32:決着
ララハナの少女らしい華やかな雰囲気が変わる。木剣を手にした姿はまさに戦士。アミィは目を細めた。
自分と同じだ。トパーズであった過去もアミリシアである現在も含めて、自分の魂は戦士だと感じている。彼女も自分自身を戦士だと信じている。
__だが、彼女はハレイ族の大切な姫。本物の戦場に立たされる事は今後もないだろう。大事に育てられたのはアミィではなく、ララハナの方である。
国境紛争は小競り合い……それが答えだ。
形だけはフン・タルマルクとエルセイロの国境紛争だが、エルセイロ側がフン・タルマルクに攻め入った事は一度もなく、サイデルフィアは防戦しているだけである。戦争で敗北したタルマルク辺境部族が、エルセイロ王国の〈盾〉であるサイデルフィアを攻略するわけがないのだ。
だからこそララハナに華を持たせて大将に据えていられる。彼らはサイデルフィアが今の紛争状態で、本気で敵の大将の首を狙わないと知っているからだ。ここは正確な意味での〈戦場〉ではない。
周囲を優秀な部下で守られているから、ララハナは攻撃に専念できるのだ。
一人で何度も死線に立ち、最後は多勢に負けて命を落としたトパーズの記憶があるアミィとは場数が違う。
「はじめっ!!」
カイマールの鋭い声で緊張が走る。
アミィもララハナも木剣を真っ直ぐに立てた。
(あら、基本の構えね。さて、普通に斬りかかってくるか、それとも槍のように突いてくるか)
「……いつ仕掛けてもいいわよ」
“小娘”と心の中でアミィは付け加える。辺境伯夫人の心の中の見下しを察知したのか、ララハナが唇を歪める。
「はっ」
鋭い気合いと共にララハナが踏み込んできた。俊敏な動きで普通に叩き切りを試みる。
アミィは動かなかった。真剣ならララハナの初手はそれでもいいが、手にした武器は所詮木である。ララハナの重心をかけての振りも軽い。彼女の動作を見切ったアミィはその一撃を受け止めて流し、勢いの衰えた彼女の木剣をそのまま弾く。
「あっ!!」
木剣を持つ手が痺れてララハナが得物を手放してしまい、咄嗟に手を伸ばす。しかし彼女は再びそれを手にする事はなかった。アミィが鋭く木剣で弾いたのだ。
(しまった! ええっ?)
自分の木剣が遠くに転がるのをララハナは見た。呆気ない負けだ。彼女は手放した剣が土に落ちる前に掴もうと屈めていた身を起こそうとした。しかしその動きは阻まれる。
アミィが自分の木剣をララハナの背に付けて押さえ込んだのだ。
(動きが早すぎる!)
勝負がついたのに追い打ちをかけるとは、余程実力差を見せつけたかったのだろうか。
膝から落ちたララハナは地面に両手をつく。
「……勝負あり!」
ライマールの声で周囲は大歓声である。
「閣下、早く立ってください」
「手を差し出すな!」
オズワルドはエスコートしようとする騎士の手を叩き落とした。
「〈姫〉扱いするなと言っているだろう!!」
「さあ? 言ってたっけ?」
「嫌がっていたような気はしますが……」
部下たちの反応は生真面目なのか、すっとぼけているのか。
自分の身体を抑えていたアミィの剣が退いたので、ようやくララハナも立ち上がる。そして騎士に促されてこちらに向かうオズワルドの姿を見て吹き出した。
「なんだ? その薔薇は勝者に贈るのか? エルセイロの決闘は粋な演出があるのだな。しかし……なんだかおまえと薔薇の組み合わせは似合わんな」
「うるせえよ! そもそも元凶はおまえだぞ!」
「決闘を申し込んだのはおまえの嫁だ。売られた喧嘩を買わない腑抜けなどハレイ族にはいない」
しれっと言ったララハナは、顎に手を当て「ふむ」としばらく考えた。
「しかしいい考えだな。勝者に誉れを与えるのは。帰ったら相談してみよう」
「おやおや、随分あっさりと引くんだね」
レミス王子の言葉にララハナは、「実力差は剣を構えた時に分かったからな。全く隙が無い。どこから攻めても剣は届かなかった」と、素直に認めた。
「アミリシア殿の辺境伯夫人としての覚悟はしかと受け取った」
ララハナは感服したらしく、アミィを見つめる瞳には尊敬の念が浮かんでいる。
(いや違う。アミィは弱いと言われた事に腹を立てただけだ)
オズワルドは妻の気質を理解している。まあ良いように受け取ってもらえるならそれはそれでかまわない。せいぜいフン・タルマルク国内に“サイデルフィア辺境伯夫人は強い”と流布していただこう。
「早く来い、辺境伯。さっさと花を渡すといい」
なぜかララハナに仕切られて、オズワルドはアミィの正面に立つ。
本来は勝者が〈姫〉に跪いて、彼女から『あなたに勝利の祝福を』との言葉と共に薔薇を受け取るものなのだが、それを辺境伯姫は踏襲するのだろうか。アミィが跪くと自然とその流れになってしまう。
「その絵面を見てみたい。面白すぎるだろ」
レミスの呟きに表立っては賛同できない騎士たちも、そんな貴重な瞬間に立ち会う事を幸運に思っている。さて、我らが大将はどう捌くのか。大将の妻はどう動くのかと固唾を飲む。
「アミィ、跪くな」
「え?」
妻の動きに嫌な気配を察したのか、オズワルドは言葉で先制する。
「あ、ずるい」
レミスは心の声を自制しない。オズワルドはそんな友人をじろりと睨めつけた。
「これ以上揶揄うネタを与えるつもりはない!」
オズワルドはアミィに近づくと、彼女の髪に薔薇を差す。
「君の強さを誇りに思う」
小振りな薔薇はアミィの左耳の上あたりに落ち着き、黒髪に赤い薔薇は髪飾りとしてよく映えた。アミィはその薔薇に手を添え、「旦那様を失わなくてよかったです」と照れたように笑う。その微笑ましい姿に、再び温かい拍手と歓声が上がる。
おかげで当たり障りのない言葉を贈っただけのオズワルドの面目は保たれた。
敵国の騎士たちに混ざってひとしきり拍手を送っていたララハナは、すっきりした顔で敗者の屈辱は感じさせない。
「では私は帰ろう。辺境伯が結婚したと聞いて、怒りのまま飛び出して勝手に乗り込んだからやばい。父上に大目玉を喰らうな」
ララハナは勝手に帰ろうとするが、身内に叱咤される心配をする程度の生易しい状況ではない。不法入国をした彼女は立派な拘束対象だ。
「どうする、オズ。このまま帰すのもまずいだろ」
カイマールがこっそり耳打ちする。面倒だから心情的にはこのままお引き取り願いたい。大体いつもの紛争だって、いっとき暴れたらハレイ族は撤退するのだ。
彼らの敗走を後追いしないのは、こちらが国境を越えるとあちらの辺境部族が団結して本格的な領地争いに発展しかねないからである。
単身乗り込む〈考えなし〉の存在は想定外だった。
ここにいるのがサイデルフィア騎士たちだけなら、有耶無耶にして追い返してもいいけれど第三王子がいる。しかもさっき入国を許したばかりの興行団員たちもなぜか見物していた。無関係の目撃者たちの手前、規則を破れない状況になってしまっている。
スケッチをしている者たちを見てオズワルドはひっそりと溜息を吐いた。結局騎士が劇団員の呼び止めに成功したらしいと知る。
「……仕方ないです。使者を送って引き取りに来てもらいましょう」
「罰金はいくらにするかねえ」
ひそひそと話し合うオズワルドとカイマールの側では、「潔さはさすがハレイ族!」やら「戦姫の槍技は大したものです!」と、なぜか騎士たちに友好的に囲まれているララハナの姿があった。




