36:家族になる
最終話です。有り難うございました。
早いもので、アミィがオズワルドに嫁いでもう一年近く経つ。
「今夜、君の部屋を訪れていいだろうか」
そわそわしながらオズワルドが決死の顔でアミィに告げた日。ようやく彼の中で“妻と心を通わせた”実感が湧いたのだろう。緊張した顔でアミィの反応を伺う彼が愛しい。にっこり微笑んで頷いたアミィを安堵したオズワルドが抱きしめる。
(愛情を感じる抱擁って暖かいのね……)
思えばトパーズは愛情を持って抱きしめられた事など無い。当時はなんとも思わなかったけれど、こんな多幸感に包まれるとは知らなかった。
アミィは孤独だった前世の自分を憐れむ。
今、感情なく淡々と任務を遂行していた過去のトパーズと完全に決別する。今世の自分は自分の意志で大切なもののために戦うのだ。
美しい領主夫妻の仲睦じい姿が、生活水準の向上に重なってサイデルフィアは好景気に沸く。領民の声に応えて彼らの結婚式の絵姿が売られると、それらは各家庭や職場に護符のように飾られ、王都における国王夫妻の絵姿より普及している。
これらの流行の一端はサイデルフィア領都に新しく建てられた博物館にある。
そこはサイデルフィアを知ってもらおうと現辺境伯が建てたもので、サイデルフィア家のみならず、ソロイド子爵家など配下の家宝のレプリカがずらりと並んでいる。ただ、そこにエルセイロ王家からの下賜品がないのが歴史を物語っている。
『本当に取り立てて飾る物がないんだ。一つでも立派な物があれば体裁が整うのに』と領主は他意がないのを力説していた。
更に湿原林の魔物たちの剥製がある。さすがに巨大魔猪などは討伐後原形をとどめない事も多く原寸大といかず、小さくした作り物を展示している。
好事家が収集物を見せびらかす博物館とは全く異なるそこは、月に二度、一階部分が無料公開されるという大盤振る舞いで、その日は平民でごった返す。
二階は寄贈された芸術品の展示になるのでそこで入館料金の線引きがされている。
入り口すぐに現辺境伯夫妻の大きな〈成婚記念絵〉が飾られていて人気となり、これの小さな複製が売られているというわけだ。
その記念絵の隣に、〈決闘〉と物騒な題名が付けられている一枚がある。
長い黒髪を靡かせた薄紫色のドレス姿の女性と、鮮やかな異国の衣装を纏った栗色の短い髪の女性。二人が対峙して剣を交差している瞬間を切り取っていた。
今では誰もが、アミリシア辺境伯夫人とハレイ族のララハナ姫との一騎打ちの絵だと知っている。
あのフン・タルマルクの興行劇団絵師の一人の作品で、短時間に描いた粗さが逆に臨場感を昂めていた。有言実行に納められたその絵画にオズワルドは苦い顔をしたが、従者たちの勧めもあり博物館に飾られ、目玉にもなっている。
訪れた商団や冒険者たちが『今までにない活気がある』『領民が楽しそうだ』と感じるほど、最近のサイデルフィアの評判は上々だ。
「アミィ、建国祭に参加しなければならない」
王族に拝謁する行事は避けたいオズワルドも、年に一度、王から国中の貴族に送られる〈招待状〉を受け取れば簡単には無視出来ない。それでも爵位を継いでから“領地の問題処理のため多忙”などと曖昧な返事で欠席している。去年は王都で結婚式をしたので再度赴くのが面倒で、やはり多忙を理由に不参加だった。
「今サイデルフィアは安定していると王も把握しているだろうから、断ると問題視される。あんな“国王万歳!”と阿るだけの行事には出たくないんだがな。舞踏会もかったるい」
と、オズワルドは相変わらず中央嫌いを発揮して愚痴を連ねるのだった。
しかしアミィが「建国祭で賑わう都を久しぶりに見物したいわ。珍しくて美味しい食べ物も多いの」と言うものだから、オズワルドもそれには乗り気になる。
当日は許される時間いっぱいデートして、合間に昼間に大神殿で行われる王家繁栄の祈祷式典に参加した。オズワルドが嫌うのは、祈りが〈国家繁栄〉でなく〈王家繁栄〉だからだ。建前だけでも〈国家〉にしておけばいいものを、と反発しているのだ。
舞踏会場である宮廷大広間へ、サイデルフィア領の貴族を引き連れての入場は若干目立っていたが、オズワルドは気にしない。
(うわー、すごい! 別世界だわ!)
アミィも表面こそ貴婦人らしく楚々とした表情でいるが、内心は昼間のようなシャンデリアの眩さに驚いていた。定例夜会はあれでも抑えられていたのだ。
参加人数が多いので格式張った晩餐会にならず、大広間と続きになっているサロンに料理や飲み物が準備された立食形式となっているので、あまりマナーにうるさくなさそうだ。王家の財力と権力を示す豪華絢爛さなのは分かっている。どれだけお金が掛かっているのだろう。アミィには見当も付かない。
どんな名目でも舞踏会はれっきとした社交と情報収集の場だ。王族や高位諸侯が踊ったあとは各々自由に過ごす。一応サイデルフィア家も身分が高い部類なので義理で一曲は踊った。「さて、腹減ったな」とオズワルドはアミィの手を取りサロンに向かう。そこで人脈作りに余念のない者や商談目当ての者に声を掛けられるのは当主のさだめだ。パートナーは放置されがちである。
(お先にいただいておきますね……)
アミィは心の中でオズワルドに一声掛けてから料理を選びに行く。
さすが宮廷料理人。凝った美しい品々が並ぶ。堪能しまくろうとアミの唇が綻ぶ。
「アミリシア!」
取り皿を手にした彼女の背後から名を呼ばれた。声なんかとっくに忘れたが、自分をこう呼ぶ男は一人しかいない。
皿を手にしたままでは格好がつかないので仕方なくテーブルに皿を置き、アミィは優雅さを心掛けてゆっくりと振り向く。笑顔を貼り付けて「お久しぶりです。ブロールン伯爵」と、父に応えた。
辺境で鍛えられた娘の凄みのある笑顔に怯んだ伯爵の背後には、義母と異母姉がすぐにも文句を叫び出しそうな顔で立っている。
「あなた、何通も手紙を出したのに返事がないってどういうつもり?」
ジョゼットの問う声は低い。
「手紙?」
アミィは首を傾げて惚ける。
「うちへの援助の話よ!」
苛々としているリーゼロッテは相変わらず高飛車だ。
「ああ、お金の催促だなんて、みっともなくて全て焼き捨てましたわ」
大声ではないのに、はきはきとした声なので周囲に聞こえ、飲み物を手にした通りすがりの紳士がぎょっとして立ち止まる。しかしブロールン家は周りに気づかない。伯爵家として恥じるべき内容なのに矜持は無いのか、更に声を荒げる。
「実家を援助するのが婚家の勤めでしょう!」
「そうだ! おまえを育てた恩は返すべきだろう!」
「このままでは私が婿取りもできないのよ!」
三人三様に勝手な事を言う。
「オズワルド・サイデルフィア様から借金の肩代わりをしてもらって、更に私の結婚支度金も手にした筈です。嫁入り道具を持たされなかった私を憐んで夫は憤怒しましたのよ」
いつの間にやら四人は遠巻きにされていた。大広間のオーケストラにかき消されないようにアミィも声を張る。
「住まわせてくれた別邸に関しては、元々の所有者のアメリア叔母様にちゃんとお礼を申し上げました」
「なっ、姉に会ったのか!?」
伯爵が動揺した。今でも鬼門らしい。
「ええ、偶然サイデルフィアの事業に技術者としてジェイメル王国から来られたんです。叔母様は開発道具の特許をいくつもお持ちで裕福で、旦那様も研究者として有名で、夫婦揃ってあちらで一目置かれる存在なんです。とてもお幸せそうで安心しました」
伯爵は口をぱくぱくしているだけで声にならない。伯爵夫人は「あの女は金持ちで幸せなの!?」と昔の劣等感を刺激されたらしい。
「衣食住全てを蔑ろにしたくせに私の養育費ですって? そんなもの支度金で十分お釣りが来るでしょう。二度とみっともない真似をしないでください。ご自分が作った借金はご自分たちで返すものなんですよ」
年上三人に言い含めるようなアミィの態度は、明らかに馬鹿にしている。
「何よっ!! 家族を捨てて自分だけ幸せになるの!?」
勢いの止まらないリーゼロッテの前にオズワルドがアミィを庇うように立った。
「口を慎め。貴様たちが厄介払いをしたアミィはサイデルフィア辺境伯夫人で、俺が家族だ。とっとと失せろ。それともこれ以上醜態を晒すか?」
オズワルドはぐるりと視線を動かし、それでようやく伯爵たちは周囲に人が集まり注目されている事に気がついた。
「失礼!!」
まだ見栄が残っていた伯爵は真っ赤になりながら踵を返す。大股に去る伯爵の後を夫人と嫡女は顔を伏せながら「待って!」と追いかけた。
「いやはや、最近傾いているとうわさはあるが本当らしい」
「冷遇した婚外子に集るなんて、厚顔すぎるわ」
「昔から気位だけは高い男が、落ちぶれたものだ」
「リーゼロッテ嬢も婿探しに難航しているそうだが、あれでは仕方ないな」
「皆様、見苦しいものをお見せして申し訳ございません。しかしご覧のように我がサイデルフィア家とブロールン家は関係ありませんので、どうぞご理解を」
人の輪の中心に立つオズワルドは野次馬に一礼すると、アミィの手を取るとその場から離れたテーブルに連れて行く。
「すまん、まさかあの少しの隙に君が絡まれるとは思わなかった。明日から奴らは更に肩身が狭くなるな」
「自業自得ですよ。こんな衆目の下で無心をするなんて! 明日の朝にでもサイデルフィアのタウンハウスに直接くれば注目されなかったのに! 断るけど!」
「いや、逆に人目があれば君が断れないと思ったのかもしれない」
「そんな勝率の低い事考えますかね。まるでお馬鹿さんじゃないですか……あ、お馬鹿さんかも。三人とも思索が苦手ですしね」
「容赦ないな」
「血だけで家族は成り立ちませんから」
トパーズは実の両親に僅かな金で売られた。血縁家族を無二だなんてアミィは信じない。トパーズが死にゆく中、悔恨の涙とぬくもりを与えてくれたカイマールが、最期に家族に近い感情を抱かせてくれたと思う。
「美味そうな飯食ったらさっさと帰るか」
この貴族らしからぬ言葉遣いの青年が、今のアミィの唯一の家族である。
いずれは……母になりたい。叶えられたら幸せだ。
(家族が増えたらいいな……)
アミィは期待を込めて自分の腹を撫でるのだった。




