朝から 新婚さん
朝の光がカーテンの隙間から細く差し込んで、シーツの皺にやわらかな影を落としている。
背中に回された腕の重みで目が覚めた。ヴィルの腕だ。昨夜からずっとこの体勢だった気がする。寝返りを打とうにも、引き寄せる力のほうが先に来て、肩甲骨のあたりに広い胸板の温度がじかに伝わってくる。
「ヴィルったら、朝っぱらからなに?」
耳のすぐうしろで低い声が返る。
「新妻の抱き心地を味わっているところだ」
無精髭がうなじをかすめて、くすぐったさに首をすくめた。振り向こうとすると腕に力が込められて、かえって密着する。
「もう……昨夜からそればっかりね。なんだか甘えんぼの子どもみたい」
「悪いか?」
照れも衒いもない声だった。からかいでもなく、ただ本気だけが短い二語に詰まっている。こういうところが困る。
「わるくは、ないけど」
自分の声が小さくなったのがわかって、ミツルは唇を引き結んだ。背中越しに伝わる体温が、じわりと耳まで昇ってくる。
「なら、もう少しこうさせてくれ」
囁くように言って、ヴィルの顎がミツルの髪に沈む。黒い髪のあいだに鼻先を埋めるようにして、深く息を吸い込む気配がした。まるで匂いごと覚えておこうとするみたいに。
「だめです。仕事は待ってくれませんよ」
声だけは毅然と取り繕ったつもりだったが、身体のほうはまるで動けない。腕の輪から抜け出す気力が、朝日と一緒にとろとろ溶けていく。
「今日一日くらい――」
「あらあら、真面目なあなたらしくもない。何かあったの?」
少しだけ首をひねって、視界の端にヴィルの横顔をとらえた。金色の髪が寝癖で乱れて、目尻のあたりにまだ眠気が残っている。それなのに、こちらを見る瞳だけが妙にまっすぐで、ミツルは思わず視線を逸らした。
「なんでもないさ。ただ、片時も離したくないって思っちまっただけだ」
平然と言う。この人はこういうことを、息をするように言う。
「まあ……あなたの口から、そんな歯の浮くような台詞が出てくるなんて。明日はメテオ・ストライクでも降ってきそう」
精いっぱいの軽口だった。耳が熱いのを悟られたくなくて、枕に半分顔を埋める。
「怒ってるのか?」
「そんなわけないでしょ。ただ……」
「なんだ?」
ヴィルの声がすこし近づいた。腕のなかで寝返りを打って、ようやく向かい合う。すぐ目の前に、見慣れた顔がある。朝の光を浴びて、無精髭の影が頬に薄く落ちている。
「わたしだって、同じ気持ちなのに……あ」
言いかけて、口を塞がれた。塞いだのは言葉ではなくて、ヴィルの指先だった。唇にそっと触れただけ の、それだけの仕草なのに、続きが喉の奥に引っ込んでしまう。
「ふふふ。じゃあ、もう少し」
笑った声が低くて、ずるい。指先が唇から顎の線をたどって離れていく、その余韻だけで全身があたたかくなる。
「だめ。起きるの」
声は強く出したはずだった。けれど腕を突っ張って身体を起こしたとき、シーツのあいだから逃げていくヴィルの体温が惜しくて、ほんの一瞬だけ動きが止まった。
ヴィルがそれを見逃すわけがない。
「ちっ」
舌打ちは残念そうなのに、口元がわずかに笑っている。見透かされている。いつもそうだ。
ミツルはシーツを払いのけて半身を起こし、隣で横たわったままのヴィルを見下ろした。金髪が枕のうえに散って、朝の光のなかで淡く光っている。手を伸ばせば届く距離。
「そのかわり」
「おっ!?」
身を屈めて、唇をかすめるくらいの軽さで口づけた。触れた瞬間にヴィルの目が開いて、手が伸びかけたのを見計らってすぐに身を引く。
「いただきました」
得意げに言い切って、ベッドから降りた。素足が床板に触れて、朝のひんやりした空気が足首を撫でる。背後でシーツの擦れる音がした。
「やられたな」
悔しそうな声の奥に、隠しきれない笑みが混じっている。
ミツルは振り返らずに、少しだけ早足で寝室を出た。振り返ったら最後、あの腕の中に戻ってしまうのがわかっていたから。
「たまにはね」
廊下に出てから呟いた声は、自分で思っていたよりずっと甘かった。




