やっぱり、八神君にもわたしのような力があったのね!
……そんな訳で、僕らは後部座席でぴったりくっついて座り、無言のままいちゃいちゃしていた――ように見えたのだろう。
腹立たしいのか、しばらくすると石田氏がまた話しかけてきた。
「なあ、せめて目的を教えてくれやっ」
さっき僕は「黙って目的地までどうぞ」と指示したはずなのに、逆らっている。ルナが最初に「今後は私同様、この人の命令も聞くのよ」と命じた効果が、薄くなっているようだ。
「黙れって八神君が命じたはずよ……どうして無視するの」
ルナが、切れ長の目をすうっと細めた。
「尋ねただけだぜ?」
不思議そうに石田氏が首を傾げたので、ルナの機嫌はさらに悪化した。
「……気に入らないわね。段々、首を引きちぎりたくなってきたわ」
ついに僕から身を離し、本格的に石田氏を睨んだ。
イビルアイに永続的な効果はないとはいえ、普通は一週間以上保つらしい。
ルナにすれば、自分の能力に挑戦されたような気がするのだろう。
「いいよ、ルナ。石田氏の例は希少例なんだろ? いっそ、どこまで抵抗できるのか、試してみるのもいいかもしれない。今後のためにもさ」
僕は軽く目を閉じて己のコンディションを確かめ、息を吐く。
よしよし、今日――というか、今は大丈夫そうだ。
「僕の調子もいいようだから、いざとなっても、ルナに頼らずになんとかできそうだしね」
途端に、ルナが目を輝かせた。
「やっぱり、八神君にもわたしのような力があったのね! 絶対そうだと思ってたわっ」
「うーん……多分、ルナが想像するような便利な力じゃないよ。あるにはあるけどね、最弱にして最強の能力が」
「おまえら、なんの話をしてんだ? 能力ってのはどういうことだよ!? それと、俺をどこに連れて行くつもりなのか、説明しろっ。あと、後ろでいちゃいちゃしないでほしいねっ。こう見えても独身だぜ!」
ストレスが溜まってたのか、言いたいことを一気に吐き出した感じだった。
「いや、独身だと最初から思ってましたし」
「女の子に無縁だと、最初から思ってたわ」
僕らは見事に同時に声に出し、顔を見合わせて笑った。
「ちくしょう……馬鹿にしやがってえっ。今に見てやがれっ。ガキに脅されて震え上がってる俺じゃないぞっ」
よほど腹が立つのか、石田氏は肩を震わせていた。
ステアリングを握る手が真っ白である。
「だから、それが間違いなんですって」
僕は穏やかに反論する。
「ルナはただの洋風美少女じゃないし、僕だって見た目通りじゃない。貴方はむしろ、震え上がるべきなんですよ。自重しましょう……自分自身のために」
「けっ、今のうちに言ってろ」
忌々しそうに石田氏が唸り、会話はそこで終わった。
それから数分ほどで国道を逸れ、目当ての倉庫街に入った。
ちなみに、倉庫街というのは正式名称ではない。港が近いこの周辺に、業者の倉庫がたくさん建ち並んでいる故の通称である。
僕は細かく道を教え、一番隅にある貸倉庫の駐車場に、車を停めさせた。
「さ、降りてください」
「言われてなくてもっ」
問題は、そこで起きた。
三人バラバラに降りた途端、石田氏が振り向きざま、スーツの内ポケットから銃を出したのだ。小型の拳銃で、多分ベレッタとかその辺りだろう。
「よしっ、ようやく俺の身体が言うことを聞いてくれたっ。お遊びはここまでだぞ、ガキ共」
「普通、警察官はそんな銃なんか支給されませんよね? て、ルナっ!?」
石田氏の抵抗など僕はさして気にしなかったし、質問する余裕まであったが。
それでも、ルナが素早く動いて僕の前に立ちはだかり、両手を広げて庇ってくれたのには驚いた。
そこまで大事に思ってくれてると知り、さすがの僕も少し感激したほどだ。
セーラー服姿の美少女ヴァンパイア貴族に庇われる僕とか、数日前まで想像もしなかったし。
「大丈夫だよ、ルナ。どうせあの人の銃は役に立たないから」
「八神君が怪我でもしたら、誓っておまえを八つ裂きにしてやるわっ」
ルナが低い声で唸った……怒りで、僕の声すらよく聞こえていないらしい。
既に瞳が赤く染まりかけていた。
……だから彼に、自重しろと言ったのにな。




