↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
26/26

エピローグ 終わった日常、始まる朝

翌朝。


俺は、アンジュ家の台所でベーコンを焼いていた。


「オワリ、朝から何を作っているのですか?」


「ベーコンエッグ。俺の故郷の定番だ」


「味噌汁もありますか?」


「インスタントならな」


フリシアが笑った。

カルミアは椅子に座り、リナリアは焼けたベーコンを狙い、クロユリは鍋の中を覗き、ネモとフィラは隣の部屋で言い合いをしている。


窓の外では、屋敷の防御用ゴーレムが庭を歩いていた。遠くの空では、小型ドラゴンが飛行船を引いている。


俺のスマホは、またこの世界の電波を拾わず、画面には圏外の文字が戻っていた。

けれど、もうそれを故障とは思わなかった。


「オワリ」


フリシアが、食卓の向かいから俺を見る。


「今日も、領地を見て回りたいのですが。騎士として付き合ってくれますか?」


「もちろん。俺はフリシアの剣だからな」


「剣だけではなく、盾にもなると言っていましたね」


「ああ。必要なら、鍋の蓋にもなる」


「それは騎士として、どうなのでしょう」


みんなが笑った。


食事を終えると、フリシアは領主印を身につけ、玄関脇の帳面を開いた。


「今日は、東の村へ行きます。橋の仮修繕が終わったので、通行の確認をしたいのです」


「朝飯を食べてすぐ仕事か?」


「領主の仕事は、朝飯の後に始まります」


「じゃあ、まず食器を片づけよう」


俺が皿を重ねると、ネモが大皿を抱え、フィラが割れないようにその手元を見張った。カルミアは怪我が治るまで待てと言われ、椅子から動こうとするたびにフリシアに止められる。クロユリは新しい依代を試すと言い、リナリアは鍛冶場の火を消した。


屋敷の外へ出る前、フリシアが俺の隣へ立った。


「オワリ」


「なに?」


「昨日の約束を、まだ覚えていますか?」


俺は、少しだけ周囲を見た。カルミアたちは先に馬車へ向かっている。


「……フゥ」


彼女の蒼い瞳が、朝の光を受けて揺れた。


「はい」


それだけで、勝った日よりも大きなものを受け取った気がした。


フリシアは領主として先を歩き、俺は騎士としてその半歩後ろへ続く。


けれど、彼女が振り返った時には、俺はもう隣へ並んでいた。


日常は終わった。


けれど、終末ではなかった。


俺は、少しだけ壊れたスマホをポケットへ入れ、玄関へ向かう。


「行ってきます」


扉を開ける。


今度、足元に地面はあった。


その先には、俺が選んだ異世界が続いている。


門の外では、東の村へ向かう馬車が待っていた。


フリシアが乗り込み、カルミアが御者席へ座る。リナリアは道具箱を抱え、クロユリは新しい依代の箱を抱え、ネモとフィラはそれぞれ別の側から荷台へ乗った。


「全員、乗りましたか?」


フリシアが確認する。


「カルミアは、怪我が治るまで剣を抜かないこと」


「領主様、それは今日も言うのか?」


「治るまで毎日言います」


「なら、今日の俺は御者だ」


「御者も無理をしてはいけません」


「俺は何をすればいいんだ?」


「隣にいてください」


フリシアが、俺を見る。


その言葉は、最初に聞いた騎士の誘いよりも短かった。

けれど、今の俺には、その意味が分かる。


剣を抜くことだけが騎士ではない。

領主の隣で、彼女が自分の声を失わないようにすること。仲間が自分の選択を忘れないようにすること。帰る場所へ戻れるように、道を覚えること。


俺は、スマホをポケットへ入れた。


画面は暗い。時計は八時十八分で止まっている。


それでも、もう止まった時間だとは思わなかった。


いつか動くかもしれない。動かないかもしれない。

そのどちらを選ぶかは、これからの俺が決める。


俺は今日も、ちょっと異世界へ行ってくる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。