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冷血貴族の婚約拒絶録 ~オレは絶対に、結婚などしない~  作者: 小鈴危一
一章 公爵令嬢編

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――――第11話――――

「お呼びでしょうか、ゼノル様ッ!」


 執務室に呼び出されたカダルグは、溌剌はつらつと言った。


「……よく来た、カダルグ」


 ゼノルは事務机の上で手を組みながら、筋骨隆々の武官を重苦しく見据える。

 あの後、一通りわめき散らし、冷静になったゼノルは、まず事実確認から手をつけることにした。

 ゼノルは口を開く。


「先の海賊討伐はご苦労だった。その件で……オレは貴様に訊ねねばならんことがある」

「はッ……な、なんでしょう、か……」


 ただならぬ雰囲気に、大柄な武官の顔が緊張に引きつる。

 わずかに間を置いて、ゼノルは言う。


「オレのもとに訴状が届いた」

「そ……訴状?」

「とある商会からだ。どうやら先の海賊討伐の折、積み荷を載せた商船が海賊船と誤認され、沈められてしまったらしい」

「ッ!?」

「オレは初耳だった。まさに寝耳に水というやつだ。貴様……この件に関し、何か心当たりはないか」

「うッ……! あ、あり、ます……」

「ほう?」

「しかしッ」

「しかし、なんだ?」


 ゼノルが一睨みすると、カダルグの言葉が止まった。

 巨漢をまっすぐに見据えながら、ゼノルは促すように言う。


「言い訳は聞こう。何があったか、説明してみろ」

「は、はッ……」


 入室時の溌剌さはどこへやら、一回り小さくなったようにすら見えるカダルグが、ぽつぽつと説明を始める。


「たッ、たしかに……妙な一件は、ありました……」

「妙な一件?」

「……アガーディア領近海に到着し、さっそく海賊船を一隻拿捕した折のこと。我々の船団の前に、みすぼらしい一隻の帆船が現れたのです……」


 ゼノルは無言のまま、視線で続きを促した。

 カダルグは続ける。


「我々は当初、それがなんなのかわかりませんでした。商船にしては場所や進路が妙で、しかし海賊船の挙動でもない。判断が付かなかった我々は、まず旗を使って信号を送ってみることにしました」

「真っ当な対応だな。それで?」

「数度信号を送っても、帆船からはなんの反応もありませんでした。普通の商船ならばありえない対応であったため、海賊が奪取したばかりの元商船である可能性を考えました」

「……それにしても、近くに他の船がなく、信号すら返さないのは妙ではあるがな」

「我々もその時点ではまだ確証がなかったため、船団を接近させ、警告の意味で矢を射かけることにしました。無論、甲板ではなく主に帆を狙わせ、その量も数えるほどです。ただ……」

「ただ?」

「ほどなくして……その船体が燃え上がったのです」

「……は?」


 ゼノルは困惑し、訊ねる。


「一応訊くが、火矢を射ったのではないだろうな」

「ありえませんッ、海賊ごときに火矢など! 後に帆船の船員にも訊ねたのですが、原因はわからずじまいでした。おそらくなんらかの火種が、なんらかの可燃物に引火したものと……」

「炎上したのだからそれは当たり前だろうが。それで?」

「は、はッ。船員が次々に海に飛び込んでいくのを確認した我々は、何が何やらわからない状況ではありましたが、人道に基づき救助を試みました。彼ら曰く、おかげで全員無事だったと。元々小さな船だったうえに、船員以外の乗員も少なかったようで……」

「ほう、よくやった。それで?」

「はッ。炎上した帆船は、そのまま半刻後には崩壊し、海に消えました。その後、救助した船員に確認したのですが……どうやら帆船は商船であり、船主は商人であると。信号を返してこなかったのは、理解できる者がたまたま全員、船倉などに隠れて怠けており、それゆえどうしようもなかったと……」

「なんだそれは……まあいい。それで? その商船はどこの商会に所属するものだったと?」

「そ、それが……彼らは、それを明かさなかったのです」

「……は?」

「彼らはひたすら我々に感謝しておりましたが、所属商会をどれだけ問いただしても、ついぞ聞き出すことはできませんでした。船員のほとんどはそもそも知らされておらず、知る者にいたっても、契約上明かせないの一点張りで……」

「なんだそれは……。貴様、そんな怪しげな連中を商人だと考えたのか?」

「はッ、申し訳ございません……。ただ少なくとも、海賊でないことは確信しておりました。海賊であれば日焼けや筋肉の付き方、身のこなしなどでわかります。彼らが無法の徒でないことは確かであった以上、その、消去法で……」

「…………。まあいい。その後はどうなった」

「はッ。彼らをアガーディア領の港に連れて行くことにしました。元々拿捕した海賊船の処分および、物資補給の必要に迫られており、いずれにせよ寄港する予定であったためです。彼らとは港で別れ……それきり、です……」

「……なるほど。流れはわかった」


 ゼノルは椅子を大きく引き、足を組んで言う。


「それで――――貴様はなぜ、それを黙っていた」

「もッ……申し訳ございませんッ!」


 カダルグが直立不動のまま、でかい声で叫んだ。

 それから、急にか細い声になって言う。


「私としても、ど、どう報告したものかと……」

「……」

「帆船が沈んだ件についてはどちらに非があるかわからず、彼らの所属商会も不明。ゼノル様としましても、聞かされたところでどうしようもないものと……。加えて言えば、船上で彼らとは、常に友好的な関係を維持しておりました。したがって、訴状が届くなどとは夢にも思わず……その、ゼノル様への吉報に、水を差してはならぬと思い……」

「……はあ」


 ゼノルは、これ見よがしに溜息をついた。

 そして、身を固くする武官に向けて言う。


「貴様の見立ては、そう間違ってはいない。たしかにオレも、聞かされたところで眉をひそめるばかりだっただろう」

「は……はッ!」

「だが、今回はたまたまそうであったというだけだ。情報の価値は貴様ではなく、オレが決める。今後貴様の判断に余る案件はすべて報告しろ。今回は厳重注意にとどめる」

「……はッ!」


 カダルグが背筋を伸ばして叫ぶ。


「寛大なご沙汰、感謝いたしますッ!」

「――――それと」


 続くゼノルの言葉に、カダルグが固まった。


「別件だ。貴様には伝えておかなければならんことがある」

「こッ……今度は、いったい……」


 まるで彫像のように身を硬くするカダルグに、ゼノルは鷹揚に告げる。


「海賊討伐の一件、大義であった。頭目を捕縛する大戦果はもちろんのこと、兵の損耗そんもうも想定より少ない。期待以上だ」

「は……? はッ!!」

「今回の指揮を貴様に任せたのは、年齢の面で侮られがちな貴様の実力を、周囲に認めさせるためでもあったのだが……見事、好機を生かしたな。出世は期待していろ。無論、褒賞も別で用意しておく」

「はッ!!」

「よくやってくれた。引き続き、ロドガルドのために力を尽くせ」

「は、は…………はぁーッ、感謝いたしますッ!!」


 カダルグはでかい声でそう叫ぶと、にっと笑った。

 並びの良い、白い歯がきらめく。その目尻には光るものがあった。


「今後も命ある限り、ゼノル様の目に障る悪人どもをばしばし斬り殺していく所存でありますッ!!」

「……うむ、よい心持ちだ。ご苦労だった」

「それでは失礼いたしますッ!」


 カダルグは踵を返すと、そのがたいに似合わぬ滑らかな動きで執務室を出て行った。

 部屋の隅に控えていたスウェルスが、ぽつりと言う。


「ねぎらいの言葉の方を、あえて後に回したのですか……。ゼノル様は臣下の人心掌握がお上手ですね」

「そうでもない」


 ゼノルは疲れたように、背もたれに身を預けながら答える。


「たった一人の補佐官には、よく無礼な口を叩かれるしな」

「その補佐官も、毎日毎日大量の仕事が流れ込んでくるこの状況が少しでもマシになれば、ゼノル様への尊敬の心にも目覚めるのではないでしょうか」

「無茶を言うな。神にすら為し得んことは、このオレであっても不可能だ」


 聞いたスウェルスは苦笑する。


「では、とにかく目の前の仕事を片付けていくしかありませんね」

「そのとおりだ。よくわかっているではないか」


 ゼノルは立ち上がりながら言う。


「ひとまず、これで現況は理解した。客人を迎える準備をしておけ」

「はっ……客人ですか? 今のところ、来客の予定はなかったはずですが……」

「いいや。近いうちに必ず、現れるはずだ」


 ゼノルは、窓の外を眺めて呟く。


「あの女がな」

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