第70話 相棒のために
――遅い。
自宅でキョウヤの帰りを待つミレイは、無意識のうちに頬杖をついていた。
体感で一時間以上は経っているのに、彼は一向に戻ってくる気配がない。
取り返したお金を市場に届けると言っていたから、最初はついでに何か買い物でもしているのかと思っていた。
だとしても遅すぎる。また何か厄介事に首を突っ込んでいるのだろうか。
こういう時、異世界は不便だ。スマートフォンのような便利な物があれば良いのに。
「……もう!」
こんなことなら、キョウヤの提案を受けず一緒に行動するべきだった。確かに疲れてはいたけれども、寄り道するくらいの気力は十分残っていた。
用事があるにしても先に連絡を入れない彼、そして大人しく待てない自分にも煩わしさを感じる。
会ったら文句の一つでも言ってやろう――そう思いながら、ミレイは椅子から立ち上がり家を出た。
住宅街から市場へ向かう途中も、しきりに周囲を観察する。行き違いになってしまっては元も子もない。
キョウヤの黒いロングコートは昼はそれなりに目立つ。目を光らせていれば、見落とすことはないはずだ。
しかし、市場に至るまでの道で彼を見つけることはできなかった。こうなれば、この辺りの人々に聞いて回るしかない。
「あの……すみません。黒髪に黒いコートを着た男の人を見かけませんでしたか?」
「んん? ここは人通りが多いから、よほど奇抜な格好をした奴じゃないと印象に残らないぜ。力になれなくて悪いな、嬢ちゃん」
「そうですよね……ご丁寧にありがとうございます」
一番近くの露店で声をかけたものの、やはり空振りだった。確かに周辺は喧騒に包まれており、簡単には見つけられそうにない。
「知らねえな。商売の邪魔だ、あっちへ行ってくれ!」
「ご、ごめんなさい……!」
誰もが優しく接してくれるとは限らない。最初の店主のように丁寧に答えてくれる人の方が少ないくらいだった。
彼らも生きるために真剣なのだから、塩対応を恨むのは的外れ。それでも、何度も罵倒されるのは精神的にキツイものがある。
「キョウヤ、どこへ行ったの……」
思わず一人呟く。苛立ちは消え去り、徐々に不安が押し寄せてきていた。
想定していたより深刻な事態に陥っているのではないか。そんな悲観的な思考を振り払うのも一苦労だった。
「なあ、聞いたか?」
「んん?」
「怪しい冒険者が一人、捕まったって。なんでも、黒い炎を放っていたんだとか」
「うわっ、怖いな。もしかして、噂の魔物を使役する人影か?」
その時、通行人の何気ない会話が耳に入り、心臓が跳ね上がる。嫌な想像が脳裏をよぎり、咄嗟にその二人組を追った。
「あの、その話、詳しく聞かせていただいてもいいですか!」
「ん、おお? 可愛いじゃん!」
「今の話? 俺たちに付き合ってくれたら、教えてあげてもいいよ」
――面倒だ。
こんな軽薄な男たちに付き合っている時間が惜しい。
「……さっさと話してください。それは、どこで聞いた話ですか……!」
ミレイは瞬時に相手を睨みつけ、可能な限り低い声で威圧した。
効果がなければ立ち去るつもりだったけれども、彼らが屈するのは思っていた以上に早かった。
「ひえっ……広場、広場の南の方だよ……」
「……ありがとうございます。では、失礼しますね」
男たちに背を向けると、背後から「顔は可愛いのに勿体ない」などと揶揄する声が飛んでくる。
勿体なくて結構だ。面倒な人間が寄り付かないのであれば、それに越したことはない。
ミレイは戯言を適当に聞き流しながら、人混みをすり抜けて往来を南下した。
やがて、広場の南に辿り着く。この辺りも露店が多数あり、繁盛しているようだ。その範囲は決して狭くはない。
どこから当たろうかと辺りを見回すと、キラキラした小物を売っている露店が目に留まった。
奥に立つ女性からは柔和な印象を受ける。今は手も空いている様子だったため、真っ先に声をかけることにした。
「……ああ! あの男性のお連れの方ですか……!」
キョウヤの容姿を説明した途端、女性の顔が曇る。どうやら大当たりを引いたようだ。
「彼がどこへ行ったか知りませんか?」
「それが……突然騒ぎになったと思ったら、衛兵の方たちが来られて……王城の方へ連れていかれてしまったんです」
「……!」
「こちらの不手際で盗まれたお金を取り返してくださって、悪い方には見えませんでした。それなのに……」
どうして悪い予感ほど当たってしまうのか。
まだ詳しく聞けていなかったけれども、あの白銀の鎧が出現するまでにも紆余曲折あったらしい。
おそらく、《光の剣》と共に駆けつけるまでの間、キョウヤは闇の力を使って戦っていたのだろう。
慎重な彼にしては迂闊な行為。そうしなければならないほど緊迫した状況に置かれていたに違いない。そして、それを遠巻きに眺めていた者が報告したと推測できる。
「くっ……!」
魔神の呪詛。この世界で闇の力は忌み嫌われるものというのは常識だ。
とはいえ、キョウヤが間違ったことに力を使ったとはとても思えない。必死に戦っていた彼を勝手に悪人扱いした人々に怒りを覚えた。
「……情報、ありがとうございました。王城の方へ行ってみます」
「お待ちください。王城には一般の方が足を踏み入れることはできません。下手なことをすれば、あなたも罪に問われることになりますよ」
店主の女性から諫められ、ミレイは我に返った。
――そうだ、こういう時こそ冷静に行動しなければ。
もし王族に連なる者に連行されたとなれば、ただの冒険者の自分にできることはない。
「冒険者……そっか……!」
キョウヤは冒険者ギルドに登録している。もしかしたら、ギルドが動いてくれるかもしれない。
幸い、顔見知りのソフィーが在籍しているのは知っている。今朝のラージュとの戦闘で怪我を負っているため、会える保証はないけれども、彼女ならきっと力になってくれるはずだ。
「キョウヤ、待ってて……必ず助けるから!」
ミレイは女性にもう一度礼を言った後、冒険者ギルドに向けて駆け出した。
大切な相棒を絶対に救い出す――その意志は決して揺るがない。




