スズラン ~繊細~
惚ける杉崎を連れ出して自転車をこぎながら旅館へと道を急いだ。隣でにこにこと笑う杉崎を軽く睨みながらも、杉崎がずっと会いたかった天使に出会えたことが嬉しくて西森も自然と綻ぶ。温かくてお似合いの二人の姿を見られて嬉しくて、良かったなと思った。
「俺、もっと自分を磨きますよ。ああ、さつきさん。。綺麗だったなぁ」
この花畑にも負けませんよね。ああいう人を天使って言うんですよ。走っているのに息が切れない。それよりもふわふわとした柔らかい雰囲気が微笑ましい。そうだなと答えつつ、さつきから事件の進展が聞けなかったことは残念だなと思う。落ち着いたらさつきからゆっくり話を聞きたいなと思った。
今思い出しても恐怖で身震いする。黒いスーツの男から品定めをされているような視線と自分をあっさりと持ち上げた力。どんなに抵抗しても、どうしようもなかった。何もできなかった。急に暗くなった西森を見ていた杉崎が不意に神妙な面持ちになる。
「事件の進展は。。そうですね。聞きそびれました。。西森さんは、このまま俺たちに守られていてください。絶対、何があっても助けますから」
隣で走る杉崎が前を向いて少し前に出ている。杉崎の様子から事件のことを知っているようだったので何度も聞いてみたが、その度に知らないと首を横に振られた。
旅館に戻ってくると入り口付近でのんびり立っている速水とほうきを持った雅也の姿が見える。手を振りながら近づいていくと嬉しそうに駆け出してきた。体に不似合いなほうきを一生懸命持ち直し走ってくる雅也は可愛い。自転車を置いて抱き上げると嬉しそうに笑っている。速水ものそのそと近づいてきた。天使って誰だ?そっと耳打ちする速水に、さつきさんだよと答えれば、は?と短い声が帰ってくる。呆然と固まっている速水は珍しくて面白い。
「速水さん!酷いですよ!あの美しい天使のお名前、ちゃんと知ってたじゃないですか!!昨日の交流会で手合わせした人のことは教えてくれたのに。。なんで天使のことは教えなかったんですか!?あなたには西森さんがいるでしょ!」
馬に蹴られたいんですね!杉崎が速水に詰め寄り何度も激しく抗議している。ポカンとした速水がだんだん意識を取り戻してきた。杉崎を見返すと目元をしげしげと見つめている。思わず後ずさった杉崎が、な、何ですか?と恐る恐る聞いていた。速水はため息をついて何やら納得している。
「お前。。目が充血してるよ。視力が下がったんだな。昨日でも動きが鈍かったし。女将に言って目薬を貰ってこい」
杉崎の肩を叩いてそのままくるりと向きを変える。背中を押しながら旅館へと連れていこうとしていた。
「冗談じゃないですよ!!責任逃れですね!!俺はまだ速水さんのこと許してないんですから!!」
必死に抵抗していた杉崎が面倒になったのか、今度は首根っこを掴んで持ち上げている。あんなに体格のいい杉崎が速水に軽々と引きずられていた。あまりにも自然で西森は凄いなぁと思う。駄々をこねる子供が教師に連れていかれているようだ。
「速水さん。。あんなに軽々と。。ああ、杉崎くんが悔しそう泣いてるじゃないか。。もう」
旅館の中に入っていった二人を雅也と見送って笑い合った。優しい穏やかな風がそっと吹き抜けていた。
雅也としばらく遊んだ後、旅館へと仕事に戻っていく姿を見送って自転車の元へと戻る。少し時間が過ぎてしまったが今日はゆっくりと近くの花畑を回ろうかなと足を動かした。派出所まで自転車をこいだからか体が重くて怠い。完全に運動不足かなと悲しい気持ちになってきた。速水や杉崎と自分を比べることは無意味だと思うが、それでも同じ男として同世代として何となく悔しくて負けん気が湧いてくる。速水からは運動しなくていいと言われたが、やはり何かを始めようかと思う。
優しい風が吹いて花びらが舞っている。甘い香りに空を見れば太陽がゆっくりと真上を目指して煌めいていた。穏やかに笑って自転車を押す。体の怠さから花を摘んだら花屋で寝よう。前を向いて歩き出していた。
「ちょっと待て!俺も一緒に帰るから」
ぼんやりと自転車を押していると後ろから声がする。少し切羽詰まった声で西森の隣に立ち自転車を奪い取った。驚くように見上げた西森にため息をついた速水が代わりに自転車を押していく。どうしたんだと聞くよりも前に速水から頭を優しく叩かれた。
「お前、疲れてるだろ。顔色悪いし。。旅館で少し休めよ。。。嫌だったら、花屋でちゃんと休め」
旅館で休めと言われた時に西森は咄嗟に顔をしかめていたらしい。やや間があって次の言葉が紡ぎ出された。なんで速水にはこうも自分の状態がすぐわかるのだろう。悔しいがいつになく心配そうなので、西森は黙っていた。花屋への歩みを止めない西森に速水は何も言わず自転車を押している。春の強い風が二人に吹き付けてきて、西森は不意に足を止めた。速水が優しく何度も頭を撫でてくる。強い風の中でも不思議と穏やかな気持ちになる。西森はほっと息を吐いた。
「大丈夫だよ。だから、無理して笑うな。昨日だって。。俺には気を使うなよ」
速水の静かな声に西森は少しドキリとした。誤魔化しているつもりはなかったが、あの事件の時の恐怖が急に湧き上がってきて、その度に恐怖から逃げるように笑っていた。笑っていれば何とかなる気がした。心が恐怖を感じなくなるようにずっと笑っていた。いつまでも怯えている自分を認めたくない。もう大丈夫だと思いたい。そんな心の状態を速水には気づかれていたのか。
自分の頭を撫でる温もりが嬉しい。もっと感じたい。西森は速水を見上げると頭にあった手を握りしめた。手から優しい温かさが伝わってくる。次の瞬間、急に震えがやって来た。安心すると同時に向き合いたくなかった恐怖が溢れてきてどうしようもない。なぜ今になって。。大きな不安の中何も言えないまま、速水を見つめ続ける。穏やかで優しい速水の目を見ていると、押さえていた恐怖を認めることができる気がした。繋いでいる手が強く包み込まれて速水の目に美しい光が宿る。
「そうだ。。俺に隠すなよ。。言っただろ?お前は、お前のまま。ごちゃごちゃしてればいいって」
俺が勝手にそばにいるんだから。押していた自転車を置いて西森の方へとやって来る。日陰の部分を見つけて手を繋いでそこへと強く引いた。西森をゆっくりと座らせてしゃがんだまま正面から見つめてくる。そっと両手で顔を包み込むと優しく微笑んだ。速水の温かな目を見ていたら、押し込んでいた恐怖が胸の奥からどんどん溢れてくる。体が動かなくなり力が抜けていく。よくわからない寒さに体が震えて何もできない。小刻みに揺れる顔を速水は優しく何度も撫でている。息が苦しくて不規則に乱れてきた。押し殺していたものが溢れてくる。怖い。
「は、速水さん。。お、れ、怖かった。。すごく。。どんなに抵抗しても。。簡単に体は。。持ち上げられるし。。力を込めて。。暴れてるのに。。びくともしなくて。。怖い。。怖いよ。。」
一度口に出すと止まらず、口が震えているのがわかった。自分が何を言っているのかさえもわからない。目の前の速水の顔がぼやけて、よく見えず何度も瞬きをする。頬が冷たくて嫌だったが体がぐったりとして動かず、指さえも動かしたくはなかった。速水がそっと頬を撫でている。穏やかに笑って顔を近づけてきた。
頬に当たる柔らかい感触と体全体を包み込む大きな温かさ。太陽の匂いと抱き締める力の強さ。冷たくて震えていた心に周りから熱いほどの何かが流れ込んでくる。心地いい。。ゆっくり目を閉じると暗闇の中でも自分を包み込む温かさは変わらなかった。こんなに真っ暗な暗闇でも怖くない。強張って動かなかった体がゆっくりと温かくなっていくのを感じる。大丈夫だよ。速水の声がかすかに聞こえた。
どのくらい時間が経ったのか。しばらくして速水がまた西森の目をしっかりと見つめてくる。優しく笑って頭を軽く撫でてきた。体が動く。あんなに冷たくて震えていた体が軽やかに動いた。速水が嬉しそうに笑っている。もう大丈夫だ。西森は笑っている速水に大きく頷いた。立ち上がろうとする西森を速水が支えている。足がおぼつかなくて寄りかかったように体重がかかってしまった。謝ろうと口を開いた西森を速水が優しく笑っている。
「いいもんだな。お前に甘えられるのは。また今日の配達も頑張れるよ」
見上げた西森の前に嬉しそうに笑う速水の顔がある。見たこともないような柔らかくて優しくて、とても美しい笑顔だった。こんな顔は初めてで胸が急に熱くなる。ドキドキと鼓動が高鳴って温かい。なぜだろう。すごく嬉しい。目の前の人物がとてもとても、愛しい。ふと触れてみたくなって西森はゆっくりと手を伸ばす。そっと速水の頬に両手を添えた。何も言わずに自分を穏やかに見つめている優しい目。とても、愛しい。
速水に届くように精一杯背伸びをする。この気持ちが伝わるだろうか。胸の奥から溢れてきて止まらなくて。こんなにも熱くて。
あなたが大好きです。
心のままに西森は速水の唇に自分の想いを込めてそっと重ねた。急に強く抱き締められて、息が苦しくなってくる。それでもなぜか温かくて、離れたくはなかった。
皆様、こんにちは(*^^*)いかがお過ごしでしょうか?
お花屋さんはいつも長くなってしまいましたので、これからは読みやすく一話完結を目指して書きました。よろしかったらどうぞ~(*^^*)愛ですなぁ。。愛。。
ではではこれからも素敵な時間をお過ごしくださいね(*^^*)




