過去と交流(後編)
ここで私の予想していたことを話そう。
この町の八百屋は入り口より少し遠い所にある。
その間結構な距離を歩くことになるのだが、その間私は多々の視線に貫かれるだろうと予測していた。
何故かと言うと、性格はともかく外見だけはこの世のものとは思えない美形なご主人様と、さらりとした流し目がたまらなくクールなインテリ美形の先輩を引き連れているのだからそれは当然だと思えた。
しかし、私のレーダーには全くそんな嫉妬の眼差しは注がれていない。
町の人に気づかれないように注意深く観察していると、その理由が明らかになった。
あるものは(主に男性や高齢者)はご主人様たちを見て固まっているし、あるもの(主に歳若い女性)はご主人様を見た途端一度固まり、そして恥らいながら家屋へと逃げていってしまうのだ。
そして先輩に鍛えられて良くなった聴力には、女性たちの悲鳴の声が聞こえてくる。
「あぁ、あのような美しい方がおられたなんて。私がこの町で一番イケてる!なんて思ってた自分が恥ずかしい!」
「かつてこの美貌で領主に寵愛されていた私がこのような敗北感を抱くなんて・・・」
うん。何となく面倒くさいので聞かなかったことにしよう!
ちなみにご主人様の耳にも女性たちの声が届いていていつもなら高笑いする所だが、どうやら極度の緊張で頭まで届いてなかったらしい。
そんなこんなでたどり着いた八百屋。
八百屋の女将さんは私達を見て固まってしまっていた。
「さぁ!ここで買い物を出来ればミッションコンプリートですよ」
私が全て言い切る前にガラガラ!と八百屋のシャッターが乱暴に閉められた。
私とご主人様が唖然としていると、シャッターの僅かな隙間から紙一枚差し出された。
「貴方様のような美しい方にお渡し出来る野菜を揃えておりません。大変申し訳ございません」
その後どうなったかと言うと、めげずに他の店にも行ってみましょう!と声を上げた途端全てのお店のシャッターが閉められてしまった為、残念ながら一度家に戻ることにした。
家に帰えるとご主人様は緊張から解かれたのか、途端にしょぼーんと落ち込んでしまった。
「美しすぎるのも罪なのだな・・・」
どうにか励まそうとしていた私の耳に入ってきた言葉のせいで、フォローをする気が全く起こらなくなったのはしょうがないと思います。
あとのフォローは赤狼(ひたすらもふもふな全身を擦り付けていた)と先輩(理論的なことを言っていた気がする)に任せて、私はとりあえずお茶を用意しにいった。
そして、次の日は人の少ない村を選んで行ってみた。
結果だけいうと、前回と同じ結果になった。
またしょぼーんとなるご主人様を赤狼と先輩に任せた。
ぽつりと「カエデのような平凡な顔が羨ましい」と呟いたのが聞こえて、イラッとしたのは不可抗力だと思う。
そのまた次の日もそのまた次の日も結果を言えば、失敗に終わった。
「もう行かなくてもいいのではないか」と弱気になっているご主人様を蹴っ飛ばして連れてきた今回の町も前回と同じような結果になってしまった。
流石に私も自分のふがいなさに落ち込んできてご主人様と二人でしょぼーんと帰る為に山に入った時だった。
幾つもの人の気配がして、私と先輩は警戒を始める。
良く耳を澄ましていると足音と一緒にガチャガチャと金属音が聞こえる気がした。
「9時の方向に王騎士団です」
先輩の言葉通りに視線をやるが全く私には見えなかった。
「行きましょう」
とりあえず、王騎士団から離れることが先決だと思い、移動を開始した。
王騎士団とは名前の通り、王の為の騎士団であり、他のものの命令は全く聞かない。
その任務は王の守護を基本とし、どれだけの猛者であってもどんなに他の人々に懇願されても王が命令しない限り戦争へも参加しない忠誠ぶりだ。
その王騎士団がこんな何もない山にどうして入るのか。
その答えはすぐに見つかった。
王騎士団から少し離れた所に物凄いスピードで山を登っていく集団を見つけた。
「あれは神守の部族です」
どうやら疑問が顔に出ていたらしく、先輩が淡々と説明し始めた。
神守部族とは、遥か昔、長い間他の人間から虐げられ、厳しい環境での生活を余儀なくされた部族を可哀想に思った神様から身体能力向上の加護を頂いた部族の子孫たちのこと。
加護を頂く時に、その力を私利私欲の為に使用しない、生き抜くためだけに使用すると約束したそうで、今でもそれを守り続けているらしい。
「あれらを奴隷にして、戦争に行かせるんだろう」
ご主人様が淡々と言った言葉に衝撃を受けた。
奴隷?戦争?
「・・・つまり戦争の道具にするってことですか?」
「あれらは身体が丈夫だからな。過去の歴史でも捕まった者が奴隷契約をさせられ、酷使させれていた」
なんて人は愚かなんだろうと思う。
戦争とはそういうものだ、と言われても私は戦争のない時代に産まれているからわからない。
けれど、その戦争は本当に生きる為に必要なのだろうか。
本当に必要なのだろうか。
「私!そんなの見過ごせません!!」
そう叫ぶとご主人様は最初からわかっていたかのように頷いてくれた。
ご主人様が物凄いスピードで先を行く部族の方へ軽く指を動かした。
するとふんわりと部族を包むように膜が出来ていて、それを見てやっと魔法を使ったのだと理解した。
「不可視と消音の魔法だ。これで追っ手には気づかれないだろう」
ほっと一息ついたときに、それは起こった。
突然の殺気を感じたかと思うと、神守部族の数人が気づいたらしくこちらへと向かってくる気配がした。
ご主人様の前を私が、背後を先輩が守るように立つ。
それから数分もしない内に影から武器を持った男達が飛び出してきた。
あまりの速さに刀で武器を弾くことしか出来なかった。
すぐに違う男が襲い掛かってくるのをまた弾き返し、近くにいた別の男に回し蹴りを食らわせる。
すぐ後ろからパリンと連続した音が聞こえた。
すると私達に襲い掛かってきていた人たちは突然片膝をつき、一歩も動かなくなる。
「突然なんだ。お前達に剣を向けられる道理など無い」
無表情のご主人様の首の魔道具が壊れていて、魔石の欠片が足元に散らばっていた。
「ご主人様、いけません」
「心配するな。殺したりはしない。話を聞く為にただ少し魔力を解放しただけだ」
「話なんてないな」
苦しそうな表情で男の1人が呟いた。
「いや、こちらはある。何故無関係な私達を襲った」
「無関係、だと?変な魔法を使いやがって!!人間の屑が!」
全ての感情をぶつけて来るような罵倒に、ご主人様の顔色を伺うが大してなにも思っていないようだ。
「不可視と消音の魔法だ」
「そんなのはどうでもいいんだよ!!俺たちを捕まえて奴隷にするつもりなんだろ?だが残念だったな」
男がニヤリと笑ったが、その表情は悲しげにも見えた。
「俺たち部族は今日で消える」
「消える?」
そういうと男達は動かない身体を無理やり動かし、一斉に武器を自分たちの喉元に宛がった。
その行動で自殺する気なんだと一瞬で理解した。
「やめて!」
私は思わず叫ぶことしか出来なかった。
「ぐっ!!」
だが、武器が喉を貫く前にご主人様の放出魔力が増し、男達はそれに耐え切れず地面に倒れこんだ。
男達の武器を先輩と一緒に奪い取り、また武器を握れないように両手を魔法で拘束する。
「クソッ!クソッ!!クソッ!!!」
「俺たちは国になんて従わない!!!」
「奴隷になるくらいなら殺してくれ!!」
あまりに悲痛すぎるその声にかける言葉が見つからなかった。
例え私達は王国とは無関係だと説明しても、今の精神状態では理解されないだろう。
静かに見守っていたご主人様が男達に浮遊の魔法をかけると、森の奥深くへと連れて歩き始めた。
「ご主人様、どちらへ?」
「ふん、勝手に誤解しているようだから、その誤解を解きに行くだけだ」
ご主人様はそう言うと手を目の前に翳して空間移動の魔術を作り、その中をくぐる。
慌てて着いて行った先には男達と似た服装を着た集団が地面に跪き、祈るように組んだ手を額へと当てていて、一部の男達が悲痛の面持ちで剣を掲げていた。
集団の中心にいたローブの大きなフードを被っている背の低い老婆が私たちの存在に気づき、ガタガタと震えながら口を開く。
「追いつかれた!」
その老婆の言葉に慌てふためいたように動き出そうとした人々がピタリと止まった。
「待て、私はお前たちの誤解を解きに来た」
「誤解!?仲間をそんな姿にしておいて何が誤解だ!!」
「身体が動かない!」
「魔法をかけられた!!」
「もうお終いだ・・・」
混乱や恐怖で表情を引き攣らせている人々にこれでは埒が明かないと思ったのか、ご主人様は私のほうを振り返った。
「誰も話を聞かんぞ」
「そうですね・・・。でもまずは安全確保のほうが優先だと思うんです。もうすぐ王騎士団が追いつきそうですし」
「うむ、そうだな」
それからアッと思う暇もなく景色が一瞬にして変わった。
今までいた所の木よりも遥かに背の高い木々が周りに生い茂っており、近くに緩やかなせせらぎが見える。
場所が突然変わったことに驚いたのか、思い思いに開いていた口が開きっぱなしで固まっていた。
もちろん私もそれに含まれる。
流石に一言言ってほしかったと、恨めしく思いながらご主人様を見るも、当の本人は逆に私を見返して説明するように促してきた。
自分ですれば良いのに、と思ったが社交性スキルが皆無なご主人様にはハードルが高すぎると気づいたので、諦めてため息をついた。
「えーっと。初めに言っておきますが、私達はあなた方の追っ手ではありません」
まだ空間移動の余韻が残っているのか誰も何も言わないので、そのまま話しを続けることにした。
「今、この方達を縛り上げているのは、自殺をしようとしたのでそれを止める為に拘束しました」
そう言って男達の拘束を解いてもらい、部族へと引き渡す。
「何故私達がこうして皆さんに魔法を掛けたかと言うと、追われている人、目の前で死のうとしている人達を見過ごせなかったからです。突然、魔法を使われてとても混乱したと思いますが、私達は危害を加える気は全くありません。ただ、助けたかっただけなんです。・・・すぐには理解できないと思いますので、私達はこのまま去ります」
これで良かったのかわからなかったが、ご主人様が頷いてくれたので間違いではなかったのだろう。
「待って下され!」
空間移動の魔法を展開する為にご主人様が手を上げようとした時に、部族から声が上がった。
部族の全員がへたり込んでいる中、あのフードを深く被った老婆が1人だけ立ち上がっていた。
「長老様!危険です!!」
慌てたように部族の男達が老婆―長老を囲むように私達から隠そうとしたが、全員長老の持っていた杖で頭を叩かれていた。
「ばかもの!そこへ座らんか!!」
「ですが!!」
「私は言葉や姿の真偽が分かる能力を神からお預かりしておる。その私が聞く限り、先ほどの言葉は全て真実のようじゃ。それならばあの欲深な王から逃がしてくれたこの方達にお礼を言うのが礼儀と言うものじゃ」
そう言うと長老は杖を持ったまま、地面へ跪き深々と頭を下げた。
「一族を代表してお礼を申し上げます。あなた方のお陰で誰1人欠けることなく追っ手から逃げることが出来ました」
「いや、礼には及ばん。助けを必要としておる者には手を差し伸べるものだろう」
「まさか貴方様のような魔族に助けて頂けるとは思いませんでした」
長老の言葉に、部族が驚き戸惑った。
「魔族!?」
「魔族がこのような場所にいるなんて!」
「静かにせんか!!!」
長老が一喝すると全員が慌てて口を閉じた。
「いや、動揺するのも無理は無いだろう。何せ私ほど美しく聡明で慈悲深い完璧な魔族はいないからな!」
まさか今ナルシストな発言をするとは、流石空気読めない代表のご主人様だ。
部族の人たちも最初は驚いていたようだが、すぐに可哀想な子を見るような眼で見つめ始めた。
「えーっと、すみません。ご主人様はこういう(変わった)人なんです」
そういうと誰もが納得したように頷いた。
「この恩は決して忘れません。・・・すぐにでも助けていただいたお礼をしたいのですが、このような状況ですので何も持っておりません」
「あっ!じゃあ、良ければ一つお願いがあるのですが」
気を取り直して話し始めた長老の言葉を遮り、手を上げて発言する。
「ご主人様の話し相手になっていただけませんか?」
「話し相手、ですか?」
「はい。ご主人様はあまり他人と関わったことが無く、社交性を身につける為に様々な町や村へと出向きました。けれど、外見だけはこれですので誰も近寄りがたい様で、まともに話すことが出来ないんです」
部族の皆さんは緊張しっぱなしだった為、今ご主人様の美貌に気づいたらしく、全員が一瞬見ほれていたが残念な性格を思い出したのか慌てて頭を振って納得したように頷いた。
「それで話し相手、というんじゃな」
「はい。これはあくまでお願いなので、皆さんで話し合って決めて頂ければありがたいです」
長老を取り囲んで話し合いが始まった。
「魔族、というだけで少し恐い気がするが」
「魔力も大分強いみたいだしな」
「そう?何かあの人なら大丈夫そうじゃない?」
「確かに。最初は恐かったけど、よくよく見ると悪そうな人でもないし」
「何かうちの子供見てる気分だわ」
「そうそう!うちの子供ともそっくり!前にあの子が、一族の中で一番かっこいいのは俺だ!とか言ってたの思い出しちゃった」
「あのひときれいだから私がめんどうみてあげるの!」
「あらあら、ミーナちゃんが話し相手になってあげるの?」
「おれだって、木のぼりとかおしえてあげるんだ!」
わいわい、がやがや。
何だかただの雑談になってませんか?
あれだけシリアスだったのが一変して近所の井戸端会議になっている気がするんですけど。
ご主人様はどんどん変わっていく話の内容に頭がついていくだけで必死みたいです。
「さて、話し合いの結果じゃが。その前に数点確認したいことがある」
あれでどうにか纏まったらしく、長老がこちらを振り返った。
「私達一族を利用することは今後一切ないか?」
「ありません」
「ふん、利用せずとも私1人で全て賄えるからな」
「・・・一族を害することもないか?」
「ありません」
「私の主義に反するからな」
「そうか。それならば一族はあなた方を歓迎するぞ」
その言葉に今までの苦労が全部報われた気がしました。
まさか町からの帰りがけに王騎士団に追われている一族に出会い、しかも助けようと思ったら攻撃され、それを防ぐと一族全員で自殺しようとするのを止めたり、日常からかけ離れたことばかりだったので私も緊張しっぱなしだったようです。
「うむ、これからよろしく頼む」
それから一週間もせず、彼ら神守一族はご主人様が空間移動したあの背の高い木々が生い茂った山に集落を築き上げました。
どうやらその山は、人間の国から完全に隔離された場所で、そこへ向かうには同じような山を幾つも越えていかないとたどり着けない場所にあるそうです。
元々身体能力が発達している彼らにとっては、特に問題がないようです。
寧ろそこに住まう巨大な獣に一撃食らわしただけで骨を砕くほどの力があるそうなので、何も心配ないそうです。
それから少しずつですが、ご主人様も一族と過ごす時間が増えていきました。
最初は慣れないことなので、すぐに気疲れしてしまっていたようですが、今ではすっかり子ども達に混ざって木登りとかままごととかしてるので、思わず笑えてきます。
一族の男達は特に警戒心が強く、最初の頃は死人とネクロマンサーという事で鋭い目で観察してきていましたが、徐々に打ち解け、戦闘に長けている先輩の技術を習得しようと毎日必死にトレーニングし、時にはご主人様と遊ぶ子ども達を温かい目で見守っています。
私はと言いますと、女性陣に混ざって編み物や洗濯をして、すっかり打ち解けています。
どうやらどこの女性も色恋沙汰には目がないらしく、私をご主人様か先輩のどちらかとくっつけようか、と笑いながら相談しているので必死に拒否する毎日です。
ご主人様はすっかり一族に馴染んだらしく、毎日夕食の為帰る時には少し拗ねたように帰りたくないとごねます。
何処の子どもだ!とも思いましたが、まともな子ども時代がなかったご主人様は今を子ども時代の分まで楽しんでいるのだ、と思い直すと不思議と許せてきました。
それに少しずつ、大人や子どもと関わる事で社交性が身についてきたように感じます。
ただ、一つだけ残念なことはあの性格だけが改善しなかったことでしょうか。
実は部族の話は全く考えていませんでした。
執筆しているとどんどん自分が考えている話と変わっていき、「何これ、恐い」状態でしたが、投稿してみました。
長い話にお付き合いいただき、ありがとうございました。