第一席【出逢いの季節と嘘八百】
牟佐高校に晴れて入学できた僕は、やはり友達作りがうまくいかず、二週間後の部活動勧誘週間を迎える。
クラスでは、どこにする? 何にする? なんて、みんな楽しそうだ。しかし、僕は人と話すのが苦手で吃ってしまう癖がある。最初はペースを合わせてくれるけど、まぁたぶん面倒に思われてしまっているのだろう。だから、二週間も経てばグループ化するクラスの中で、ちらほら自然発生する孤立組のひとりへと成り下がるわけである。変えようとしても、こればかりはなかなか変えられないから仕方が無い。
ところが、その日。僕はある先輩と出逢うわけだ。
玉縄万智華――第一印象は、僕が月なら彼女は太陽。悩み一つも無さそうな無邪気な雰囲気。そんな彼女は、校舎前で僕とぶつかった折、ついてきてと言い、有無を言わさず僕をある場所へと導いた。
そこは、端の端っこにある小さな部屋。どうやら部室の様子。
中にいたのは黒髪ミドルで、フレームの細い眼鏡をかけた女子の先輩。三年生のようで、しっかりした印象だ。
引き戸をガラガラッと遠慮無く開けた玉縄先輩は叫ぶ。
「ユっさーんッ! 連れてきたよ新入生くん!」
「わっ! びっくりしたぁ……いきなり開けないでッ。ていうか連れてきたってねアンタ……」
「入部用紙、かして! もう書いてもらおうと思ってさぁ」
「いや、ちょっと待ってちょうだい。本当に入りたい希望者なの? 顔死んでるわよ」
「大丈夫、元からこんなよ。それにね、嫌がらなかったもん」
平気で失礼な事を。でも悪い気はしない、なぜだろう。
「あのね、嫌がってなければ何でも許されるわけじゃないのよ」
けだし、その通りである。この人は見た目通りの常識人らしい。
「ごめんね、えっと私はここの講談探究同好会の部長やってる三年生、衣笠弓留よ」
だから、ゆっさん。しかし、先ほど入り口で見たが講談とは何ぞや……?
「この冴えない男の子はね、中原君って言うの」
確かに冴えないけども。ことば少なで、背が高い割に猫背だし。
「あ、あの……中原一希です」
「じゃあ、中原君。もし無理してるなら言ってね。どうせ玉縄さんのことだから、強引に連行されてきちゃったんでしょ?」
「まぁ、その……」
「でもほんとに興味があるなら、もちろん紹介させて欲しいけれど……てゆか汗すごいわね、平気?」
「平気だよ全然。ねっ、やるもんね?」
僕の代わりに何故か答える玉縄先輩。
「えあの、僕……あまり喋るのが。に、苦手っていうか……」
すると、ゆーっくりと肩に手を置いてくる。
「平気……平気だよ。もう何も怖くない。ここにいればうまくなる。だってね、あたしそうだったもん!」
え何が? と思いつつ、その屈託ない笑顔にドキリとしてしまった。
「大丈夫かしら、ほんとに……まぁでもせっかく来てくれたのだしね。じゃあこれ、時間のある時にでも読んでみてくれるかしら?」
それは、学生手帳ほどの厚みだ。自作資料っぽい。
「読んでもらって興味が出そうなら、放課後いつでも来てくれるかしら。そしたら、もっと詳しく説明してあげる。
こんなこと余計なお世話だったらゴメンだけれど、さっき話すの苦手って言ったわよね? 実は、そこにいる二年の玉縄さんも、ちょっと変わってて、割とみんなから浮いてるのよ。でもここに入ってから、それは面白さとして生きていった。だからってわけじゃないけど。もし変わりたいとか、変えようと思っているのならたぶん、この部活は一番適していると、私は思うわ。
そんなこと言って、今年の新入生を二人取らなければ廃部なっちゃうっていう危機も孕んでいるわけで、入って欲しいのは山々。自分たちのためもあるけれど、ふふ」
「じゃあたし次探してくるー!」
「えちょっ! もうホームルーム始まるんだからねー!?」
足音は軽快に廊下を行く。嵐のような人だ。
「もう……中原君も教室戻らないとでしょ。ごめんね、引き留めちゃって。じゃあ考えてみてね」
なんて言われて昼休み、僕は資料を読む。
「すご……力入ってる」
資料は手書き、挿絵つき。漫画になっていて読みやすいのが特徴か。端的に部活の趣旨と魅力を伝えてくる内容だった。
講談探究同好会――それは、日本の伝統芸能である講談を探究。それが持つ魅力ある話芸を、現代に馴染む形で生かす活動を旨とする会らしい。
そもそも講談とは、僕は初めて聞くワードだったわけだが、簡単に言ってしまうと『物語の読み聞かせ』だそうだ。
高座で着物を着た人が扇子を持って喋る姿は、落語に似ている。しかし、落語は会話。講談は読み聞かせ。会話が主体の落語に比べて、説明となるト書きをも読み上げる。さらに、張り扇というもので机をパンパンと叩いて、独特の調子で読み上げていくらしい。
この同好会では、そういった講談の持つ話芸に着目。その技を、各員が作り上げる現代的な創作物語に、落とし込んでゆくのだそうだ。
要するに、まず物語を創作。次に、講談の話芸を落とし込む。そして定期会で各自発表する……ザックリ、こんな活動らしい。
しかし、大勢の前で喋るなんてよくそんな怖いことができるものだとも思う。落語は見たことがあるが、あんな芝居を大勢の前で、しかも一人で……とてもじゃないが考えられなかった。
しかし、そこで脳裏によぎる言葉は後ろ向きを引き止める。
『変えようと思っているのならたぶん、この部活は一番適していると思うわよ』
「うーん……聞くだけ、聞いてみるか」
僕はこのとき、できるなら自分を変えたいという気持ちを確かに持っていたが、たぶん最大の動機は別にあった――玉縄先輩だ。
きっと、僕はおこがましくも、一目惚れをしてしまったんだと思う。もう一度、話してみたい。ちゃんと今度は面と向かって話してみたい。訓練じゃないが、そう言う意味でもここに入って自分を鍛えるのは意味があるかもしれない。そんな他愛無い青春じみたことを、身勝手な動機を、ここで持ってしまったわけである。
⭐︎
放課後。例の部室へ辿り着くまでに、およそ普通の倍以上かかりつつもなんとか無事に戸を開けることができた。入っていいのか迷っていたのもあるし、見慣れない校舎で右往左往してしまったのもある。(途中で、魔女みたいな女子が道を教えてくれた)
――ガラガラ。
「し……失礼、します」
玉縄先輩の姿はなく、代わりに男子にしては長い髪で、それを後ろ一本に縛った人がいた。三年生のようだ。スーツを着たら執事っぽくなるに違いない。
しかし現実は違う。だらっとワイシャツはズボンから飛び出し、ブレザーを羽織っている。おまけに、三色団子のパックを片手に、窓際で口をモゴモゴさせながら。
「おや……一年生か。なーにどしたの、迷ったの?」
「えっいや。あの……こ、ここ講談探究同好会の部室で……すよね?」
「ありゃりゃ、それ違うねえ。ここは、何を隠そう見ての通り団子研究会の部室さ」
「えっ。す、すみません。ぼくその……」
「あはは。うそうそ、ここで合ってるよ」
「……え?」
「ごくり……そうかそうか、きみがアレ? タマちゃんに連れてこられたって言う。へえーえ」
舐め回すように見られるのだが、ドキドキが止まらない。初対面のときは、緊張がひどいのだ。しかもこんな個室で二人では尚のこと。
「ぼ、僕は。一年の、中原って言います」
「そっか、よろしくさん。俺はね、三年のジョニーデップです」
「…………?」
「ウソウソ。そんなさ、ゾンビを見たような顔しないでも」
「え、いや……すいません」
こういうところだ。リアクションする人はそこでして、仲を詰めるのだろう。反応に鈍臭い僕は、それができない。
「俺は金沢。ただの部員。ちなみにもう知ってるかもしれないけれど、部長がユミル。副部長がタマちゃんね。
そうだ、アレ……もらった?」
「え。あれ……?」
「ほら、自作のパンフ、こんくらいの。部活紹介の」
「あ……! も、もらいました。えと……これ、ですか?」
バッグから取り出したけど、何度も読むうちに表紙はしわくちゃになってしまっていた。
「わーお。なかなか真面目に読んだんだね。いやそれね、実は俺が書いたのさ」
てっきりあの部長かと思ってた。絵も上手いし。今日イチの衝撃だ。
「え、絵が……すごい、ですよね」
「そーお? ありがとね。俺の父親って漫画家なんだよ。だから俺もそれを目指して、絵を少しばかしね」
「え……す、すごいですね! 漫画、ぼくも結構読むので」
会話が弾みそう、なんて思ったのも束の間。
「ま、ウソなんだけどさ」
「う……うそ?」
「あはは、いやいやゴメン。ついつい言いたくなっちゃうんだよね」
この人、嘘ばっかりじゃないか!
「ところで、ほら座りなよ。団子でも食べる?」
パイプ椅子に腰掛けると、目の前に差し出される一個だけ残った一色団子。思いっきり食べかけだ。本気で言ってるのだろうか。
「え……」
「なに? しょうがないな、食べさせて欲しいのかい?」
僕の目の前に近づく団子。
「だ、だ大丈夫……です」
「そうきたかぁ。口移しじゃなきゃ嫌だなんて、我儘な子だな。まぁでも、仕方ないね。みんなには、内緒だよ?」
「……!?」
一つ咥えると近づいてきた色気付く顔に、僕は人慣れできない保護猫のようになっていたのだが、そこで助け舟。誰かが入ってきた。
「ちょー!! 何やってんのよッ!」
衣笠先輩だ。
折よくスパーン! と豪快にプリントの束で叩かれた金沢先輩は、何事もなかったかのように団子をしゅぽっと口に吸い込ませて微笑んだ。
「うそうそー、ごめんね」
「そういう変なことしてるから、誰も来なくなんじゃないの。なんでこういう変なのしか集まらないのかしらねぇまったく。
あ、中原君来てくれたんだね、ありがと。よかったわ、少しでも興味を持ってくれたなら。でもごめんね、こんな変態と二人きりにさせちゃって」
「あ、いえ……」
「もう少ししたら玉縄さんも来るから、そしたら紹介から始めさせてもらうわね」




