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ティルナノーグの冒険者  作者: 有機エリー
三章 王都 リグブレス 前編

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第79話 宿敵

 兄の仇であるシルヴァンに対し、フィノアが攻撃を仕掛ける様子はなかった。それどころか、まるで彼の忠実なしもべであるかのように佇んでいる。


「シルヴァン、彼女に何をした……!」

「うん? 闇の力を分けてあげただけだよ。実は昨日も彼女に会ってね。餌を撒いたら来てくれたんだ」

「ふざけるな。フィノアがお前の提案に乗るはずがない!」

「ハハハッ! 提案じゃなくて、服従させてあげたんだよ。絶望に付け入るのは簡単だった。一番憎んでいた相手なのに、皮肉だよねえ」


 シルヴァンは彼女の肩に腕を回し、答え合わせをするように見せつける。

 フィノアの瞳は変わらず虚ろで、嫌がる素振りすら見せない。最悪の現実を突きつけられ、嫌悪感が募る。


「それにしてもタイミングが悪いなあ。今から持ち帰って遊ぼうと思っていたのに。顔は悪くないし、楽しめそうなんだよねえ」

「……ッ! シルヴァンッ!」


 下品な発言で挑発するシルヴァンに斬りかかろうとした瞬間、彼は少女を盾にするように後ろへと下がった。

 咄嗟に足を止めると、フィノアが生成した氷塊が飛んでくる。直撃は免れたが、これでは手出しができない。


「ボクは疲れているんだ。相手は彼女にしてもらいなよ」


 彼はそう言うと、背を向けて歩き出す。それを守るようにフィノアが立ち塞がった。


「フィノア……頼む、目を覚ましてくれ」

わたしは正気ですよ……。これ以上、あなたの顔は見たくありません。ここで死んでください……!」


 彼女が杖を掲げると、空中に複数の氷柱が生成された。《アイシクルレイン》――中級魔法を行使するその姿に躊躇は感じられない。前回とは違い、本気で殺しにきているのが理解できる。

 しかし、放たれた氷柱は《セイクリッドバリア》に阻まれて霧散した。ミレイが護ってくれたのだ。


「キョウヤ、あなたはシルヴァンを追って」

「でも、フィノアが……」

「彼は力を分けたって言っていた。この機会を逃したら、また犠牲者が出る。大丈夫、フィノアはわたしが必ず救うから」

「……分かった。頼む」


 こんな状況でも彼女は冷静だった。確かにシルヴァンはペラペラと喋ってくれている。疲れているというのも本当なのだろう。

 フィノアと対峙する相棒を横目で見ながら、宿敵の追跡を開始する。こちらに向けられた攻撃のことごとくが光の結界に弾かれる中、脇目も振らず奥へと駆ける。



 シルヴァンの姿はすぐに見つかった。まるで待ち構えるかの如く立ち尽くしていた。


「やれやれ……キミは毎回空気を読まないね。大人しく《ヴォイドガーディアン》に殺されておけば良かったのに」

「また魔物を呼び出す気か?」

「そうしたいんだけどねえ。あの女に力を分け与えたせいで、そこまでの力は残っていないんだ」

「……その割には余裕そうだな」


 一度相対しているから分かるが、彼は上手く事が運ばなければ口調が荒くなる。人を苛つかせるような態度をとっているのは、自分が優位に立っている自信があるという証左だ。


「知っているかな? この先にはボス部屋があるんだよ」

「それがどうした。また魔物をけしかけて逃げる気か? 随分と臆病なんだな」

「ハハッ、まさか。ボクはキミが絶望する顔が見たいんだ。逃げるつもりなんてないよ」


 一瞬の後、シルヴァンは手をかざして水の槍を作り出していた。キョウヤは回避のため、神経を集中させる。

 だが、いつまで経っても射出する様子はない。彼は構えたまま徐々に後退し、奥の部屋に入っていった。

 明らかに罠だと分かる行動ではあるが、ここで逃げるという選択肢はない。


 不意打ちされないように慎重に後を追い、顔を覗かせて部屋の中を確認する。

 シルヴァンは巨大な墓標に向かって歩いていた。彼がそこへ到達した直後、黒い霧が噴き出す。

 揺らめくようにして現れたのは、人の二倍程度の大きさに杖とローブを装備した骸骨――迷宮ダンジョンのボスである《デッドネクロマンサー》。

 しかし、その後の光景にキョウヤは困惑した。ボスがシルヴァンを襲うことはないと思い込んでいたのだが、さも当然のように標的にされていたからだ。


「……どういうことだ?」

「キミはせっかちだなあ。今からとっておきを見せてあげるよ」


 シルヴァンが敵の攻撃を躱し、振り向いてニヤリと笑った瞬間、彼の全身が闇に包まれる。それはたちまち魔物に吸い込まれていった。


「まさか……」

「そのまさかだよ」


 巨大な骸骨そのものから声が発せされる。それは紛れもなくシルヴァンのものだった。


「ボクに与えられた能力は《憑依ひょうい》。こうやって魔物に乗り移って自在に操ることができるんだ。もちろん、元々持っていた力も上乗せされるから弱体化することもない」

「……まるで不正行為チートだな。魔神にでも貰ったのか?」

「ご名答。まあ、本当はあまり使いたくないんだけど、キミは面倒だからねえ」


 この男は口が軽くて助かる。これで世界に魔神が存在することは確定した。対となる女神がいる可能性も高まった。思わぬ収穫だ。

 それから、使いたくないということは、何かしらのデメリットがある可能性が高い。勝ち目のない戦いと言い切るのは早計だろう。


「中身のないお前にはお似合いの能力だと思うぞ」

「チッ……あまり苛つかせるなよ。キミを半殺しにした後は、あの銀髪の女もボクの玩具おもちゃにして、目の前で弄んでやる。己の無力を思い知って絶望しろ、雑魚が」


 軽く煽ると、異形の姿と化したシルヴァンがいきり立った。本当に分かりやすい男だ。

 彼が荒々しい動作で杖を振り回すと、キョウヤもまた剣を構えて開戦に備えた。これまでの悲劇に終止符を打つために。

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