僕に不利なことは起こらないでしょう
「大丈夫だよ、ルナ」
背後から、身長が自分とそう変わらないルナの腰に手を回し、両腕で抱き締める。
落ち着かせようとしてそうしたのだが、例によってルナの髪の香りと……それにしなやかな肢体にこっちが陶然となりかけてしまった。
「八神……君」
今にも石田氏に襲い掛かろうとしていたルナは、小さな声を上げ、ふっと身体の力を抜いた。
「さっき言ったろ? 今は自分でなんとかできそうだ。……これも予定のうちだから、見ててくれると嬉しい」
「本当に大丈夫……なのね?」
そっと振り返った瞳から、薄赤い色が少しずつ抜けていくのがわかった。
「大丈夫、大丈夫。むしろ、石田氏を心配した方がいいと思う」
「あいつは死んだっていいの」
「はははっ」
「おいっ、勝手に話すな! 今状況を動かしているのは、俺だぞっ」
強面の元刑事らしい恫喝声で、石田氏が脅しをかけた。
さすが、やりなれているらしく、凄みがある。
「いや、貴方はなにも動かせてませんよ。自分でそう信じ込んでるだけです」
「笑わせるなっ」
動けるようになり、強気になった石田氏がせせら笑う。
「女を盾にして逃げる気か、八神っ。すくんでないで、前へ出ろよっ」
「……盾として見るなら、ルナは貴方が想像する以上なんですけど、じゃあ出てきましょうか」
「お願いだから、気をつけてね!」
「すぐ済むよ」
名残惜しそうに手の甲にキスしてくれたルナから離れ、僕は石田氏のご要望通りに、前へ出てやった。彼が間合いを空けていたから、それでも八メートルくらいは離れているだろう。
「モデルガン好きだった頃に図鑑で見ましたけど、それってベレッタM950ですか? 掌に載るサイズの小型拳銃ですね。それで、本当に僕を撃つつもりで?」
「おまえ、俺が絶対に撃たないと思っているな。ナメるなよ、八神っ。他に方法がないとなりゃ、俺は撃つぞっ。だから、あの催眠術じみた手品は、二度とやるなっ」
盛大に顔をしかめて石田氏が吐き捨てる。
「ああ、イビルアイ? 催眠術じゃないんですが、まあいいです。で、もし撃ったら警察にどう言い訳するんですか? それとも、オトモダチのヤクザさんに助けを求めるのかな」
石田氏がはっとした顔で僕を見返した。
すぐに表情を眩ましたが、今更遅い。やっぱり、そっちと繋がっていたか。
「だって、そんな拳銃、普通は支給されませんしね……さっきも言ったけど」
「おい、何をするつもりだ? 止まれっ」
僕が歩き出したのを見て、石田氏がさっと銃を構え直した。
「実は、これから何が起こるのか僕にも不明だから、予想してみますか。ええと……撃つには撃つけど、暴発して貴方が怪我する? 確率高そうなのは、それかな?」
ゆるゆると進み続けると、石田氏が喚いた。
「止まれと言ったぞ! いいか、この近辺は俺もたまに来る。人の出入りなんか滅多にないから、小型拳銃の銃声も喚き声も、どうってことはないんだぞっ」
「倉庫街だし、そりゃこの時間帯に人の出入りなんかないですよね……昼間もないけど。もちろん、知ってますよ。だから、わざわざ車でここに来たんだから。場所を指定したのは僕なんですが?」
忘れているらしい石田氏に指摘したが、彼は返事代わりに、拳銃を空に向けて撃った。
バンッと意外と間抜けな音がして、薬莢が排出されるのが見えた。
あいにく、僕は止まらないが。
「ああ、警告ですか。なら、これはカウントできないな。じゃあ、例外ってことで。……となると、次が暴発かな? あるいは、貴方が脳溢血で倒れるというサプライズかも」
予想を並べつつ、僕はさらに進む。
「いずれにせよ、貴方が結構なワルだというのは、もうわかった。なら、悪党絡みってことだから、僕に不利なことは起こらないでしょう。さして『世界を曲げる』わけでもないし」
警告の発射を歯牙にもかけない僕を見て、石田氏は幽鬼を見たような表情になった。
「わけのわからんことを、ほざきやがって! なら、奇跡でも祈るんだなっ」
二メートルほど手前まで接近したところで、石田氏は今度は僕の足を狙って引き金を引いた。




