第一章 凍てついた心
呪いがその正体を現すまで、私は確かに、家族に愛されていた。
少し内気だけれど、家の中ではおてんばでよく笑う、優しい子。それが、幼い頃の私だった。母は、そんな私を見つけると、よく腕の中に抱きしめてくれた。風邪を引いて寝込んだ日には、他の兄弟には内緒よ、と甘い蜂蜜を入れたミルクを持ってきてくれた。仲の良い両親が、私を見つめる眼差しは、いつも温かかった。
六歳の誕生日に、父が贈ってくれたのが、一羽の小鳥だった。ピップと名付けたその子は、私にとって唯一無二の友達になった。私の指からついばむ餌の感触、小さな体温、そして決して私を否定しない優しい鳴き声。凍てつくような公爵家の屋敷の中で、ピップのいる鳥かごの周りだけが、私の心を溶かす陽だまりだった。
その陽だまりが、永遠に失われたのは、ある冬の朝のことだ。
ピップは、さえずらなかった。
鳥かごの隅で、小さな体を丸めて動かなくなっている。いくら指で触れても、名前を呼んでも、ピップはもう温かくはなかった。
初めて経験する、死の冷たさ。大切なものを失った、絶対的な喪失感。
私の胸は、張り裂けんばかりの悲しみで満たされた。
その時だった。
ピシッ、と空気が割れるような音がした。
私の涙が頬を伝い、床に落ちた瞬間、そこから青白い霜の結晶が、美しい紋様を描きながら広がり始める。
「やめて……ピップが、もっと寒くなっちゃう……!」
私の意思とは裏腹に、呪いの力は奔流となって溢れ出す。ピシ、ピシピシッ!と音を立て、霜は鳥かごを包み込み、ピップの亡骸ごと、美しい氷の墓標へと変えていく。部屋の窓ガラスは凍りつき、壁を駆け上がった氷は、シャンデリアから氷柱となって垂れ下がった。
その異様な光景を見つけた両親の反応は、悲しみに暮れる娘への同情とは、かけ離れたものだった。
あれほど優しかった父は、まるで価値の損なわれた調度品でも見るかのように、冷たい無関心の目を向けただけだった。
そして、私を抱きしめてくれた腕で扇子を握りしめ、母は溜息混じりにこう言ったのだ。
「まぁ、なんてこと。呪い持ちだったなんて。わたくしとしたことが、とんだハズレくじを引いたものですわね」
その一言が、私の人生の全てを決定づけた。愛されていたはずの私は、この日を境に、ただの「出来損ない」になった。
感情を殺し、呪いを抑え込むための「訓練」が、その日から始まった。
地下の冷たい石造りの部屋で、私は繰り返し、自分の心を凍らせる練習をさせられた。母の侮蔑の言葉は、どんな氷よりも冷たく、私の心を突き刺した。
そんな日々の中での唯一の逃げ場、それが屋敷の書庫だった。
高い天井まで届く本棚に、古の物語が眠る場所。埃と古い紙の匂いに満ちた静寂の中で、私は本の世界に没頭した。そうしていると、周りの音が何も聞こえなくなる。
心を惹かれたのは、理不-尽な世界で懸命に生きた女性たちの物語だった。
孤独な王妃『真理』。そして、奇妙な世界を冒険する少女『有栖』。
彼女たちの物語は、凍てついた私の心に、ほんの少しの勇気と、知りたいという好奇心を灯してくれた。
私の心は、呪いという冷たい氷の大地の上にあった。
その上に、物語の記憶や、時折使用人がくれる焼き菓子、そんなささやかな喜びが、はかない雪のように降り積もっていく。けれど、母の冷たい一言という吹雪が吹けば、雪はたちまち吹き飛ばされてしまう。そしてまた、凍てついた大地が顔を出す。
生きていることは、常にその繰り返しだった。
けれど、その凍てつく大地の上に、ほんの一片でも美しい雪の結晶が乗っている限り、私はどうにか生き延びることができたのだ。