第77話 少女の軌跡
「うーん……フィノアさん、ですか。申し訳ございませんが、わたくしではお力になれそうにありません」
心苦しそうに頭を下げるのは、栗色の髪を後ろで纏めたソフィーだ。
キョウヤとミレイは丸一日休息をとった後、フィノアの足取りを追い始めた。
手始めに冒険者ギルドで情報を得ようとしたのだが、いくら仕事が早いソフィーといえども、個人の動向までは把握できないのだろう。
「いえ……こちらこそ、無理を言ってすみませんでした」
「彼女については、こちらでも目を光らせておきます。それから、中断されている試験はいつでも再開できますので、ご都合のよろしい時に仰ってくださいね」
「はい、ありがとうございます。この件が片付き次第、お願いしようかと思います」
「かしこまりました。キョウヤさん、どうかお気を付けて」
色々と気遣ってくれる彼女に感謝し、冒険者ギルドを後にする。建物の外に出ると、すぐにミレイが駆け寄ってきた。
「どうだった?」
「ソフィーさんに聞いてみたけど、空振りだった。そっちは?」
「ずっと見ていたけど、それらしい姿は見当たらなかったよ」
「そうか……」
ギルド前の中央広場や大通りを通るかと思ったが、そう都合良くはいかないようだ。
既に都市の外に出ている可能性も考慮しなければならない。もっとも、その場合は追跡するのは困難だが。
「とりあえず衛兵に聞いてみるか」
「そうだね。北門か南門、どっちから行く?」
「北から行こう」
王都には北と南の二箇所に門があるが、もしシルヴァンを追っているのならば、一度姿を現した北の街道が第一候補だ。
北門前に立っていた衛兵の一人に声をかけると、訝しげな目を向けられる。だが、隣にいるミレイの姿を認めると、彼はにわかに態度を改めた。
「ミレイ様! 何かご用でしょうか!」
「……人探しをしているのですが、ご協力いただけますか?」
「もちろんです!」
羨望の眼差しを浴びた彼女は一瞬困惑したものの、すぐに気を取り直して衛兵と話し始める。
「短めの茶髪にボロボロの黒いローブを着た少女なんですが、ここを通りませんでしたか?」
「ううむ……今朝はそのような方は見かけておりませんね」
「そうですか。ありがとうございます」
「とんでもないです! お役に立てず申し訳ありません」
慎ましく礼をする衛兵をよそに、ミレイは来た道を引き返し始める。キョウヤも急ぎ後を追い、彼女の隣に並んだ。
「昨日の今日で、すっかり有名人だな」
「人柄ではなくて、力を崇められている感じがして、あまりいい気はしないけどね」
「王宮にも事情があるんだろう」
「うん、分かってる。こういうのも覚悟の上だったから、後悔はしていないよ」
そう言うミレイは真っ直ぐに前を見ており、憂いは感じられない。
人を助けるために使えるものは全て使う――以前にも増して強くなった彼女は、いつか手が届かない場所へ行ってしまいそうに思えた。
「……キョウヤ?」
気付いた時にはその手を握っていた。ミレイは目を丸くして、こちらの顔と繋がれた手を交互に見やる。
今はまだ彼女に釣り合うほどの強さはないかもしれない。それでも、自分はこの少女の隣に立ち続けたいと願う。
「一人で無茶はするなよ。いつでも俺を頼れ」
「ふふっ、散々無茶をしてきたあなたがそれを言うの?」
「う……それとこれとは話が別だろう」
「安心して。わたしはキョウヤみたいに無謀じゃないから」
ミレイは愉快そうに冷やかしてくる。余計な一言を付け足す癖は以前と変わっていない。
「相変わらず、可愛くないな」
「昨日は可愛いって言ってくれたのに」
「……忘れろ」
やはり口では彼女に敵わない。恥ずかしい台詞を掘り返され、目を逸らすことしかできなかった。
「ほら、早く南門に行かなきゃ」
「おい、手を放せ……!」
「あなたから握ってきたのに、それは自分勝手じゃない?」
固く繋がれた手を引っ張られ、無理やり連れていかれる。衆目に晒される中、ミレイは意気揚々と歩いていた。
相棒の笑顔を目にすると、瞬く間に不安が吹き飛んでしまう。その内に宿る力と同じように、彼女自身もまた輝いて見えた。
やがて、キョウヤたちは都市の南門に辿り着いた。交通の要衝である北門とは異なり、こちらは閑古鳥が鳴いている。
この場を守っている二人組の衛兵も、ミレイに対して恭しい物腰を見せた。北門の衛兵と違っていたのは、有力な情報を持ち合わせていたことだ。
「ああ! 体感ですが、一時間ほど前に確かにここを通りました。お前も見たよな?」
「ええ。ボロボロのローブに虚ろな目をしていましたので、印象に残っております。あなた方がお探しの方かどうかは存じ上げませんが……」
衛兵たちが確認し合うように口を開く。そのような特徴的な人物は、フィノア以外には考えられない。
「どこへ向かったかは分かりますか?」
「いえ、そこまでは。しかし、ここを通ったとなると、《カーズ地下霊園》の可能性が高いでしょうね。単独で《フューズ大森林》に立ち入るのは無謀ですから」
ミレイの問いかけに、衛兵は当然だと言わんばかりに返答した。
《カーズ地下霊園》は王都の南に存在する迷宮だ。適正ランクは3で、主にアンデッドの魔物の住処となっている。
そして《フューズ大森林》は街道の南端に広がる森林地帯。別名、迷いの森とも呼ばれ、正しい道を選ばなければ抜けられない難所である。
正常な思考ができる者ならば、後者はあり得ないと断言できる。だが、今のフィノアが何を考えているかは分からない。
「ご協力、ありがとうございました」
「いえいえ、ミレイ様のお役に立てて何よりです!」
ミレイが衛兵の二人に手を振ると、彼らは満面の笑みで送り出してくれた。まるでアイドルとファンを見ているようだ。
「お疲れ、ミレイ」
「ありがとう。やっぱり、慣れない……」
「なかなか様になっていると思うぞ」
「……馬鹿にしてる?」
先ほど茶化されたお返しをすると、彼女は頬を膨らませて不平を露わにした。
実際のところ、半分は本音だった。その立ち振る舞いからは気品が感じられたのだ。
衛兵たちが快く協力してくれるのも、ただ光の力を敬っているという理由だけではないだろう。
「それで、どうするの?」
「霊園が優先だな。付近に冒険者がいれば、聞き込みもしていこう」
「分かった」
ひとまず捜索の範囲は絞られた。しかし、アンデッドの巣窟というと、どうにも嫌な予感が拭えなかった。
あまり強力な魔物は生息していないという記憶はあるが、この世界では何が起きてもおかしくはない。
フィノアを救い出す戦いはここからが本番といえる。閑散とした街道を、キョウヤたちは急ぎ足で歩いていった。




