執事と思わしき壮年の男性は見事に胡散臭いという表情を浮かべていが、そんなものはいつものことなので気にしない。


 とにかく訪問までは問題なかったのだ。


 ……なのに、この仕打ち。


 やんごとなき方々は、総じて人の話を聞かない人種であることは知っているけれど、ここまで横暴な男に出会ったのは初めてだ。


 極めて胡散臭い人物と思われたのだろうか。

 事前にお伺いを立てる手紙を送るべきだったのだろうか。


 それとも流行りの詐欺、遠縁の親戚と偽って援助をねだる「どうも、どうも詐欺」だと思われたのだろうか。


 確かにアネモネの服装は良く言えば地味。はっきり言ってしまえば貧相だった。


 くるみボタンしか装飾がない鈍色のワンピースに、ネズミ色の外套。


 貧民街から来た物乞い見えるのは自負しているが、洗濯はマメにしているからすえた匂いはしないはずだし、出掛けにアイロンだって当てた。


 だいたいこの職業は、切羽詰まった人や自分の力じゃどうすることもできなくて追い詰められた人を相手にするので、華やかな服装はご法度。だからこれは、ある意味で紡織師の制服、あえての服装なのだ。


 それに、アネモネは摘まみ出したくなるほどに醜女ではない。


 腰まで綺麗に伸ばしたシャンパンゴールドのさらさらの髪に、陶磁器のようなつるりとした肌。一番強く主張をしているのは、透き通った水色の宝石のような瞳。次に、花びらのような薄紅色の唇。


 全体的に色彩が薄く10代後半特有の蕾が開花する途中のような雰囲気も相まって、儚さすら感じられる。


 また、お貴族様が片手で首根っこを掴めるくらい、体つきは華奢で、外套からのぞく手首は病的に白い。


 ただアネモネ自身は自分の容姿に無頓着なので、己の素材を磨くことをしない。だから原石のままなのが残念である。


 そんな磨けば至高の宝石になるやもしれないアネモネは、開かない扉を見つめながら現在進行形で拗ねている。


 そりゃあ、師匠のお古だから流行遅れの一品ではあるけれど……。

 それに紡織師なんて知名度皆無だから胡散臭い職業ではあるけれど……。

 

 だからといって、話をぶった切って外に放り出されることは初めてだと、アネモネは悔しげに唇を噛み締めた。


 といっても、このままここで無駄に時間を過ごすわけにはいかない。


 今回の一件は、気まぐれで横柄なお貴族様の逆鱗に触れたことは間違いない。だが、その真意はわからないし、理解する猶予さえ与えてくれなかった。


「───......ったく、なんて奴だ」


 アネモネは未だ尻もちを付いた状態で悪態を吐く。ただし一応お客様の敷地内なので小声で。


 そんなアネモネを摘まみ出した今回のお客様の名は、正しくはアニスヒソッド・ブルファと言う大層ご立派な名前である。


 容姿もその名に恥じることなく、琥珀のような透明感のあるだいだい色の髪に、冬の空を連想させる灰色の瞳。


 そして侯爵家のご当主らしくパリッとした服装は、品の良さを感じるもの。でもかなり複雑な生い立ちのせいか、性根が腐った感じがする青年だった。例えるなら人の足を踏んづけたまま、朗らかに会話ができるタイプ。


 あと、先に言っておくが、先ほどアネモネがアニスと呼んでいたのは、対面して早々に当の本人からそう呼べと言われたからである。


 と、まぁ……見た目だけはそこそこのイケメンであるアニスだけれども、はっきり言って、アネモネの好みではなかった。


 そんな訳で客という情以外は持つことはできない。


 なので、本音はここで契約不履行ってことで、前払いしてもらったゆうにパン1年分を超える代金をネコババしようかとすら思ってしまう。


 依頼主からは「無理なら仕方がない」という言質はちゃんともらっているし。


 ───……だが、できない。


「……ちっ」


 アネモネははしたなくも舌を鳴らした。


 さて彼女───アネモネの名誉のために言っておくが、こんな行儀が悪いことをすることは滅多に無い。

 逆に言えば、それ程までに腹が立っているのに、やらなければならない仕事だったりもする。


 実は今回の仕事は、今は亡き師匠が受けた案件の続きなのだ。

 それにアネモネ個人としては、一人前の紡織師になったことを、あの世にいる師匠に見てもらう絶好の機会でもある。


 そんなわけで、9割傾いた心の天秤をぐいっと元に戻す。やる気は幾分か回復したけれど、苛立ちはそう簡単には消えてはくれない。


 アネモネは深呼吸を繰り返しながら、目を閉じる。


 幾分かして気持ちは少し落ち着いた。そして、冷静になれば当たり前のことを思い出す。非常識なことをしても、それを非常識なことと咎められない人種がいることを。


 それはこの国で一握りしかいない、貴族と呼ばれる者。つまりさっきの無礼千番な男、アニスだ。

 ただそういう存在を認めることはしても、屈するつもりはない。


 よかろう。その喧嘩買ってやる。

 向こうが乱暴な態度を取るなら、こちらとて手段は選ばない。


 アネモネは鼻息を荒くして、萎えてしまいそうな気持ちを奮起させた。

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