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13

「……っ、アサギさん、なんてことをするんですか?!」


 唇を離した瞬間、ロッタが抗議の声を上げた。


 けれど、アサギはそれを無視してもう一度、ロッタに口づけをした。それから、さんざんロッタの唇を味わってから、こう言った。


「なぁロッタ、つまり俺と結婚するってことで良いよな」

「……はい」


 ロッタはアサギのコートの胸元をギュッと握りながら、観念したように小さく頷いた。


「そんじゃあ、ま、これから末長くよろしく」

「......うん」


 ようやく長い片想いに終止符を打つことができたアサギは、愛しい婚約者をギュッとだきしめる。


 そして長旅を終えたような安堵の溜息を吐きつつ、ロッタに聞こえない程の小さな声で、ポツリと呟いた。


「もう俺、我慢はしないから覚悟しとけよ」 


 


***




 ─── それから二ヶ月後。


 ロッタは片手に職場一同から贈られた小さな花束と、反対の手には身の回り品を詰め込んだ鞄を持って、王宮の裏門の前に立つ。


 そして見送りに来てくれたメイド仲間たちに向かってぺこりと頭を下げた。


「短い間でしたが、お世話になりました」


「おめでとう。元気でね」

「幸せになってね」

「一緒に働けて嬉しかったわ。末永くお幸せに」


 そんな祝福の言葉を送られるロッタの退職理由は、もちろん『寿』で。


 王妃の懐妊の為に生贄にされるはずだった地味なメイドが、まさかの玉の輿。


 ロッタを見送るメイド達は虚勢を張って笑顔でいるが、全員が『そんなのってアリ?!』と内心、イーっとハンカチを口に咥えて悔しさを堪えていた。


 その中にはかつての王妃の取り巻き連中もいたけれど、最後までロッタは気付くことができなかった。


 それがちょっとばかし残念なところではある。だが、ロッタはにこにこ笑って門の外に出た。


 裏門を隔てた先には、ピカピカに磨かれた2頭立ての豪華な馬車が停まっている。


 そして馬車の前には、異国の盛装をした青年がロッタを見て眩しそうに目を細めて手を挙げた。


「お待たせ、アサギさん」

「ああ。忘れ物はないか?」

「うん。大丈夫」


 当たり前のようにアサギはロッタの荷物を奪い、馬車の扉を開ける。


 城門の向こうでは、未だに悔しげに顔を歪ませるメイド達がいる。


 声こそ聞こえないが明らかに『なんであの娘がっ』と妬み嫉みの言葉を囁き合っているだろう。そして、見えない位置から、きっと王妃も鬼の形相でこの光景を眺めているはずだ。


 ─── 最後に、軽い挨拶でもしておくか。


 不意にそんなことを思いついたアサギは、わざと乱暴に馬車に乗り込もうとするロッタの腰に手を回す。


 次いでよろめくロッタを抱き寄せ、耳元に唇を寄せた。


「ロッタ、まだ皆が見送りしてるぞ。手でも振ってやれ」

「……う、うん」


 ぎこちなく頷いたロッタは、これまたぎこちなく門の向こうにいる元同僚に向け小さく手を振った。


 すぐさまメイド達は、とってつけた笑みを浮かべてロッタに手を振り返した。


 その一連のやり取りを見守っていたアサギは、満足そうに頷いて「じゃ、行こっか」と言ってロッタに乗車を促した。





 ロッタとアサギを乗せた馬車は、軽快に車輪の音を響かせながら王都の町並みをすり抜けていく。


 向かう先は、ロッタの両親の元。改めて結婚の報告をするのと、海を渡った遠い異国へ旅立つ別れの挨拶をするために。


 しかし、ロッタの表情は浮かなかった。


「…… お迎えはいらないって言ったのに」


 恨み言を呟くロッタに、アサギはにこりと笑った。


「そんな無理を言われたって、聞けるわけないだろ」

「…… そうかなぁ」

「ああ、そうだ。ま、もう過ぎたことだし気にするな。それよりロッタ、もう少し嬉しそうな顔をしろよ。()()()()()()()()()()()なんだからな」

「そ、そうだね」


 アサギの言葉に、こくこくと頷いたロッタはにかっと歯を見せて笑った。


 実はロッタ、結婚すると腹を括った後にアサギからこんなことを言われている。


『夜伽の一件なんかすっかり忘れて、世界で一番幸せになるのが、王妃への()()()()()()()だぞ』と。


 良く言えば素直。言葉を選ばなければ単純で、未だに不完全燃焼感を持っていたロッタは、アサギの言葉を鵜呑みにして、王妃へちょとだけ仕返しをすることを選んだ。。


 そんな訳で、つい先程、同僚達の殺気すら感じられる羨望の眼差しに気付かぬフリをして、門の外に出たというわけだ。


 といってもロッタは、アサギからの求婚騒ぎのお陰で、夜伽の件はもう既に記憶の彼方に葬られようとしている。


 …… ただアサギは、ロッタのようにお人好しではないので、この後もじわじわ王妃を追い詰めていく所存だ。





 季節は流れ、秋の中頃。


 王妃マルガリータは、無事、王子を出産した。


 祝いの宴にはもちろん、ムサシ国の第14王子とその妻も。


 始終天井から花びらが散らされる祝福ムード全開のこの席で、主役である王妃マルガリータは、何故だかずっと頬が引きつっていた。


 招かれた賓客は、産後の疲れが癒えていないのだろうと判断していたが、本当の理由を知るのは、ムサシ国の王子だけで。



 ちなみにムサシ国とリンフィーザ国は、その後、平和的かつ協力的な関係を保ち、屈指の友好国となった。


 ロッタのささやかな復讐は、石女王妃を一児の母とし、とある国王陛下の男性機能を回復させ、どこぞの国の王子を幸せにして、また二つの国をより繁栄させたもの。


 そう。沢山の幸福を運んだだけで、誰も不幸にはなっていない─── 表面上は。



◇◆◇◆ おわり ◆◇◆◇ 

無事完結を迎えることができました。


最後までお付き合い頂き、ありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かったです! 王妃さま、「ざまぁ」です。良かった良かった。
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