最終章 陽だまりのパンと月の氷菓子
厨房での出会いの後、雪巴とパン職人の青年――彼の名はリオといった――の関係は、ごく自然に深まっていった。
不思議なことに、雪巴の【浄化の氷細工】と、リオの【陽だまりのパン】のスキルには、特に相乗効果はなかった。彼女の聖なる氷が、彼のパンの味を劇的に変えるような奇跡は起こらなかったのだ。
けれど、二人にそんなものは必要なかった。
リオは、彼女の力が役に立つからではなく、雪巴という人間そのものに惹かれていた。そして雪巴もまた、彼の焼くパンのように温かい心に、救われていた。
二人の幸せは、スキルのシナジーなどという、ご都合主義なものではなかったのだ。
季節は巡り、王都に再び収穫祭の季節がやってきた。
かつて、雪巴が全てを失った、あの祝宴の日。リオが「行ってみようよ」と誘った時、彼女は一瞬、身体がこわばった。けれど、隣で微笑む彼の顔を見ていると、不思議と恐怖は和らいでいった。
祭りの日、二人は手をつないで、王都の賑わいの中を歩いた。
以前のような、息の詰まる貴族の祝宴ではない。誰もが身分を気にせず、音楽に体を揺らし、美味しいものを頬張る、活気に満ちたお祭り。
雪巴は、かつてアレン王子に拒絶された噴水の前を、リオと共に通り過ぎた。あの日、怪物のように見えた氷の彫刻は、もうどこにもない。ただ、楽しげな人々の笑い声が、噴水の水音に重なって響くだけだった。
もう、怖くはない。
そう、はっきりと感じた。隣でリオが、彼女の手を固く握ってくれていたから。
その夜、二人は塔の上に登り、祭りの灯りが宝石のようにきらめく王都の夜景を見下ろしていた。
リオが、ふと呟いた。
「いつか、二人で小さなお店、開けたらいいね。俺がパンを焼いて、雪巴が、あの綺麗な氷のお菓子を作るんだ」
それは、あまりに自然な言葉だった。
計画も、計算も、何もない。ただ、この幸せな時間が、明日も、その先も、ずっと続けばいいという、素朴で、温かい夢。
「……うん」
雪巴は、心の底から頷いた。
「お店の名前は、『陽だまりのパンと、月の氷菓子』だね」




