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ティルナノーグの冒険者  作者: 有機エリー
三章 王都 リグブレス 前編

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第74話 飾らない想い

 キョウヤが目を開けると、石で覆われた天井が視界に広がった。

 自然光が届かない重苦しい領域。冷たく硬い床と空間を断絶する鉄格子が、ここが地下牢獄であると物語っている。


 身体がとてつもなく重い。体力は回復しているはずなのに、倦怠感が抜けることはなかった。

 牢に放り込まれる前、一時的に首輪のような物を装着させられたが、それによって強制的に体内のマナを奪われたらしい。

 そして、牢獄の各所の天井に吊るされた多数の光源。あの魔導具まどうぐと思しき物体は、空間のマナを絶え間なく食らい続けていると推測できる。

 ゲームらしくいえば、ここはMP(マナポイント)が自然回復しないエリアといったところか。


 仮に鉄格子を破壊できたとしても、このような抑制された身体では、洗練された看守たちを突破することは不可能。

 この世界は誰もが多かれ少なかれ魔法を使える。ここまで徹底しなければ、囚人を管理できないということだ。


「ミレイ……」


 ポツリと、弱々しい声が零れる。彼女は今どうしているのだろうか。何も伝えられずに隔離されてしまい、申し訳なさで胸が張り裂けそうだった。

《ヴォイドガーディアン》を討伐して苦い過去に決着をつけたはずが、フィノアの暴走は止められなかった。

 気を取り直して都市に戻れば、濡れ衣を着せられて捕らえられた。踏んだり蹴ったりとはこのことだ。


 太陽が見えないため、どれだけの時間が経っているかは分からない。

 体感では一日は経過している。看守から聞かされている通りならば、今日は尋問されることになるだろう。


「冒険者キョウヤ」


 やはり来た。檻の外には銀の鎧を纏った若い騎士が立っている。

 弁明したところで、闇魔法を使ったという事実は塗り替えられない。罪人の言葉に耳を傾けるとも思えない。

 最悪、そのまま処刑される可能性もある。そうなれば、ミレイは――


「あなたを釈放いたします」

「は……?」


 想定外の言葉に、自分の耳を疑った。どういう風の吹き回しだろうか。

 鍵が開けられ、小さな瓶が手渡される。青い液体、マナポーション。それを口にすると、いくらか身体が楽になった。

 恐る恐る牢を出ると、没収されていたポーチが返却される。どうやら本当に拘束を解くつもりらしい。


「どういうつもりですか」

「あなたの無実は証明されました。騎士を代表してお詫びいたします。とにかく付いてきてください」


 彼は申し訳なさそうに頭を下げた後、牢獄の入口へと歩いていく。

 キョウヤは訳が分からず、後を追うしかなかった。とにかく、ここから出られるのは確かなようだ。


 騎士に続いて薄暗い階段を上ると、重厚な鉄の扉が開け放たれ、明るい通路に出る。

 やがて、囚われていた陰湿な牢獄とは別世界とも思える、豪華絢爛という言葉が相応しい空間が広がった。グレートホールと呼ばれるものだ。

 視界の先には複数の人影が立っている。その全員が縁の深い人物だった。


「ミレイ……《光のつるぎ》に、ソフィーさんまで。皆が助けてくれたのか……ありがとう」

「あたしたちは真実を伝えただけよ。本当に頑張ったのは、この子なんだから」


 彼らに礼を言うと、マリーが支えている銀髪少女を見やりながら返答した。ミレイはなぜか疲労の色が濃いようで、口を開くことはなかった。


「ミレイが……?」

「ひとまず戻りましょう。ここは息苦しいでしょうから」


 リーゼの言葉に、他の面々も入口へと歩いていく。残ったアインスが気遣うような目を向けてくる。


「お前は自力で歩けるか? 辛いなら肩くらいは貸そう」

「いや、問題ない」

「そうか。ならいい、行くぞ」


 まだ十分にマナを取り込めていないのか本調子ではないが、歩けないほどではない。

 疲れているキョウヤとミレイを案じてなのか、帰り道は誰も言葉を発しなかった。

 向けられる好奇の目を無視して貴族街を抜け、大きな橋を渡る。都市の喧騒が近付いてきて、ようやく日常に戻った気分だ。

 広場付近でソフィーが先に離脱する。六人は深く感謝し、冒険者ギルドに戻る彼女を見送った。


「とりあえず今日は解散ね。二人とも、ゆっくり休みなさい」


 自宅の前まで送られると、マリーに寄りかかっていたミレイが姿勢を正す。


「皆さん、ありがとうございました……」

「本当に助かった、ありがとう。今度改めて礼をさせてほしい」


 彼女に続いて謝意を示すと、《光の剣》の四人は困ったように微笑んだ。


「気にするな。僕たちは大したことはしていない」

「結局、ミレイさんがいなければ説得は難しかったでしょうからね」

「……同感だ……」

「キョウヤ、ちゃんと彼女を労ってあげなさいよ」


 ミレイが何をしたのかはまだ知らない。どうやら聞くべきことは山ほどあるようだ。

 四人の姿が見えなくなると、ミレイに腕を強く掴まれる。早く家に入れとでも言いたげで、怒っているようにも見えた。

 慌てて扉を閉め、鍵をかける。まずは落ち着いてじっくり話す必要があるだろう。


「ひとまず椅子にでも座って――って、ミレイ……!?」


 歩き出そうとした途端、ミレイがロッドを投げ捨てて胸に飛び込んでくる。その華奢な身体は今にも崩れてしまいそうだった。


「キョウヤ……ッ!」

「お、おい! 急にどうしたんだ」

「急に……? なんでっ! そんなに平然としていられるの……ッ!」

「そう言われても……」

「わたしは、本当に心配したんだよっ……! 勝手にいなくなって……二度と会えないんじゃないかと思って、不安で仕方なくて……ッ!」


 密着したミレイが声を張り上げ、身を震わせる。感情の渦が余すことなく吐露される。

 突然のことにキョウヤは困惑した。何をどう弁解すれば良いのか分からなくなる。


「悪かった。いきなり捕まったから、連絡を入れる時間が――」

「そうじゃないっ! あんな目に遭ったのに、冷静でいられる理由が分からない……! わたしは、ずっとあなたのことを想っていたのにっ……! こんなの、わたしが馬鹿みたいじゃない……ッ!」


 ミレイらしくない感情的な発言。自分がいない間に想像を絶する苦しみを味わっていたのは、それだけで痛いほど伝わってきた。

 そっと彼女の背中に手を回し、優しく抱き締める。ビクリと震えて離れようとしたところを、逃がすまいと力を込める。


「ごめん……俺もずっとミレイのことが心配で不安だった。何も告げられなくて胸が苦しかった……。だから、また会えて嬉しいよ。救い出してくれてありがとう」

「……うん」


 胸の辺りに熱い感触が広がる。それはミレイが流した涙の熱であり、その想いに触れた自分の熱でもあった。

 彼女はしばらくの間、等身大の少女らしく泣き続けた。その時間は、永遠のように長く感じられた。

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