第67話 己の道
未だ爆発の影響で熱気が漂う街道を疾走すると、焼け焦げた臭いが鼻を刺す。
周囲の木々にまで燃焼していないのは、マリーの魔法の制御が卓越しているからだろう。
地には燃え尽きた魔物たちが残した核が散乱し、その先ではフリードが交戦中だ。
彼の背後にアインス、敵の側面にキョウヤ、その後ろにミレイが布陣する。
「フリード、待たせたね。マリーの援護を頼めるか?」
「クハハハハッ……! なぜ俺が、下がらねばならんのだ? 久々の大物だ……もっと、楽しませろっ……!」
フリードは喋りながら武器を振り回し、迫るメイスを真っ向から受け止めた。大人の三倍近くもある巨体の攻撃も、黒髪の斧使いの前では形無しだった。
「そいつの攻撃はメイスだけじゃない。それに雑魚が多数召喚されるという情報もある」
「フッ……! なら俺たち二人で、殺ればいい。後ろは、マリーとリーゼだけで十分だろう……。他のパーティなど、邪魔なだけだっ……!」
「悪いけど、これは遊びとは違う。リーダーとしての命令だ、下がれ」
アインスの鬼気迫る物言いに何かを感じ取ったのか、フリードの視線がキョウヤを射貫く。
なぜ、あんな奴が――そのようなことを言いたげに、彼は顔をしかめていた。
「……らしくないな。嫌いな奴と、手を組むなど……」
「今回だけだ。覚悟はあるようだからね」
「……そうか。お前が認めたのなら、いいだろう……」
フリードがメイスを弾き返すと同時に後ろへ跳ぶ。
重量感のある動作で追跡しようとする魔物の前に、アインスが立ちはだかった。
「さあ、始めようか」
彼が武器を構えたように見えた瞬間、既に剣が閃いていた。
桁外れな速度、そして圧力。巨大な体躯を覆う鎧に裂傷が生じ、敵は困惑したように足を止める。
アインスの目は真剣そのもので、荘厳なオーラを纏っているようにも見える。その姿は、まるで本物の勇者のようだ。
「……期待は、裏切るなよ……」
フリードが不敵な笑みを浮かべながら、こちらに目をやりながら後退していく。
彼なりの激励に首を縦に振って応えると、キョウヤは宿敵である魔物に向けて駆け出した。
「キョウヤ、絶対に敵の正面には立つな! あとは好きにやれ。最悪、僕がなんとかしてやる」
「ああ、分かっている。お前の足を引っ張るつもりはない!」
アインスに向けて返答しながら、硬直している敵の側面から斬りかかる。
ガキンッ、と甲高い音とともに、己の腕を電流が走ったような感覚が襲った。
「ッ……!」
金属だけあってさすがに硬い。それでも、確かな手応えはあった。白銀の鎧には擦ったような浅い傷が付いている。
反撃を警戒して一度距離をとるが、敵はキョウヤの方を見向きもしなかった。直前のアインスの一撃が相当効いたと見える。
振り上げられた巨大なメイスがアインスに迫る。その緩慢な攻撃の隙を突き、キョウヤは敵の背後に滑り込んだ。
即座に一撃――今度は腕に衝撃が返ってくることはなかった。温かい火が己の身体を覆い、力がみなぎっている。ミレイから付与された《ファイアエンハンス》の効果だ。
彼女の方をチラリと見やり一笑すると、無心で斬撃の嵐を見舞う。
仇敵であるはずなのに、怒りや憎しみの感情は湧いてこなかった。これは復讐ではなく挑戦だ。
「コオオオォ――」
不気味な音が響き渡ると同時に、《ホロウソルジャー》の集団がアインスの周囲に出現した。これで体力の三割以上は削ったということだ。
正対するアインスが臆することはない。マリーの魔法が、リーゼの矢が、次々と鎧兵士を引き剥がしていく。そこには揺るぎない信頼関係があった。
アインスが軽やかな足取りでメイスを躱すと同時に一閃、敵の脚を斬り刻むと、ついにボスの動きに変化が表れた。
頭に揺れる青白い炎が激しく燃え盛り、そこから火の玉が降り注ぐ。それが地面に着弾した瞬間、小規模の爆発を引き起こした。
「チッ、面倒だな!」
アインスが悪態をつきながら後退する。さしもの彼も、物理と魔法の同時攻撃に反撃を入れるのは困難なようだ。
キョウヤも一度態勢を立て直し、落ちてくる火球の軌道を見極める。まだ戦いは中盤、焦りは禁物だ。
と、そこへミレイの《ルミナスレイ》、次いでリーゼの《ディバインショット》が弱点の炎を射貫く。
間もなくして追加の鎧兵士が出現した。一回目は六体だった鎧兵士が、今度は八体。やはり記憶通りの挙動だ。
「さっきより数が多いわね。フリード、援護は頼んだわよ!」
「……ようやく、仕事か……!」
先ほどと同じようにマリーとリーゼが注意を引き、彼女たちの元へ向かう敵の前にはフリードが立ち塞がる。彼が斧を振り回すと、鎧兵士たちが彼の元へ殺到した。
「フリード、五秒後よ!」
「……了解……」
「――吹っ飛べっ!」
彼が寸分違わず飛び退くと同時に、準備を終えたマリーが《ブレイズキャノン》を放つ。
再びの大爆発に、思わず目を背けた。烈風が吹き荒れ、高熱が肌を襲う。
「おい、盾が光ったぞ! よそ見をするな!」
アインスの忠告を受け、キョウヤは咄嗟に後方へ跳んだ。直後、地に叩きつけられた大盾から、放射状に青白い炎が拡散する。
だが、灼熱はミレイの《セイクリッドバリア》に阻まれ、こちらに届くことはない。光の力を惜しみなく使う彼女から、絶対に護るという意志が伝わってくる。
アインスの眼前にも同じように光の結界が張られている。彼は左手を前に突き出し、それを行使していた。
「お前も光魔法が使えるのか……!」
「フッ、当たり前だ。僕は《光の剣》のリーダーなんだからな」
こちらがミレイと協力している中、アインスは単独でそれ以上の力を発揮している。
かつてゲームで描いた器用万能そのものの姿を前に、キョウヤは斬撃を繰り出しながら密かに敬服していた。
そして、三度目の召喚。鎧兵士の数は十二体。
アインスも危機感を覚えたのか、そのうちの一体を剣で吹き飛ばして包囲を突破する。
「さすがに多いわね。この数を一発で倒すのは無理よ」
「フリード、囲まれないように気を付けてください」
「……フハハハッ! 俺がそんな失態を、するものかっ……!」
後衛の三人に焦りは見られないが、あの数の殲滅には時間はかかるだろう。
頭上から降り注ぐ火の玉は数え切れないほどに増え、おまけにメイスの攻撃速度も上昇していた。狂乱する魔物に近付くのは至難の業だ。
ミレイが頭を目がけて光線を放つも、計ったように大盾に無効化される。次にアインスの剣から光の刃が飛んでいくが、やはり弾かれてしまう。この状況では遠距離からの攻撃は通じない。
「おい、キョウヤ。接近さえできれば、決められると思うか?」
「アインスの力なら、可能かもしれないな」
「そうじゃない! お前がやれるかどうかだ。できないなら一度下がって後衛の援護をしていろ! フリードの手が空けばそれで終わりだ」
安全性を考えるならば、それが合理的だろう。だが、本当にその選択で良いのか。
答えは否。あれだけ啖呵を切っておいて、結局最後は他力本願などもってのほかだ。
「やれる……いや、やらせてくれ」
「なら、今すぐ奴の背に向けて走れ! 最後はお前に譲ってやる!」
アインスが剣を一振りすると、またしても光の刃が飛んでいく。しかし、今度は敵の本体を狙う軌道ではなかった。
《ウィンドブースト》を使用して駆けるキョウヤの先の空中で、次々と小さな爆発が起こる。刃が火の玉を追尾して破壊しているのだ。
それは未知の事象だった。己の記憶にそのようなスキルや魔法は存在しない。
だが、今はそんなことはどうでも良い。あのアインスが、自分のために道を切り開いてくれている。
「キョウヤ! わたしの力、使って!」
相棒の叫びに、キョウヤは敵の目前で剣を構える。刹那、足元から石の壁がせり上がってきた。
《ストーンウォール》、本来は防御に使う魔法を土壇場で応用するミレイに舌を巻く。これなら敵の上をとれる。
続けて彼女の《ファイアエンハンス》が付与されると同時に、キョウヤはこれまでにない殺意を込めて敵を見据える。火と闇が合わさり、激烈な力が己の身体を渦巻いた。
「うおおおおおっ!」
雄叫びを上げながら、跳ぶ。両手持ちしたバスタードソードに魔力を込め、上段から振り下ろす。
両手剣スキル《レイジングインパクト》が、金属音を立てながら敵の巨体を斬り裂いていく。
一瞬の静寂――キョウヤが地に降り立った時、《ヴォイドガーディアン》の白銀の鎧は二つに分かたれていた。




