第65話 勇者
廃坑で大敗を喫し、仲間を殺めた敵が、緩慢な動作でこちらを振り向いた。
全身が震え、憤怒と恐怖が入り交じるが、深呼吸して平常心を保つ。ここで我を忘れて突っ込めば、まず生きては帰れない。
「精々ゴミクズらしく足掻いてから死ねよ。ハハハハ――」
「待ちなさい!」
《ヴォイドガーディアン》を召喚したシルヴァンは、捨て台詞を吐いて木々の間に消えていった。
追跡しようとするリーゼは剣を持った漆黒の鎧に阻まれる。守護者の配下である《ホロウソルジャー》が、キョウヤたちを取り囲むように顕現していた。
「くそっ……リーゼ、今は包囲を突破して下がるぞ!」
黒の鎧兵士は数こそ多くないものの、その力は《ダークスケルトン》の比ではない。
対して、こちらは連戦で消耗している上、フィノアは負傷しており動けない危機的な状況だ。
「逃げるのですか」
「……勘違いするな。逃げるんじゃない、立て直すだけだ!」
「ふふ、安心しました。ならば、道は開きましょう」
「頼んだ」
キョウヤは素早くフィノアに駆け寄り、有無を言わせず華奢な身体を抱え上げる。
シルヴァンの攻撃による傷は深刻だったが、それでも彼女は歯噛みしてキョウヤを睨みつけた。
「フィノア……悪いけど、今だけは我慢してくれ」
まだ幼い少女は驚くほど軽い。しかし、その身に深く刻まれた絶望と憎悪が重くのしかかる。
黒く染まってしまった心に手は届かない。ならば、せめて命だけでも救い上げなければ。
「キョウヤ、今です!」
リーゼが矢を放ち敵の注意を引くと、鎧兵士の隊列が乱れる。おかげで血路は見えた。
なりふり構わずに疾駆して南側へと抜ける。だが、リーゼが追ってくる気配がない。
キョウヤが思わず足を止めて見返った時、既に退路は断たれていた。
「リーゼ!」
「早く行きなさい! 私はこんな所で朽ち果てるつもりはありません!」
「くっ……!」
このままでは彼女が助かる保証はない。かといってフィノアを置いて戻るわけにもいかない。
決断を迫られたその時、突として包囲網が決壊した。上空から降ってきた雷の槍が鎧兵士を吹き飛ばしたのだ。
「まったく……帰りが遅いと思ったら、何を無茶してるのよ」
リーゼが脱出したのを見て安堵していると、背後から呆れたような声が響く。
キョウヤが振り向くと、そこには風を纏った赤毛の魔法使いの姿があった。
「マリー、助かりました」
「先行して正解だったわね。もう大丈夫よ」
彼女の背後からは更に三人の人影が駆けてくる。剣士アインスと斧使いフリード、そして――
「ミレイ!」
「キョウヤ! それに、フィノア……!?」
キョウヤの元に辿り着いたミレイが固まる。フィノアの豹変に驚いているのだろう。ともあれ、まずは治療だ。
抱えていた少女を静かに寝かせると、ミレイはすぐに意図を察して《ヒーリング》を行使した。
「来て早々悪いな」
「気にしないで。それより、キョウヤは休まないと駄目」
彼女に優しく促され、キョウヤは地に腰を下ろした。緊張の糸が切れたのか、途端に我慢していた痛みに支配される。
一応リーゼに治療してもらっていたとはいえ、何度も闇の力を使った代償は大きかったようだ。
「よし、ここは僕たち《光の剣》の出番だな!」
アインスはこちらを一瞥した後、仲間たちに呼びかけていた。聞き慣れない単語は、おそらく彼らのパーティ名だろう。
「アインス……その名前、いい加減なんとかならないの? 剣持ってるのあんただけでしょ」
「……だな。ライトブレイブスに、改名すべきだ……」
「フリード、あんたのセンスも壊滅的よ……」
男二人に対し、マリーの鋭い突っ込みが入る。こんな状況でも全く怖気づく様子はない。
間違いなく、彼らは数え切れないほどの修羅場をくぐり抜けてきているのだ。
「リーゼ、少し下がってなさい。疲労が隠せていないわよ」
「すみません、助かります」
「フリードは白い奴の足止め。あたしが雑魚をまとめて吹き飛ばすから、アインスは囮役」
「……ああ、任せろ……」
マリーが的確に指示を飛ばすと、リーゼとフリードが即座に応える。唯一、アインスは面白くなさそうな顔をしていた。
「おーい、マリー? リーダーは僕なんだけど」
「あんたがモタモタしてるからでしょうが。さっさと仕事しなさいよ」
「あっ、うん……」
マリーの勢いに押され、アインスはたじたじになりながらも前へ出た。
鎧兵士たちの標的が彼に集中した瞬間、フリードが側面からボスの元へと突撃していく。
「ウオオオオオッ!」
雄叫びを上げる彼の大斧と敵のメイスが交錯するが、全く押し負けていない。傍目に見ても驚異的な力だと分かる。
他方、アインスが囮となって鎧兵士の攻撃を受け流している間、マリーはロッドの先に火のエネルギーを集束させていた。
「アインス、もういいわよ。邪魔」
「邪魔は酷くないか!?」
アインスが文句を言いながらマリーの元へ飛び退く。刹那、空間が大爆発を巻き起こした。
凄まじい轟音と爆風。後方にいたキョウヤの元までも熱風が押し寄せ、高熱が肌を刺す。
《ブレイズキャノン》――この世界では初めて見る上級魔法の威力にキョウヤは震撼した。あんなものを生身で食らったら、命がいくつあっても足りないだろう。
煙が流れ去った時、鎧兵士たちは一体も動いておらず、粒子となって消えていくところだった。
「それで、アインス。あの白い奴はどうするつもり?」
「もちろん倒すけど、急に丸投げするのはやめてくれないかな」
「あんたがリーダーなんでしょ? 頭使いなさいよ」
「もうちょっと、優しくして……涙が出そうだ」
「キモッ」
まるで何事もなかったかのように、アインスとマリーは緊張感のない会話を交わす。そして、フリードは高笑いしながら《ヴォイドガーディアン》と打ち合っていた。
それらを眺めていたリーゼが深いため息を吐いたのを、キョウヤの目は見逃さなかった。




