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はずれスキルの探偵社  作者: 山岸マロニィ
Ⅲ. 最後の晩餐はかく語りき
9/15

 クイーンの住むアパートメントの空き部屋で一夜を過ごす。

 毛布に包まって眠ったネロは、

「おはよう」

 という明るい声で目を覚ました。野宿では満足に眠れなかったから、とてもスッキリした気分だ。


 オートミールをご馳走になり、彼女と共に探偵社に出社する。アパートメントから探偵社まで、歩いて五分ほどだ。


「おはようございま……」


 ネロは精一杯の挨拶をしてみたが、すぐさまジャックに

「行くぞ」

 と腕を取られて、挨拶は途中で終わった。

「あの、どこに?」


 返事は部屋の奥からあった。

「先程、スコットランド・ヤードのフルハタ警部から電話があってね。身元不明の遺体が見つかったから、一度見て欲しいと頼まれたんだ。君には、ジャックの相棒として動いてもらうことにしたから、よろしくね」

 ボスだ。朝からキッチリと身なりを整え、長い金髪にも隙がない。


 そんな彼の命令に、クイーンが抗議の声を上げた。

「えー、私の助手にしたかったのに」

「君の助手にはエースがいるだろ……今日も遅刻みたいだけどね」

「ま、そういうことだ」

 ジャックがなだめるようにクイーンの肩をポンと叩いて、ネロを事務所から連れ出した。


 いきなりの初仕事に、緊張を隠し切れない。通りに出てすぐさまやって来た警察車両の後部座席で、ネロは落ち着かない気分だった。


「あの……」

 戸惑いを抑えられずに、ネロはジャックに問い掛ける。

「いつもこうして、警察に協力するんですか?」

「いつもって訳じゃない。きっと、検死のブラウン先生からのご指名だ」

「ブラウン先生……?」

「うちでよーくお世話になってるお医者さん。不審な死体が見つかると、とりあえず警察に呼ばれて、死亡推定時刻やら死因やらを調べるんだ」

「その先生が、探偵に捜査依頼を?」

「捜査依頼はフルハタ警部からさ。ブラウン先生とフルハタ警部の見立てが食い違うと、仲裁に呼ばれるのさ」


 到着したのはテムズ川の岸壁だった。近くに大きな公園があり、タワーブリッジが見える。

 早朝の散歩を日課にしている近くの住人が、川に人が浮かんでいるのを発見し、警察に通報したようだった。


「ブラウン先生の見立てでは、死亡推定時刻は昨晩零時頃、死因は溺死のようですね」

 そうジャックに説明したのは、ライアン・J・フルハタ警部だ。日系人らしく、白髪混じりの黒髪をオフセンターで分けている。小柄で真面目そうな人物で、初対面のネロにも丁寧に自己紹介してくれた。


「探偵社の新入り君がこんな少年とは。正直、驚きましたよ」

 フルハタ警部は『風林火山』という漢字が並んだ扇子で口元を隠した。

「まだ見習いだ」

 ジャックはそう言うと、地面に敷かれたシートの近くに屈み込む人物に声を掛ける。

「ブラウン先生、何が気になるんだ?」


 白衣を着た背中が立ち上がる。そして振り向いた顔に、ネロは驚いた――女性だ。

 背中まで伸ばしたシルバーヘアは元来のものなのか、白髪なのかは分からない。けれどもケンのある眉根は、それなりの人生経験を物語っていた。


 彼女は忌々しいといった目をフルハタ警部に向ける。

「あの頑固者は事故だっつーけど、私は殺人だと見てる」

「殺人、ね……」


 ジャックがシートに近寄り、軽くめくる。ネロもついて行って彼の手元を覗き込むが、シートの下にあるのが死体だと分かり、何歩か後ずさった。


「殺人の根拠は?」

 ジャックは平然と死体を観察している。ブラウン先生はその様子を眺めながら答えた。

「服を脱がせりゃ一目瞭然だ。暴行の跡がある。それなのに、あの頑固者、身元が分からなけりゃ犯人探しは無理だと言い張って、事故ってことで捜査もせずに片付ける言い訳ばかり考えやがる」


 ブラウン先生は相当口が悪いようだ。「キンタマの小さい包茎野郎」と付け加えるから、フルハタ警部は眉を吊り上げた。

「い、いくらブラウン先生でも、言っていいことと、悪いことがありますよ!」


「その扇子に書かれてる言葉の意味は知ってんのか?」

 ブラウン先生は平然と言い返す。

「日本の有名なサムライ大将の、武田信玄のモットーだ。疾きこと風の如く、(しず)かなること林の如く、侵掠すること火の如く、動かざること山の如し。元を辿れば、古代中華の孫子の兵法になるが、言いたいのはそこじゃない」


 ブラウン先生はエメラルドのような緑の目を鋭く光らせた。

「あんたの尊敬するサムライ大将が、あんたの言い訳を聞いたら何と答える? 『キンタマの小さい包茎野郎』以外に、どんな言葉がある?」


「グッ……」

 フルハタ警部は言い返せないようだ。

 そんな彼に背中を向けて、ブラウン先生はジャックを見下ろす。

「でも、警察の組織ってモンも理解している。あんたが一人で頑張ったところで、上がウンと言わなきゃどうにもならない。だからジャック、あんたにこの死体の身元を調べて欲しいんだ」


 ジャックはしばらく無言で死体を眺めていたが、不意にネロを振り返った。

「おまえのスキル、死んだ人間にも通用するのか?」


 ――ネロの脳裏に、妹の死に顔が浮かぶ。


 誰も知らないうちに、孤児院の裏庭でひっそりと死んでいた。

 事故か、事件かと騒ぎになったけど、ネロは一目見て、彼女がどうして死んだのか分かった。


 ……イチイの実。


 裏庭で実る赤い木の実。甘酸っぱいけれど、種には猛毒があるから、食べてはいけないと厳しく言われていた。

 けれど妹は空腹に負けて、こっそりと食べてしまった。

 甘酸っぱい風味を口いっぱいに頬張る快感に誘われて、満腹になるまで食べたのだ――種も一緒に。


 お腹が満たされた幸せそうな死に顔を、ネロは心底、羨ましく思った。


 それがネロの、スキル発現の瞬間だった。


 だからネロは、ジャックにはっきりと答えた。

「はい、できます」


 ネロは前に出た。

 無惨な死に顔に顔をしかめながらも、彼は死体の、最後の食事を見て取った。


「……豪華なディナーですね。フランス料理のレストランかな。色鮮やかに盛り付けられたディッシュと、ワイングラスが見えます」


「それはおかしい」

 ブラウン先生が口を挟んだ。

「そんな高級店に、この死体が着ている安物のジャケットでは入れない」

「死んでから着替えさせたか。身元を隠蔽する常套手段だ」

 無精髭の目立つあごに手を当て、ジャックがニヤリとした。

「他に分かることは? 店の内装とか?」

「藍色のテーブルクロスに……天井には、花の形のシャンデリアが掛かっています」

「一人じゃないだろ」


 ジャックに導かれるように、ネロは意識を脳内の景色に集中させる。

「……二人、見えます。ベルベットのドレスを着て、蝶の形のネックレスを付けたブロンドの髪の女性と、四歳くらいの女の子。家族みたいです……温かいけど――とてつもなく悲しい気持ちで、この人は食事をしています」


 途端に、ネロの目から涙があふれた。


「この人は、死ぬのを分かっていて、家族と最後の晩餐をしたんです。死ぬと悟られないように、無理をして、笑って……」


 崩れ落ちそうになるネロを、ジャックが抱き留めた。

「もういい。おまえは死体の男とは無関係だ。同情する必要はどこにもない」

「…………」

「この男の身元を探し出す。それが俺たちにできる弔いだ」

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