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冷血貴族の婚約拒絶録 ~オレは絶対に、結婚などしない~  作者: 小鈴危一
一章 公爵令嬢編

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――――第15話――――

「ふっ、どうだスウェルス。ざっとこんなものだ」


 執務室に戻ったゼノルは、背もたれに身を預けながら満足そうに言った。

 ベネローを屋敷から追い出してから、半刻ほどが経っていた。

 補佐官がやや脱力気味に答える。


「あっけないほど見事に策が嵌まりましたね、ゼノル様。思わず感服……というか、少々呆れてしまったほどでした」


 スウェルスが眼鏡を直しながら続ける。


「まさか、賠償金を踏み倒すどころか――――逆にあちらからむしりとってしまうとは」


 あの後のベネローは、悲惨と言っていいものだった。

 大貴族に弱みを握られた商人などほぼ死に体だ。ゼノルの出したあらゆる条件にうなずかざるをえず、最終的にはブランキ商会にとって圧倒的に不利な契約書に、なすすべなく署名させられていた。


「言っただろう。レイシアの出した仲裁案など、到底受け入れられんと」


 ゼノルは不敵に笑って言う。


「賠償金など支払わんのが当然。そのうえで、オレを謀ろうとした愚物には罰を下す。それでようやく釣り合いが取れるというものだ」

「……やはり、さすがですね。ゼノル様」


 スウェルスが、どこか眩しげな笑みとともに言う。


「その不遜なまでの豪腕、見ていていっそ清々しいほどです。折衝事には自信を持っておりましたが……やはり私ではおよびもつきません」

「おだてるなおだてるな。この程度大したことはない」

「しかしながら、私ではとても思いつきませんでした。まさか――――」


 スウェルスが眼鏡を直しながら続ける。


「――――海底に潜れるという嘘一つで、あそこまで商会側の人間を揺さぶれるとは」


 水中で呼吸のできる神器、『頭巾』――――そんなものは、初めから存在しない。

 ゼノルのついた、真っ赤な嘘だった。

 積み荷の回収など、そもそも不可能だったのだ。


「揺さぶれるに決まっている。詐欺の物証を見に行くと言っているに等しいのだぞ? 焦らない馬鹿がいるか」

「それはそうですが……」


 当然といった態度のゼノルに、スウェルスは言う。


「それで実際に交渉の主導権を握れるかは別です。というより……あの使者はよく素直に信じましたね、神器が手に入ったなどという嘘を。商会の情報網にかかっていないことを、不審に思われてもおかしくなかった気がしますが」

「信じるに決まっている。もっと大きな嘘を、奴は先に信じてしまっていたのだからな」

「大きな嘘?」


 眉をひそめる補佐官に、ゼノルは言う。


「賠償金を軽く支払えるほどの余裕が、こちらにあるという嘘だ」

「ああ、そういえば」

「本来ならば、あの部分こそ疑って然るべきだった。神器の取引を隠すより、領地の経済状況を偽る方がずっと難しいのだから」

「まあ相手としては、あんな嘘をつかれるとは思ってもみなかったでしょうからね」

「それだけではないぞ」


 ゼノルは不敵に笑って続ける。


「人間、自分に都合のいいことほど信じたがるものだ。オレに賠償金を支払う余裕があるなら、商会は莫大な金額を詐取できる可能性が出てくる。レイシアの奸計に協力しただけだったはずが、とんでもない好機が巡ってきた……そんな風に考えてしまったが最後だ。もう疑うことなどできはしない。事前情報との食い違いなど、調査に誤りがあったのだと都合よく解釈して終わりだ」

「な、なるほど……」

「そして厄介なことに、人間は一貫性をことのほか好む。同じ相手から吐かれた言葉を、信じたり信じなかったりすることは難しい。オレの言った怪しい情報を一度信じた以上、次も信じざるをえなくなってしまったというわけだ。特にそれが、自分を窮地に陥れかねない情報ともなれば、冷静ではいられないだろうからな」

「……思えば」


 スウェルスは思い出すように言う。


「あの男、初めはゼノル様の取り繕った態度を警戒していた様子でしたが……いつの間にか言われたことをすべてそのまま受け取るようになっていましたね」

「ああ。まったく、素直な間抜けで助かったというものだ。おかげで訴状の取り下げまでスムーズに引き出せた。想定よりもずっと簡単にことが進んだな」


 商会側が裁判に怖じ気づいて退くことも、最初からゼノルの想定どおりだった。

 王立裁判所での偽証は重罪。レイシアの奸計に協力しただけで、訴訟詐欺までする理由のない商人たちは、法廷で下手に証言するわけにはいかない。

 だからこそ、反訴するなどと言って逆に踏み込む素振りを見せれば、あわてて退いてくる。ゼノルはそう見込み……そしてそのとおりになった。

 スウェルスは感心したように言う。


「事前に聞かされてはいたものの、見事というほかありませんでした。さすがゼノル様です」

「おだてるなおだてるな」

「ただ、少々気になったのですが……」


 スウェルスがためらいがちに続ける。


「今回はいささか、リスキーな手を打ちましたね」

「ん?」

「万が一にでもあの示談書に署名されれば、こちらが莫大な金額を支払わなければならなかったではないですか。下手をすれば領地経営に支障をきたしていましたよ」

「ふっ、貴様は真面目だなスウェルス」


 眉をひそめるスウェルスに、ゼノルはにやりと笑って説明する。


「署名されたらどうしたか? 簡単だ。即座に破り捨てればいい」

「は?」

「文面に誤りを見つけたため、あらためて作り直すなどと言ってな。当然、作り直すわけはないが」

「…………。どうも、私は生真面目にすぎるようですね」

「気にするな。それが貴様のいいところでもある」


 なんともいえない表情をするスウェルスに、ゼノルは思い出したように続ける。


「そういえばあの男、副代表ということだったが、思っていたよりも若かったな。それだけは想定外だった」

「ええ」


 スウェルスが手元の書類を捲りながら言う。


「ブランキ商会は、設立されてからまだ二年。その取引の大部分が、大商会であるヘルモ商会を相手になされています。要は完全な傘下です。その代表はまだ十代。それも学園在学中の身分で、しかもヘルモ商会代表の子息ときている」


 スウェルスは書類から目を上げて続ける。


「つまりブランキ商会とは、ヘルモ商会代表が息子に経験を積ませ、経歴に箔を付けさせるために立ち上げたはりぼて商会にすぎません。だからこそ……補佐となる副代表には、経験豊富な商人をつけていると予想したのですけどね」

「たしか、去年はよその貴族相手にトラブルを起こしていたのだったな」

「ええ」


 スウェルスがさらに書類を捲る。


「南方の伯爵家相手に、粗悪な武具を売りつけてしまったとかで。その件でつい先ほど、追加で報告があったのですが……その際に代表である学生がレイシア嬢に泣きつき、伯爵の娘を通じて仲裁してもらったそうです。さらには、補償のための新たな武具の手配まで頼ったとか」

「つまり今回、レイシアはその時の借りを返してもらったということか……。まったく、まともな補佐役をつけなかったためにオレにまで被害がおよんでいるではないか」


 ゼノルは溜息をついて言う。


「都合がよすぎる示談案にあの男が前のめりになっていたのも、去年の失態を挽回しようと焦っていたのかもしれんな……まあこちらとしては都合がよかったが」

「最終的に商会の保有する神器まで格安で譲ることを、書面で約束させましたからね。経験豊富で冷静な商人が相手だった場合、さすがにここまで簡単にはいかなかったでしょう」


 と、その時、スウェルスの顔に疑問の表情が浮かぶ。


「……そういえば、いい加減に教えていただけませんか」

「ん? 何をだ?」

「ブランキ商会が神器を保有していると、ゼノル様が確信していた理由についてです。たしかに積み荷の内訳には記載があったものの、私は金塊と同じく虚偽と思っていました。契約書の作成時には忙しくて訊けませんでしたが……なぜあれだけは本当に持っているとわかったのです?」

「なに、単純なことだ」


 ゼノルは得意げに説明する。


「金塊の入手経路などいくらでもある。よって取引履歴の偽装は難しくない。だが神器はそうもいかない。めったに市場に出回らないうえ、同じ物は一つとして存在しない。値も高額だ。怪しまれない偽装には、少々骨が折れる」


 ゼノルは続ける。


「審理前に訴状を取り下げるつもりだったにせよ、オレとの直接交渉になる展開は十分ありえた以上、最低限の偽装書類は用意していたことだろう。すべて金塊ということにしておけば簡単だったところ、わざわざ神器まで積み荷の内訳に載せていたということは……」

「……それだけは本当に持っていて、来歴を確実に証明できるから。そういうことですか」

「そのとおり」


 補佐官の答えに、ゼノルは不敵にうなずく。


「うまい嘘をつくコツは巧妙に真実を混ぜることだとよく言うが、オレに安易に真実を見せてしまったことが(あだ)となったな」

「……ゼノル様に嘘などつくものではないですね」


 スウェルスは、感心を通り越してもはや呆れ始めていた。


「しかしそれならそれで、なぜ代価を支払って購入する形にしたのです? タダで譲らせた方が、出費も支払いの手間も契約書も省けてよかったと思うのですが」

「その契約書が欲しかったのだ」


 ゼノルは腕を組みながら言う。


「要は、正当に入手した証明が欲しかった。売買契約書が残っていれば、何かの言いがかりをつけられる余地はなく、万一盗まれ市場に流れても所有権を主張できるだろう? 宝石などとは比べものにならないほど高価な物品である以上、そのくらいの保険は必要だ」

「……。まあたしかに、そういったメリットはあるでしょうが……」

「納得いっていない口ぶりだな。気持ちはわからんでもないが、あまりふっかけすぎて余分な恨みを買うのもよくない。十分安いのだからいいではないか。神器の相場などあってないようなものだが……おそらく普通に買った場合の二割ほどの額だぞ。まさに爆安。きっと誰に話してもいい買い物だったと返ってくるだろう。ふはは」


 機嫌のいいゼノルに、スウェルスは軽く溜息をついて言う。


「それでも、平民が一生かかっても稼げないような額なのですけどね……」

「それくらいくれてやれ。輸送費だってかかるのだ、金がないから持ってこられないなどと言われてはかなわん。そうそう、ロドガルド領へ入ってくる際にはたっぷり関税をとってやらんとな。払えないとは言わせん」


 主のがめつさに、スウェルスは苦笑して言う。


「では……それでよしとしましょうか。考えてもみれば、レイシア嬢の奸計を躱せたうえに、神器まで格安で手に入ったのです。これ以上を望むのは強欲というものでしょう」

「そのとおり。なによりの戦果は、これで今度こそあの女に吠え面をかかせてやれたことだ。奸計は不発。そのうえ神器を爆安価格で手放してしまうという大損害を被ったブランキ商会の代表は、レイシアを見限り派閥を離反するだろう。いい気味だ」


 ゼノルはほくそ笑む。

 座ったまま体を傾けて、窓ごしに空を見上げて呟いた。


「神器を片手に、勝利の美酒を味わうのも悪くないな。届くのが楽しみだ」

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