ムスカリ ~寛大な愛~ 1
速水に久しぶり会えた気がする。速水に会うとほっとしてするすると口から言葉が溢れてくる。穏やかで優しい目が心地よくて夢中で話していた。心の中に溢れていた想いを吐き出せて心がすーっと落ち着いていく。温かい空気にほっと一息ついた。速水はのんびりと西森が作ったおかかのおにぎりを食べている。
「あ!すみません!!俺ばっかり話して。つまらなかったですよね」
そういえば自分の話に夢中で速水の穏やかで優しい目に安心して長々と話してしまった。普段話さない分、西森は時々無性に話したくなってそのギャップをよく笑われていた。急に不安になり速水の様子を伺う。無口になり下を向く西森に気にせず、おにぎりを食べている。静かな沈黙が訪れた。また失敗したかな。。一人で舞い上がってしまった。後悔と胸の痛みが心の中で交差する。居たたまれなくて立ち上がろうと足に力を込めた時、西森の頭を温かい何かが優しく撫でている。驚いて速水の方を向いた。
「別に。謝るなよ。それで、その雅也ってやつ。笑ってたんだな」
よかったな。自分を見守る目はやっぱり優しくて。頭を撫でる手の温もりも優しくて。西森は頷くこともできず速水を呆然と見ることしかできなかった。近くで速水の顔を見ると、本当に整った顔をしている。無口でぶっきらぼうなのに心地よい声。何より今、自分を見つめているこの目が好きだ。穏やかで優しくて。見つめられると落ち着くような嬉しいような。ドキドキと胸が高鳴る。速水に伝わるのではないかというほど大きく鼓動が波打つ。だだ見つめるだけで何も反応しなくなった西森に速水はまた削り節の袋を目の前に持ってきた。
「今日のおかかは甘口か。次はもう少し辛めで頼む。あと、もっと大きめで」
変わらずに西森の頭を撫でていて削り節の袋を左右に揺らしている。はっとして目の前の袋を受け取った。速水の目が楽しそうな意地悪な光を帯びて西森を見つめている。悔しいがそんな表情も格好いい。感情が乏しいのかと思いきやこうやって温かい光が速水の目に宿っているから西森は参ってしまう。温かいものが西森の心に流れ込んでぼんやりと見とれていた。心地よい。包み込まれて守られている気がする。
動かない西森の頭を軽く叩くと速水は立ち上がってトラックの方へと行ってしまった。遠くなるトラックをぼんやりと見送る。頭には撫でられた手の感触が残っていて照れ臭い。なんともいえない優しくて甘い余韻に速水が去ってもしばらく動けないでいた。
削り節の袋を自転車の後ろの箱に入れてペダルを強く踏む。雅也のことも花籠のことも速水の目を見たらすっぽり頭から抜けてしまう。春の風が西森の正面から強く吹いてきた。向かい風が強くて自転車のバランスが崩れる。とっさに足を地面につけて踏ん張る。春の風は時々強くて吹き飛ばされそうだ。自分は恋をしているのだなと思う。恋なんて早々簡単にできるものではないし、誰かが恋を知ったら頑張れと応援したくなる。人を好きになることは素敵なことだし、そんな人に出会えたことも素晴らしいと思う。でも。傷つくことも知っている。
速水のことは好きだ。いつの間にこんなに好きになったのか気づかなかった。長い間そばに居たわけでもないし、話した回数も数えるくらいなのに。速水を見つけたら嬉しくて。どんな些細なことでも知りたくて。西森は自分の秘めた想いにため息をついた。
今日は気晴らしに行ったことのない道に行ってみよう。周りの景色に気をとられれば速水のことも自分の気持ちも頭から離れるかもしれない。花屋とは逆の方向へと自転車を走らせた。見たこともない丘が続いていて新しい場所に少し緊張する。同じような丘なのに雰囲気や空気が違う気がする。たくさんの咲き誇る花たちをゆっくりと眺めた。
自転車を降り目の前の花たちにそっと顔を近づける。野の花の力強い生命力と生き生きとした花たちの喜びを感じた。花たちは誰かに恋をしたことはあるのだろうか。そばにいるだけでドキドキしたり、緊張して体が動かなくなったり。落ち着かないのに心地よくて。痛くて苦しいのにまた会いたくなって。恋は楽しいことばかりではなかった。拒絶される苦しみや否定される怖さもある。痛くて痛くて。あんなに涙が溢れて止まらなかったのに、また気づけば恋をしている。なぜなんだと自分に問いかけても、たぶん理由はそこに速水がいたからだと答えるだろう。
穏やかで優しくて、いつも肝心な所で助けてくれて。素直な感情が速水の前では溢れて止まらなくなる。他の人なら心に押し殺して難なくやり過ごせるのに。速水の前だと落ち着いて安心して感じたものがそのまま溢れてくる。速水がいたから、恋をした。
気晴らしに来たのに結局速水のことばかりだ。確かにずっと恋心を押さえていた自覚はあった。その状況で急に速水のそばにいることが増えたこともある。落ち着け。何度も言い聞かせながら花たちを見つめる。花たちは西森のこの状況にどんなアドバイスをくれるだろうか。気持ち良さそうに風に揺れる菜の花をそっと撫でた。
「悩んでも仕方がないか。。おかかは少し辛めで。大きめのおにぎり。。じゃない!!明日の花籠!!」
来てくれる客のことを無理矢理考える。週末が終わり明日は数が減るだろう。いつもそれぞれの場所で、仕事や家事やいろんなことに力を尽くしてここに来てくれるのだ。楽しんで元気になってもらいたい。西森は心を落ち着かせるように大きな息を吐き、花たちを見つめた。
明日の花籠の目星がついたが思った以上に遠出をしていたらしい。速水のことを考えながら自転車をこいでいて全く気づかなかった。あまりにも間抜けだ。今日の自分はおかしい。明日から摘んでいたら間に合わないのでここで花たちを摘もう。西森は感謝のきもちを込めて手を合わせた。春の強い風が吹きつけてきて体が一瞬よろける。不意の大きな力に逆らえず足を踏ん張ったがそのまま倒れてしまった。柔らかい土が西森を支え花たちが倒されている。
「大きな力か。。こんな強い力。逆らえるはずがないじゃないか。受け入れて身を任せるしか。。」
空を見上げると大きな雲が風に吹かれて流れていく。あんなに大きな雲さえも逆らうことができないのだなと西森は思った。
花を摘み終えて旅館が見えてくる。客がとごかに出掛けるようだ。見た所、西森と同世代の可愛らしい女性客だった。週末の休みを利用してここに旅行に来ていて、田舎ならではの風景や澄み切った空気にはしゃいでいるようだ。微笑ましくて遠くから見つめる。そこになぜか速水がいた。胸がどくんと大きく波打つ。
女性客数人と速水は何やら話をしている。戸惑う速水に女性客がくっついて写真を撮っているようだった。
「ね!格好いいでしょ!この前泊まった時、見つけたの!!ほら、凄い!あ、すみません。触ってもいいですか?」
にこにこと笑いながら速水の腕に自分の腕を巻きつけている。ずる~い!と言いながら写真を撮り、交代で入れ替わっていた。可愛らしくて優しそうで、そんな女性達に囲まれている速水がとても遠くに感じる。そうだ。速水は格好いい。同性の自分が心を惹かれるのだ。異性に好かれないはずはない。
この田舎町は西森と同世代の人が少なくてうっかり忘れていた。速水は配達のために都会へ何度も行っている。仕事先や配達先の女性たちが放っておくはずがない。考えたこともなかった。急に胸が痛み出してこれ以上旅館に近づくことはできなかった。遠くで速水が、配達があるから!と強い口調で腕を振り切ってトラックに乗り込むのを西森はぼんやりと見ていた。
去っていった速水に女性客は旅館から離れていく。ほっとして西森は自転車のペダルをこいだ。誰もいなくなった旅館の前を下を向いて通り過ぎようとした時、何かが西森に近づいてきた。思わず身構える。その影は小さく下から西森を見上げていた。
「お兄ちゃん!!」
雅也だった。花籠を届けた朝はあんなに元気がなかったのに。小さな体には不釣り合いな大きいほうきを持って旅館の玄関をはわいている。西森を嬉しそうに見上げていたが、急に心配そうな顔になる。そっと西森の顔へと手を伸ばしてきた。優しく何度も頬を撫でている。
「どうしたの?苦しい?大丈夫?」
少しおろおろとしながら、それでも優しく何度も撫でてくれる。雅也の手の上に自分の手を添えながら大丈夫だと伝えた。雅也はまだ心配そうな顔をしているから、自分はわかりやすく苦しい顔をしているのだなと西森はぼんやりと思う。先程の女性客と速水の姿を思い出して胸が痛むのを感じた。
「大丈夫だから。ちょっと遠くまで花を取りに行って疲れてしまったんだ。休みながらゆっくり帰るよ」
自分を見つめる雅也に無理矢理笑って見せる。雅也のほうきを見ながら、旅館の手伝いか?と尋ねた。雅也は嬉しそうに笑って、そうだよ!と答えてくれる。屈託なく笑う雅也の笑顔が眩しくて、胸の痛みが少し和らぐのを感じた。
「明日からでいいって言われたのに。。ちゃんと仕事をやってるんだな。雅也は偉いぞ!」
自分を優しく撫でてくれたお礼も込めて西森は雅也の頭をくちゃくちゃにした。こんなに小さくてもとても優しくて落ち着いている。雅也は凄い。西森に撫でてもらい照れ臭そうだ。旅館から仲居がやって来て雅也を呼んでいる。呼ばれて走っていく姿を見送った。ゆっくりと女将がやって来てすれ違い様に雅也の頭を優しく撫でて笑い合っている。温かくて優しい光景だ。
「西森くん。ちょうどよかった。明日のお客様は十組よ。お陰様で大盛況だわ。これも速水くんのお陰ね」
週末ではないのにどうしてだろうと首を傾げる西森にドキッとする言葉が聞こえた。固まる西森に気づかずに女将は穏やかに微笑み呟いている。
「速水くん。雑誌か何かに載ったそうよ。町の働く人とか。何かの特集で。急に女性のお客様が増えたの。電話が止まらなくて。嬉しいんだけど、大変だわ」
西森くんも大変だと思うけどこれからもよろしくね。穏やかに笑う女将から話しかけられ咄嗟に、はい!と大きな声が出てしまった。頭が混乱している。ざ、雑誌って何!?女性客!?速水目当て!?いろんな言葉が飛び交っている。それからどうやって花屋に戻ったのか覚えていない。気がつけば明日の花籠の花を水に差しながらぼんやりしていた。混乱していても花の準備や保存に抜かりはない自分にほっとする。自分は花屋なのだ。安堵と疲れで大きなため息が出た。速水が人気者になっている。自分の知らない所で。その事実が西森を予想以上に落胆させている。明日のおにぎりのおかかはもしかしたら、持っていかない方がいいかもしれない。速水目当ての客が、二人でおにぎりを食べている所を見たらどう思うだろう。過敏かもしれないが速水に恋をしている身としては客に気づかれるかもしれない。ぐるぐると様々なことが浮かんできて、辛くなる。西森はもう一度ため息をついた。
居間に戻り祖母の写真の前に座る。こんな時、祖母はどんな言葉を言ってくれるだろう。いつも優しくて穏やかで温かかった祖母。西森が男しか愛せないと告げても勘当されても、ただ抱き締めて受け入れてくれた祖母。自分を無条件に優しく包み込んで愛してくれた。西森もこんな風に心から人を愛したいと思った。
「お祖母ちゃん。。好きな人が出来たんだ。優しくて格好良くて。無口でぶっきらぼうだけど。そばにいると温かいんだよ。。あ!ドキドキもするかな。落ち着くけど、落ち着かない。そわそわして、馬鹿みたいだよね」
写真の祖母をそっと撫でる。祖母が静かに聞いてくれるような気がした。西森は笑って素直に気持ちを打ち明ける。誰もここにはいないのだ。素直になってもいい。涙が溢れてくるが構わず続けた。どうしたらいいのかわからない。
「雑誌に載るくらいだから、格好いいよ。俺、面食いなのかもね。。」
苦しいよ。お祖母ちゃん。。心に押し殺していたものがゆっくりと外へ流れ落ちる。涙が枯れるまで西森は泣き続けた。
皆様、こんにちは(*^^*)いかがお過ごしでしょうか?
なんと!このムスカリの物語はは四万字を越えるという。。びっくらこきました。と思いましたが、ただ投稿できなかったという。。なーんだ!何度やっても一つに投稿できないので二つに分けました。読みにくいと思われますが、よろしかったらお読みください。
ではでは、ムスカリ 2にて!