第二席【講談探究同好会】
玉縄先輩が、自販機で一本当たったなんて騒ぎながら軽快に部室へ入ってきたところで、各部員自己紹介が始まった。
「はい、じゃあまずは私からね。知っての通り、部長の衣笠弓留です。得意なものは料理かな。好きなものは時代劇とか大河系。得意としている物語は人情ものよ」
真面目そうな印象に似合う。
「俺は金沢利央です。ええとねぇ、特に役職はなし。まぁ好きなものは、種族を超えた恋愛がテーマの作品かな? 得意ってものでもないけれど、怪談はよくするね」
優しそうな細い目で怪談か。
「じゃあ、次あたし! 副部長の玉縄万智華。とりあえずキラキラするものが好き!」
鳥か何かか?
「あとね、スイーツは大好きかな。あと馬とか猫とか、そういうのも。そうそう! ちょっと変わったジュースとかもついつい買っちゃうし、あとねぇやっぱり」
「はいストップー! 好きなもの紹介メインにしないでいいのよ!」
「じゃあ、ええっとなんだっけ。得意なお話は、滑稽ものかな! 笑えるやつ」
このときふと思ったのは、なぜ二年生の玉縄先輩が副部長なのだろうという素朴な疑問。
「みんなそれぞれ、自分で創作した物語を定期会とかで発表してるんだけど、得意なジャンルみたいなものが各々あってね。こんな感じなの。
じゃあ改めて、中原君も軽く紹介してくれるかしら?」
「あ、はい……僕は中原一希と、言います。えっと……す、好きなもの……」
何が好きか? そんな簡単な問いに頭をフル回転させる。甘いもの? いや、そこまでじゃない。動物はまぁ好きだけど、でも一番何が好きかって問われると、いったい――なんて考えて黙っているうちに、何か喋らないとっていう焦りが否応なく汗を滲ませてくる。それに気づくものだから、顔もみるみる真っ赤になってゆく。こうなったら、言葉が出てこないのだ。
しかしそんな折、玉縄先輩がこんなことを口走った。
「それではそんな君に、これを進呈しまーす」
目の前にスーと出てきた缶ジュース。ワサビプリン味ってなんだ?
「え……」
「それが好きになる可能性に、明日の運気をかけました」
ふんす、と腕組む玉縄先輩。外では野鳥が、ぎーと鳴く。
「まータマちゃん、運がほんっと無いもんねぇ。この前も、鳥のフンくっつけてきたし」
「違うの金さん! 運っていうのは、あるないじゃないの。いるかいないかなの。
だから、あたしの運がお留守な時は、きっと誰かのためにそうなってるわけなんだよね。尊い犠牲……うん、そういうこと。
だからあたしは、運が帰ってくることを心待ちにしているのだ。そろそろ帰ってきてるはずだよ? さっきコレ当たったしね自販機で」
「そ、それなのに僕……が、良いんですか。もらって」
「好きなものが無ければ作ればいいよ! こういうジュースもさ、飲んでみないと分からないじゃん? そう、分かんないの。あたしね、正直これどうなんだろうって思ってたんだけど、存外いけるってわーって好きになったんだぁ。思い込みってあるじゃん? だから君もこれで仲間入りね、そして同好会入りだよ!」
フォローされておいてなんだが、よく分からん。
「貰ったからには、嫌とは言わせないってやつだねタマちゃん」
「そんなゲスな真似しませーん、金さんじゃないんだから」
「これこれ、やめなさいよ。中原君は別に、今日の話聞いてから考えればいいからね。
ということで、この通りこの同好会は私たち三人だけなの。だからあと二人、秋までに入会がなければなくなっちゃうのよね、あはは」
笑い事でも無いような。というか、そんな話を聞かされちゃ……というのはある。
「じゃあ、次に講談についてと私たちの活動についてを、軽く説明していくわね――」
講談とは、どんな荒唐無稽な話でも、まるで事実がごとく読み聞かせることができる『話芸』。セリフのみならず、語呂のいい調子だったり、リアリティのある情景や心理を巧みに読み上げて世界観へ没頭させる技は、大きな魅力となっている。
落語とも朗読とも異なり、張り扇をもってして独特な調子で物語を読んでいくわけだが、その読み物としては軍談、怪談、侠客、世話物などなどがある。例えば、清水次郎長伝や宮本武蔵伝、水戸黄門伝に赤穂義士伝だったりと、歴史上の偉人が登場する物語は目立つ。
しかし、この同好会では、そういう本格的な講談を実践してゆくわけではない。着目しているのは、あくまで『話芸』。同好会では、若者でもすんなり入り込めるような物語を創作している。その物語に、講談の『話芸』を落とし込むのだ。
要するに、講談の技術や特徴をいかに現代的な物語に落とし込めるのか……その探究を目的とした活動なのであった。
部長はこう続ける。
「実際の講談を聞いてもらうと分かりやすいと思うから、まずはコレを聞いてちょうだい」
机上に置かれたスマホに映し出されたのは配信動画。こういう動画もあるのか。着物を着た初老の男性が、机の上でパンパンっと軽快に音を鳴らし語り始める。
『享保のころ。四谷左門町に、御先手組の同心屋敷がございまして。三十俵三人扶持に田宮又左衛門という男がいる。この男、禄は少ないが――』なんて始まって、何やら呪文のように聞こえるところもあり、一言一句を噛み砕くことはもちろんできず。
それでも大筋と、人の行動や周囲の様子。何より雰囲気? そういうのはありありと感じるものがあって、すごいものを聞いている感覚というか、分からないなりにも楽しめた気はした。
きっと江戸時代の背景や文化、言葉遣いなんかを前もって知っていたら、もっと面白いのだろうと思う。
「――どうだった? 少し小難しく、感じたんじゃないかしら? 時代劇を見せられているような」
「あぁ、はい……ちょっと、そんな感じは」
「そうよね、それも当然の反応。今のは、お岩さんていう怪談噺の冒頭よ。素人耳では、淡々と様子を伝える三方ヶ原軍記なんて聞いた折には、きっと読経のように聞こえてしまうはず。まぁ本来は講談って、そういうものなのだけれど。
とは言え、私たちの世代じゃ特に聞きなれない言葉も多いわ。それが原因で、圧倒たる世界観に没頭できない人もいると思う。前知識が欠かせないというか」
「たしかに……」
「もちろん、噛み砕いて説明みたいなことを言ってくれる講談師さんもいるんだけれど。ここでは敢えて、そうじゃないタイプのお話をいま聞いてもらったの。
それでも、何か感じるものがあったんじゃないかしら」
「は、はい……こういうのが、あるんですね。詳細にではなくとも……雰囲気というか、そういうのは楽しめたかなって思います。その……テンポとか、シーンの演出……が、なんか鮮やかですね」
「ふふ、良かった。
本来の講談と比べれば私達のそれは、紛い物もいいところかもしれない。こんなもの講談じゃない、なんて言われても全然おかしくないわ。でも講談そのものではなくて、その話芸から学べる面白さの実践を、私たちはしているの。
今の時代、理解にカロリーが必要なものは避けられる傾向がある。せっかくの伝統話芸なのに、ミスマッチで若い世代に魅力が伝わらないのはいささか勿体無いって、そう思うわけよ。
だからこそ私たちは、誰もがパッと世界に入れてスッと感情が入っていく、そういうエンタメ性を重視した物語を創作してる。そして、講談の魅力ある話芸を余さずそこへ落とし込んで、発表しているわけ。
そこから講談って何だろう? 本物ってどんなんだろ? って興味を持ってもらう切り口になれば良いじゃない?
じゃあ、次は私たちの創作講談を聞いてもらいましょうか。玉縄さん、お願いできるかしら」
「え、ゆっさんじゃないの?」
「連れてきたあなたが、まずは責任とって魅力を伝えなさい。ちゃんと講談の良さを伝えてあげるのよ。それに、中原君には玉縄さんの物語はきっと刺さるはずだから」
玉縄先輩は、はじめこそキョトンとしていたものの、目を輝かせては、すぐに心が決まったようだ。
「ふふふ、そこまで言われちゃあね。んじゃー、やってみせましょうとも!」




