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お花屋さん ー春ー  作者: ニケ
20/21

カリフォルニアポピー ~私の願いを叶えて~

目の前の優しい熱を感じながら西森はそっと目を開けた。速水に届くように。その想いに夢中で無理をしていた足が少し痛い。それでも、速水のそばにいたくて、もっと近づきたくて。気遣うように離れていく熱を感じながら西森は速水の顔を優しく撫でた。息苦しいような温かい熱。これが速水なんだ。じっと見つめる西森に速水は少し笑って目を閉じた。ゆっくりと西森の首筋に唇を寄せてそのままコトンと肩に頭をのせる。肩にかかる重みと強く体を寄せられている力強さ。速水がここにいる。



「ああ。。不意打ちか。。参る。。」



肩に沈んでいる速水から何か声が聞こえたが、小さすぎて聞き取れなかった。もう一度声を聞きたくて、何ですか?と尋ねてみても何も言ってくれない。返事の代わりなのか速水の頭が左右に揺れて、グリグリと強く肩に押し付けられる。速水の髪が首筋に当たってくすぐったい。より強くなった重みに西森は苦笑する。



「速水さん。。痛いですよ。どうしたんですか?」



首を左右に振るしぐさは子供のようでとても可愛い。速水の顔が視界から外れているので、体の大きな子供が自分から離れたくなくて甘えているようだと感じた。愛しくて頭をそっと撫でる。動きが止まった頭がゆっくりと離れて体の拘束も緩やかに消えていった。視線の少し上に速水の顔がある。こんなに遠くて、近い。



「花屋へ行こうか。配達もあるしな。お前が休む所を見ないと落ち着かないよ」



すっと西森の手を取って労るように優しく包み込んだ。今気づいたが、速水は大きな手をしている。強く引かれて自然に足が動いた。前を行く速水の後ろ姿が眩しくて、西森は思わず目を細めた。



花屋へ到着したらすぐ速水は西森から扉の鍵を奪い取る。今日はどこの花畑に行くのか何度も聞かれた。扉を開けた速水が奥へと入っていって台所で何かをしている。花屋に着いた安心感からか気が抜けて体が重くなった。ちゃぶ台までゆっくり歩くと這うように移動して座り込む。そういえば祖母への挨拶がまだだった。



「お祖母ちゃん、ただいま。今日も花籠を届けることができたよ。ありがとう」



無事にここに戻れたこと。花籠を配達できたこと。祖母が見守ってくれているから。花屋を遺してくれたから。西森は写真のなかで笑っている祖母に手を合わせた。速水がお茶を持って西森に話しかける。



「布団は敷いてるな。ゆっくり飲んで横になれよ。ご飯はあるようだから、腹が減ったらちゃんと食べろ」



ちゃぶ台の上に置かれたお茶から柔らかな湯気がたっている。鼻を近づけて息を大きく吸えば、優しいお茶の香りがした。安心する不思議な香りだなと思う。西森の様子をしばらく見ていた速水が優しく笑って西森の頭を撫でた。安心したように笑う速水の笑顔に心が解れていく。西森も静かに笑った。



「大丈夫だな。。明日の花籠は裏庭の花にしろよ。今日はこのまま、ここで休んでろ。夜には帰ってくるから」



花屋の鍵を握りしめて何度も頭を撫でている。くすぐったい。鍵は配達に持っていくらしい。返してもらおうかと思ったが、当たり前のように仕舞っている速水の姿に何とも言えず見送った。最後に軽く頭を叩くと大きく笑って花屋の扉へと歩いていく。もう寂しくはなかった。



「いってらっしゃい。気をつけてくださいね」



不意に出た言葉に西森は驚いたが、なんとなくしっくりきて速水を見つめる。振り向いた速水が嬉しそうに笑っていた。



今何時なのかわからない。古い時計の特徴的な音が規則正しく鳴っている。カタンと部屋に響く音がして次に何やら聞き慣れない音がしてきた。重い体を動かして時計の文字盤を見れば、12の所がくるりとひっくり返る。中から鳩が飛び出して3時を伝えていた。



「もうそんな時間か。。お腹が空いたなぁ。。お茶漬けでも食べよう」



空腹を感じるということは少し体が元気になったのかもしれない。怠いが起きられないことはなく、全身に力を入れて立ち上がった。大きく背伸びをして縮こまっていた体をゆっくりとほぐしていく。頭から肩にかけてとても重くて怠い。軽く頭を振れば急に痛みが走って思わず動きを止めた。なるべくゆっくりと動いて、何とか台所に辿り着く。置いてあった茶碗にご飯をよそおってお茶をかける。梅干しを食べた方がいいだろうが、とりあえずこのままちゃぶ台へと持っていった。



「。。つっ!。。頭が痛いな。。頭痛なんて初めてだ」



ここに来て具合が悪くなったのは初めてではないだろうか。貯金をはたいて引っ越して落ち着かないまま花農家に通いながら寝る間も惜しんで花と向き合った。取りつかれたように悲しみから目を背けて、何もかも忘れて花だけを見てきた。花だけだった。



「こんなに調子が悪くて、花のことに集中できないのに。。なんでかな。。嬉しいだなんて」



いつの間にか心が安らいでいる。少し前まで感じていた焦りがない。自分はこの場所しかないのだ。ここで生きていかなければならないのだと気を張っていた昔の自分に気づく。必死だったんだなと西森は目を細めた。居場所がない。認めてもらえない。変な焦燥感ばかりが先に立って何も見えてなかった気がする。それでも自分は一生懸命だった。



「焦っても何も変わらないのに。。いや、違うな。自分に自信がなかったんだ」



誰かに認めてもらいたくて、自分の存在を必要としてほしくて、必死だった。誰かの特別になりたかった。自分にしかないものを見つけたかった。親に勘当された時、もうこの愛しい人達の特別ではないのだと思い知った時。今まで想像できないほどの衝撃を受けている自分がいた。心の中が急に冷めていって、体が小刻みに震えだして。あの両親の冷たく突き放すような視線が忘れられない。二人きりになった両親が、私たちの育て方が間違ったのだと泣いていた時、自分はなんて大変な過ちを犯してしまったのかと愕然とした。今まで築き上げてきたものが、ガラガラと音を立てて崩れていく。恐ろしくて悲しくて。消えてしまいたかった。



両親を失望させてしまった。自分を育ててくれた大切な両親。温かくて優しくて大好きだった存在。幸せにしたかった存在。帰る場所。それが自分のせいで崩れていく。傷つけていく。たった一つの過ち。人を好きになったせいで。



「。。なんでかな。。男しか好きになれないって。。間違いなのかな。。?誰かを好きになること。。でも。。」



目の前のお茶漬け。速水の淹れてくれたお茶。温かくて優しい目差し。大好きだ。好きで好きで、冷めていた心が温かくなって。嬉しいのに涙が溢れてきて。一人なのに寂しくなくて。包まれて満たされていつの間にか笑っている。そんな温かさがあるんだ。



両親を忘れたことは一度もない。幸せにしたかった。大切にしたかった。でも、自分にはできないことだから。西森は溢れてきた涙を手で拭ってお茶漬けを勢いよく箸で掻き込んだ。お茶の苦味をなぜか優しく感じて可笑しくなって笑った。写真の祖母の笑顔を見つめる。



「お祖母ちゃん。なかなか上手くいかないね。。でも、俺はここで生きるよ。速水さんを好きになったこと、すごく誇りに思ってる。無くしたものも。。ちゃんと受け止める。辛いけど、忘れたくはないんだ」



両親にありがとうと呟いて、ごめんと謝るのは止めておいた。速水を好きになったことは間違いではない。自分の宝物だから。



「俺の宝物。この花屋と花籠とここで生きていくこと。速水さんに雅也に女将に正宗さん。それと、旅館や仲居さん、板前さん、花農家の師匠に。。新たに出会えた杉崎くんとさつきさんもね。。あれ?いっぱいあるぞ?」



失ったものも大きかったけど、得たものも大きい。後悔はない。ここに来て本当によかった。



「お祖母ちゃん。両親は大切にできなかったけど、俺はここにいる出会えた人達を大切にする。すごく愛して幸せにするんだ」



それが俺の夢だよ。写真の祖母に笑って西森はお茶漬けをほおばった。また溢れてきた涙に苦笑しながら我慢せずにそのまま流していく。泣くことは弱い自分を認めることのようで嫌だったけど。弱い自分も悪くないと今では思える。



「本当は俺。。弱くてもいいんだって。。言われたかったのか。。ごめんな。。自分にも辛く当たってた。。」



弱くてもいいんだよ。自分にそう話しかけてみたら、涙が止まらない。苦しくて悲しくて。でも不思議と寂しくはなかった。



「嬉しいな。。。涙が温かい。。心が温かいよ。。」



西森はゆっくりとお茶漬けを味わいながら涙が枯れるまでいつまでも泣き続けた。



布団の中でゆったりと寝ていた西森は体を動かして天井を見る。天井には黒い染みがあちこちに広がっていて昔から何も変わっていない。小さい頃夜になると、この染みが得たいの知れないものに見えて怖かった。お化けがいる!と叫んで何度も祖母の元へ寄り添い、いつまでも泣いていた。優しい祖母は笑いながらずっと背中を撫でて何も言わずに抱き締めてくれた。



西森は祖母の人生をよく知らない。西森の母親である子供を産んでから、なぜこの田舎町で小さな花屋を営むようになったのか、誰も話そうとはしなかった。葬式の時に親戚から、恋多き女性だったと聞いたことがある。どんな人生だったのだろう。同性愛だと打ち明けた時も優しく笑って抱き締めてくれた。あの時は自分の感情が大きくて、落ち着くのに精一杯だったが祖母の様子は自分をなだめる感じではなかった気がする。何よりも人を好きになったことを肯定してくれた。



「お祖母ちゃんも。。素敵な恋をしたのかな。。許されない恋だったりして。。お祖母ちゃん!狡いよ。俺にもいつか教えてね」



聞いてみたい。どんなに許されない恋だとしても、祖母の人を好きになった気持ちを聞いてみたい。素敵な人に巡り会えたのだろうか。そんなことを考えていたら体が軽くなる。わくわくしてきて、部屋の掃除でもやろうかなと思ってきた。日記や昔の写真など祖母の人生を示す手がかりがないだろうか。



布団から飛び出して写真の祖母の前にやって来た。いつもの優しい笑顔の祖母。そういえば小さい頃、よく祖母と裏庭で花の手入れを一緒にやったことを思い出す。外で遊ぶよりも花たちのそばにいるのが楽しくて、一日中裏庭にいたこともある。ご飯時になっても戻ってこない西森を祖母は心配してよくおにぎりを食べさせてくれた。その時に祖母に、どの花が一番好きなのかと聞いたことがある。祖母は笑いながら、すべての花が好きだと答えていた。



そんなんじゃ、答えにならないよ!大好きの中でもどれが好きかってこと!ぐずって腕をばたつかせながら西森は言い放った。困った顔をして少し考えるように俯いた後、祖母はかすかに笑った。幼い西森でも、はっとするような艶やかな笑みだった。



祖母が選んだのは、鮮やかなオレンジ色の花。カリフォルニアポピー。花言葉は、私の願いを叶えて。ドキドキと高鳴る鼓動といつもとは違う妖艶な祖母の姿を思い出す。西森は声を上げて笑った。



「お祖母ちゃん。それって。。どんな願いだったの?ねぇ。教えてよ。誰にも言わないからさ」



あの頃と同じようにねだりながら聞いてみる。写真の祖母はいつもの通り優しく笑っていた。隙がない。変わらない祖母の笑顔に、お祖母ちゃんはやっぱりに狡いよと口を尖らせながら西森は優しく笑った。

皆様、おはようございます(*^^*)いかがお過ごしでしょうか?

お花屋さんでございます。ー春ーを追加しました。速水さんと恋人となりよかったなぁと思っています。あと一話ほどで完結したいと思っています。

ここまで読んで下さってありがとうございます。あともう少しです。ー春ーを書き終えたら次は二人の愛を中心としていろんな人の人生を書きたいと思っています。

私は登場するすべてが愛しくて堪らないので、なかなか連載を止めることができず。。西森くんと速水さんのことも書き続けたいと思いました。愛しいんです。。

ではでは皆様、これからも素敵な時間をお過ごしくださいね(*^^*)

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