春18日 ディオ ラスシャ村!春の○○祭
「出るんだって……」
声をひそめて、顎をちょっと引いて、上目使いでシュシュが言う。
なんだろう……上目使いなのにまるで可愛い感じがしない。
声のトーンのせいかな。
「出るって、何が?」
まあ、聞かなくてもわかるけど。
でも、聞き返すのがマナーだよね。
幽霊かあ。怪談と言えば夏ってイメージが強いけど、幽霊話は案外、季節問わずあるものだよね。
「変質者」
あ、変質者の方だったか。
変質者の旬は春らしいからね。
「今年も恒例の、『ラスシャ村!春の変質者祭』が始まったわねー」
「十人捕まえるごとに、白い筋肉プレゼントだ」
「最低な村だね」
上から、シュシュ、バトレイ、アンシー。
アンシーの言葉に同感。
あと、さすがにこの小さな村に十人もの変質者はいないと思いたい。
それから、筋肉は自前で間に合ってます。
「容疑者は絞れてるんだよね?」
「一応候補は上がってるよー」
人の出入りも少ない村だ。変質者も毎年同じ人物だったりする。
というか、厳密にはこの村の人間じゃない。
隣町から、わざわざ露出行為をする為だけに、この町に通ってくる人物がいるのだ。
その名もヘンリー・シツシャタイという。
この村、可愛い子多いから、気持ちはわかるようなわからないような。
「ルリが図書室に行った時に、鏡にヘンリーが映ったのを見たんだって」
「それは、ルリちゃんは大丈夫だったの?」
「ヘンリーの方はルリに気づかなかったみたいよ。
露出の準備をしてたみたいね」
容疑者はわかっているんだけど、ただ、向こうも捕まり慣れていて、
年々オレたちから隠れるのが巧みになってるんだよね。
現行犯で捕まえないといけないんだけど、オレたちの尾行に気づいているらしくて、尾行中は絶対変態行為に及ばない。
パトロール中にヘンリーに遭遇することも稀だ。
そのうえ、なんとかかんとか頑張って捕まえてもさ、半月程度で釈放だから、毎年毎年繰り返すんだよなあ。
自警団が出来るのは捕まえることだけで、あとの対応を決める権利はない。
もっと厳しく管理してほしいよ、ほんと。
ところで、変質者にもいろいろタイプがあるらしいけど、ヘンリーは、見せてくるだけのタイプらしい。
襲って来たりしない分マシな気もするけど、でも、花とか見ながら爽やかな気分で歩いてたのに、いきなり変質者に絡まれて見せられるとか、最悪だよな。
オレだって嫌だ。女の子ならなおのことだろう。
「それで、今年はどうする?」
そんなヘンリーの、一筋縄ではいかない捕獲の作戦を立てようってことだけど……
「あみだくじでいいんじゃない?」
シュシュがすでに紙に棒を書いてあみだを作り始めている。
「あみだに書く犠牲者を決めないと」
そう、作戦はおとり作戦と決まっている。
決めなければならないのは、おとり役だ。
「去年までのおとりに使ってない子……」
ちなみにこの作戦、五年前から行われている。
つまり、すでに五人の女の子が、おとりという名の犠牲者になってきたわけだ。
「なんかさ……他に方法、ないのかな?」
いくら変質者を捕まえるためとはいえ、
そのために毎年犠牲者を出すのは本末転倒なんじゃないのか?
ヘンリーだって、毎年新しい子に自分を披露できるなら、それがおとりで捕まっても本望なんじゃ。
女の子を守るためにやってるはずが、守るどころか傷つけてるって、やっぱ納得できない。
いくら本人が協力に納得していたとしても。
「一応、もう一個案はあるよ」
シュシュが作ったあみだに、さらに横棒をつけたしていたアンシーが言う。
ところで、横棒に装飾付けて(猫の顔型とか)、見にくくするのはやめないか?
森に入って少し行った場所に、かすかに開けた場所がある。
日当たりが良いそこは、誰かが種をまいたのか、自然に生えてきたのか、色とりどりの花が咲く花畑になっている。
オレはそこで、変質者と対峙していた。
「はあはあ……美しいおじょうさん……」
誰がお嬢さんだ!と言いたいところだけど言えない。
オレは今女装をしている。
「女の子をおとりにするのが嫌なら、女装をすればいい」
と、アンシー、いやアンシーさんに言われてしまったのだ。
他に良い案が思いつかなかったから仕方ない。仕方ないんだ。
精神的に恒常的なダメージを受けているけど仕方ないんだ。
「●※▽■÷※◆!」
精神的なダメージを考慮して、変質者の台詞にはモザイクをかけておく。
きこえない、きこえない。
変質者は無事に(?)露出を完了し、近くの木の上に隠れていたバトレイ、シュシュは無事にヘンリーを取り押さえた。
オレは見せられたことにより、精神的ダメージが許容量を超え、白目を剥きかけた。
「では、町まで連れて行く」
縄でぐるぐる巻かれたヘンリーを連れ、バトレイとシュシュは隣町へ。
道中万が一にも露出しないように、腰のあたりは特に念入りに巻いておいた。
別れ際シュシュが「じゃあね、美しいお嬢さん。……ぷっ」と言い残していき、
そのダメージでオレは白目を剥いて意識を手放し……
いや、ここで、この格好で、意識を手放すわけにはいかない!
着替え!早く着替えを!
一刻も早くこのドレスを脱ぎたくて、ボタンを外しつつ、詰所に向かう。
ウィッグももう取ってしまおう。
「きゃっ」
急いでいたせいか、動きにくい服のせいか、森を出たところでマリーにぶつかってしまった。
「あ、ごめん」
尻餅をついたマリーに手を差し出す。
が、マリーは「ひっ」っと小さく悲鳴を漏らし、白い顔で座ったまま後ずさった。
あ、オレ今女装だった。
ぶつかった拍子に一瞬忘れてたわ。
「えーっと……マリー、これには事情が……」
「へ……へんたーーーーーーーーーい!!!!」
でっかく叫ぶとマリーは意識を失ってパタリと倒れ、オレは近くにいたマリーの使用人のサトウに取り押さえられた。
声を聞いて、詰所で待機していたアンシーも駆けつけて、
「何で脱いだの?変態?」
と、冷たい目と手鏡を向けられた。
鏡には、縄でぐるぐる巻きにされていく半裸の女装男が映っていた。
今度こそ、意識を手放してもいい、よね?