表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
7/23

朝から 新婚さん

 朝の光がカーテンの隙間から細く差し込んで、シーツの皺にやわらかな影を落としている。


 背中に回された腕の重みで目が覚めた。ヴィルの腕だ。昨夜からずっとこの体勢だった気がする。寝返りを打とうにも、引き寄せる力のほうが先に来て、肩甲骨のあたりに広い胸板の温度がじかに伝わってくる。


「ヴィルったら、朝っぱらからなに?」


 耳のすぐうしろで低い声が返る。


「新妻の抱き心地を味わっているところだ」


 無精髭がうなじをかすめて、くすぐったさに首をすくめた。振り向こうとすると腕に力が込められて、かえって密着する。


「もう……昨夜からそればっかりね。なんだか甘えんぼの子どもみたい」


「悪いか?」


 照れも衒いもない声だった。からかいでもなく、ただ本気だけが短い二語に詰まっている。こういうところが困る。


「わるくは、ないけど」


 自分の声が小さくなったのがわかって、ミツルは唇を引き結んだ。背中越しに伝わる体温が、じわりと耳まで昇ってくる。


「なら、もう少しこうさせてくれ」


 囁くように言って、ヴィルの顎がミツルの髪に沈む。黒い髪のあいだに鼻先を埋めるようにして、深く息を吸い込む気配がした。まるで匂いごと覚えておこうとするみたいに。


「だめです。仕事は待ってくれませんよ」


 声だけは毅然と取り繕ったつもりだったが、身体のほうはまるで動けない。腕の輪から抜け出す気力が、朝日と一緒にとろとろ溶けていく。


「今日一日くらい――」


「あらあら、真面目なあなたらしくもない。何かあったの?」


 少しだけ首をひねって、視界の端にヴィルの横顔をとらえた。金色の髪が寝癖で乱れて、目尻のあたりにまだ眠気が残っている。それなのに、こちらを見る瞳だけが妙にまっすぐで、ミツルは思わず視線を逸らした。


「なんでもないさ。ただ、片時も離したくないって思っちまっただけだ」


 平然と言う。この人はこういうことを、息をするように言う。


「まあ……あなたの口から、そんな歯の浮くような台詞が出てくるなんて。明日はメテオ・ストライクでも降ってきそう」


 精いっぱいの軽口だった。耳が熱いのを悟られたくなくて、枕に半分顔を埋める。


「怒ってるのか?」


「そんなわけないでしょ。ただ……」


「なんだ?」


 ヴィルの声がすこし近づいた。腕のなかで寝返りを打って、ようやく向かい合う。すぐ目の前に、見慣れた顔がある。朝の光を浴びて、無精髭の影が頬に薄く落ちている。


「わたしだって、同じ気持ちなのに……あ」


 言いかけて、口を塞がれた。塞いだのは言葉ではなくて、ヴィルの指先だった。唇にそっと触れただけ の、それだけの仕草なのに、続きが喉の奥に引っ込んでしまう。


「ふふふ。じゃあ、もう少し」


 笑った声が低くて、ずるい。指先が唇から顎の線をたどって離れていく、その余韻だけで全身があたたかくなる。


「だめ。起きるの」


 声は強く出したはずだった。けれど腕を突っ張って身体を起こしたとき、シーツのあいだから逃げていくヴィルの体温が惜しくて、ほんの一瞬だけ動きが止まった。


 ヴィルがそれを見逃すわけがない。


「ちっ」


 舌打ちは残念そうなのに、口元がわずかに笑っている。見透かされている。いつもそうだ。


 ミツルはシーツを払いのけて半身を起こし、隣で横たわったままのヴィルを見下ろした。金髪が枕のうえに散って、朝の光のなかで淡く光っている。手を伸ばせば届く距離。


「そのかわり」


「おっ!?」


 身を屈めて、唇をかすめるくらいの軽さで口づけた。触れた瞬間にヴィルの目が開いて、手が伸びかけたのを見計らってすぐに身を引く。


「いただきました」


 得意げに言い切って、ベッドから降りた。素足が床板に触れて、朝のひんやりした空気が足首を撫でる。背後でシーツの擦れる音がした。


「やられたな」


 悔しそうな声の奥に、隠しきれない笑みが混じっている。


 ミツルは振り返らずに、少しだけ早足で寝室を出た。振り返ったら最後、あの腕の中に戻ってしまうのがわかっていたから。


「たまにはね」


 廊下に出てから呟いた声は、自分で思っていたよりずっと甘かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ