――――第10話――――
「……なんだ、これは」
思わずこぼしながら、ゼノルはアガーディア公爵から届いた手紙の文面を目で追っていく。
その内容は、おおむねスウェルスが話したとおりのものだった。
もう少し詳細に要約すると、以下のようになる。
『海賊を退治してくれてありがとう! しかもお宝まで半分くれるなんて太っ腹だね! ロドガルドさんが近所でほんとよかった! 変な噂が立っちゃってお互い大変だったと思うけど、これからも一緒に王国のためにがんばろうね!』
すべて読み終えたゼノルは、愕然と呟く。
「む、無邪気に喜びすぎている……」
明らかに妙だった。
海賊の討伐はたしかにアガーディアの利益にはなったが、意味合いとしてはロドガルド側の武力の誇示と、恩の押し売りというのが正しい。
しかし手紙の内容は、ただただ親切にされたとしか捉えていないかのようなものだ。
「オレの行動の意図が、まったく伝わっていないだと……? そんなことがあるとしたら……」
可能性は一つだった。
それは破談の噂が広がり始めた初期から、レイシアが公爵に対し、そのような事実はないとはっきり否定していた場合だ。
噂を信じる余地がなければ、報復の必要もなく、ゼノルがそれに対抗してきたのだという発想も当然浮かばない。
その意味を、ゼノルは考える。
紛争を起こすほどの覚悟が、レイシアにはなかった。そういう解釈はできる。
所詮は大事に育てられた箱入り娘。できるのはせいぜい陰謀ごっこ程度のもので、ゼノルへの脅しは最初からはったりにすぎなかったのだ……と。
しかし……もしそうでなかったとしたら。
「まさか……オレが対処することまで織り込み済みだったのか? だとすれば、奴の狙いは……」
「……え。なに? もしかして」
ユナが恐る恐る訊ねる。
「悪いこと、起こっちゃった?」
その時だった。
「ゼ、ゼノル様!」
執務室の扉が勢いよく開き、スウェルスが駆け込んできた。
身を寄せていたユナが、ゼノルからぱっと離れる。
圧倒的な悪い予感に、ゼノルの表情が歪む。
「何があった。正直あまり、聞きたくはないが……」
「そ、訴状が……訴状が届いております!」
スウェルスが焦ったように言った。
訴状。つまり、訴えられたということだ。
王国内で発生したあらゆる揉め事は、王立裁判所に訴え出ることができる。たとえ領主であっても、訴訟そのものを回避する権限は持たない。
厳密には裁判所も、判決内容を強制するような権限は持たないが、従わなければ慣習法に反することになる。よって、社会から相応のペナルティを喰らうことを覚悟しなければならない。
王から冷遇され、他家から距離を置かれ、商人たちからも避けられて、政治的にも軍事的にも経済的にも孤立するくらいならば、多くの場合沙汰に従った方がましなのだ。
ゼノルの思考は目まぐるしく回る。
心当たり自体はなくもない。〝冷血卿〟と呼ばれているだけあり、強権は何度も振るってきた。
ただ、訴えられて負けるような事案には心当たりがなかった。法はもちろん、道理に反するような強権の振るい方も、ゼノルは可能な限り避けてきたのだ。
だとすれば。
ゼノルは嫌な顔になって訊ねる。
「……どこからだ。訴訟の内容は」
「ブランキ商会、というところから」
スウェルスが口にした商会の名は、ゼノルには聞き覚えがなかった。
眼鏡を直しながら、青年が続ける。
「訴訟の内容は……先の海賊討伐の際、アガーディア領沖で誤って沈められた商船とその積み荷の、賠償を求めるものです」
ゼノルの眉がひそめられる。
カダルグから、そのような報告は受けていなかった。
ゼノルはこめかみに指を当てながら言う。
「……オレの知らない商会ということは、相当に小さなところだろう。となれば、扱う商材の質も量もたかが知れている、はずだが……賠償額はいくらだと言ってきているんだ」
「そ、それが……」
スウェルスが、金額を口にする。
ゼノルは思わず目を剥き、身を乗り出すように立ち上がった。
「はああああああっ!?」
それは、海賊討伐において拿捕した海賊船や、回収した金銀財宝をすべて売り払ったとしても、まるで足らないような額だった。
「なぜそんな額になっているっ!? どういう内訳なんだ!?」
「な、なんでも……多量の金塊や、神器まで運んでおり、その予想売却価格だとか……」
「そんなわけがあるかっ!! 無名の零細商会が、海賊どもが溜め込んだ富よりはるかに高額な積み荷を、一隻の船に載せているわけがないだろうがっ!!」
ゼノルは、この突如降って湧いた係争事案の背後に、誰がいるのかを悟った。
机に拳を叩きつけ、顔を怒りで歪ませる。
「あの女ああああああ……っ!!」




