春18日 マリエッタ 大人の階段全力降下
「出るんだって!」
午後、鍛冶屋の双子があたくしの家にお菓子を食べにきた。
まったく、迷惑だわ。我が家はカフェじゃないのよ!
来るなら来るって言ってくれないと、
お菓子の用意が出来てなかったらどうするのよ!
まあ、そんなこともあろうかと、いつも二人分余分にお菓子を用意してるからいいけど?
「出るって、何がですの?」
あたくしの質問に、クーリエがきらめく大きな瞳をさらに煌めかせる。
「お化けですっ」
「幽霊だよ……ただの噂で、いないと思うけど」
クーリエはまだまだ子ども。
アシュレイの方は大人ぶりたい年頃なのかしらね。
今日も、アシュレイはクーリエに無理やり引っ張られてここに来たみたいでしたし。
少し前までは二人揃ってお菓子を強請りに来ていたのに。
べっ……別に、寂しくなんてないけど?
ただ、二人用に取り寄せた甘い香りのお茶が使い切らないと無駄になってしまうと思っているだけで!
「幽霊……どこに出ますの?」
あたくしが小さい頃も、アンシーとディオと三人で、幽霊が出ると噂のところに肝試しに行ったものだわ。
だいたいは、村のはずれのノエル先生の家のお屋敷が、幽霊騒動の舞台なんだけど……。
「丘のお屋敷ですっ」
ああ、やっぱり今でも変わらないのね。
村のはずれの丘の上には、ノエル先生のご実家であるヴァルドリー侯爵家の別邸が建っている。
あたくしの亡くなったおじい様が小さい頃には、時々ヴァルドリー侯爵家の方がお見えになり、屋敷に滞在されることもあったらしいの。
でも、あたくしのお父様も、もちろんあたくしも、ノエル先生以外のヴァルドリー侯爵家の方があのお屋敷に滞在されるところを見たことはない。
ノエル先生さえも、お屋敷には住んでいらっしゃらないし。
先生は、ロヴァ亭の近くに小さな家を借りて住んでいる。
屋敷は時々メイドのスーニさんが掃除をしているらしくて、それにより、お屋敷は廃墟となることもなく保たれている様子。
とはいっても、人気のない広いお屋敷なんて、怖いことには変わりはないのだけど。
「図書室のね、鏡にバーン! って白いのが!」
図書室の……鏡……?
お屋敷にはたくさんの本が収められた部屋があって、ノエル先生のご厚意で、村人に解放されている。
あたくしも昔、時々そこに本を借りに行った。
本を読んでいるとノエル先生が褒めてくれたから。
でも、図書室に鏡なんてあったかしら……?
「図書室に行く途中の階段の踊り場のやつだよ」
「ああ、あの大鏡」
あの鏡、よく怪談に使われるのよね。
逆さまに映るとか、自分が映るけれど自分と違う動きをするとか、
魔界に繋がっているとか、異世界に繋がっているとか……。
あと一個あったわね、なんだったかしら。
とにかく、噂を聞くたびににアンシーたちと確認にいって、結局不思議なことは何もなくてガッカリしたものだわ。
「それで、誰が幽霊を見たの?」
あたくしの小さい頃もそうだったけど、こんな小さな村なのに、噂の出所ってどこだかわからなかったりするのよね。
「ルリ姉が見たって」
「ルリが?」
たしかにルリは本が好きでよく図書室に通っているけど、あのしっかり者で現実主義のルリが幽霊を信じるとは思えない。
「ルリは幽霊だとはいってなかった。
けど、危ないからしばらくはお屋敷に近づかない方がいいってさ」
「でもでもっ、きっとお化けですっ。危ないお化けですっ」
なるほど。幽霊だって騒いでいる中心は、今回はこの子たちなのね。
でも、ルリが話を曖昧にしたまま「危ない」って忠告するなんて、なんだか気になりますわね。
「今から行ってくるのですっ」
「危ないから近づくなって言われただろ」
「お化けなんて退治してやるですっ。
じゃないとルリ姉がご本を読みにいけないですっ」
あらあら、困ったわね。
ルリが無意味に忠告するとは考えられないから、行かせない方がいいと思うのだけど。
どうやって諦めさせようかしら。
妙案が思い浮かばずに、なんとなく部屋を見渡す。
と、部屋の壁が一部盛り上がっていたことに気付いた。
ええ、盛り上がっていることは前から気づいていたの。
ただ、いつものことだから放っておいただけで。
「サトウ」
「ハッ」
壁紙と同じ模様の布を使い、壁と同化をはかっていたサトウが、あたくしの斜め後ろに立つ。
あたしはテーブルの下でこっそり書いたメモを、サトウに渡した。
「二人をなんとかして足止めして」と。
丸投げですけど、構いません。サトウは使用人ですから。
サトウは「御意」と返事をすると、メモを手のひらの中にギュッと握りこんだ。
そしてぱっと手を開く。メモはもうなくなっていた。
「すごーいっ魔法!?」
「手品だろ」
「忍法でゴザル」
などというやり取りを経て、四人で、お屋敷に向かうことになった。
あら?おかしいわね。止めるはずだったのに。
どうしてそういう結論にいたったかは、いろいろと話が脱線しすぎて説明ができないけれど、とにかく子ども二人だけじゃなくて、あたくしたちもついて行くならいいだろうってことになりましたの。
まあ、止めても聞くとは思えないですしね。
好奇心ってそういうものですもの。
結局、お屋敷の鏡には何も映らなかった。
「お化け……映らないです……」
「そうですわね」
「ウム」
「…………」
まあ、怪談なんてこんなものよね。
ほっとする反面、ほんのちょっとガッカリしてしまうわ。
「帰りましょうか」
「うん……」
「御意」
「…………」
アシュレイったらさっきから喋りませんわね。
やっぱり内心は、幽霊が楽しみだったのかしら。
出なくてガッカリしているのかしらね。
この世に不思議はないってことを少しずつ経験から悟っていくのも、大人への階段を上る行為だから、頑張りなさいな。
もう夕暮れ時だけど、二人は家に帰らず鍛冶屋に寄って行くというので、そこまで送っていく。
地面に延びる長い影は四つ。
「ここにいないはずの五人目の影がある」なんて怪談もあったわね。
そうそう! あの鏡も「三人で行くと四人目が映る」って怪談があって、アンシーとディオと確かめに行ったんだったわ。
さっきなんて、もう一人映るどころか、だれ一人映らなかったけど!
……………………あら?
「さっきの、鏡……さ……」
ずっと黙っていたアシュレイが、ポツリ、ポツリと話し出す。
やめて! その先は聞きたくないわ……!
「映らなかったね……ボクも、クーも……マリーもサトウも……」
「……………」
揃って五秒の沈黙。
「ギャーーーーーーーーー!!!!」
四人で訳も分からず走り出す!
走りながら躓きかけて、ふと足元を見る。
影が五つに増えてる!!!!
影から逃げるようにさらに速度を上げて走る!
と、建物の陰から出てきた人とぶつかった。
「あ、ごめん」
そう言って手を差し出してきた人物は……
「へ……へんたーーーーーーーーーい!!!!」
まさしく変態だった。
校門の幽霊、前門の変態!
ああ……もう、ダメ……。




