第61話 温もり
負傷したソフィーを冒険者ギルドに送り届け、キョウヤとミレイは重い足取りで自宅に戻った。
試験は日を改めることになったが、今は全員が無事であったことを安堵する他ない。
キョウヤとしても気持ちを整理する時間は必要だった。ラージュとのやり取りは胸に突き刺さったままだ。
「――ヤ」
同類、壊す側――闇の力が絡んでいるのは確実。
だが、その真意は不明。逃れられないというのならば、この先に何が待ち受けているというのか。
そして、彼の襲撃はこれで終わりではないはずだ。次に相対した時、自分はどうすれば良いのだろうか。
「ねえ、聞いてる?」
「……! 悪い、呼んだか?」
椅子に沈み思考を巡らしていると、いつの間にかミレイが目の前に立っていた。
顔を上げると、彼女が気遣わしげな表情でこちらを覗き込んでおり、二人の距離が一瞬で縮まる。
「うわっ!」
驚きで椅子ごと倒れそうになり、キョウヤは咄嗟にミレイの腕を掴んだ。
おかげで転倒は避けられたが、勢い余って彼女の胸にダイブしてしまった。柔らかく温かな感覚が頬を包み、時間が止まる。
「ちょっ、キョウヤ……!」
「ご、ごめん!」
素早く距離をとったミレイは、ケープで身を隠した上でキョウヤを睨みつけた。
恥じらいか怒りかは分からないが、顔が紅潮しているのは気のせいではないだろう。
「ごめん、故意じゃないんだ!」
「……分かってる。もう気にしてない」
キョウヤが頭を下げて平謝りすると、彼女はため息交じりに返答した。
異性として触れてはいけない領域に踏み込むとは、これ以上はない失態だ。
「でも、次やったら本気で怒るから」
「やらないって……」
邪念が全くないと言い切れないことに罪悪感を覚える。しかし、彼女との絆を壊したくないという思いもまた本物だった。
「それより、ずっと上の空だったけど、大丈夫?」
機嫌を直したミレイの瞳が不安げに揺れた。彼女には真実を告げておくべきだという結論に至る。
「ラージュのことを考えていた」
「襲ってきた人だよね。何があったの?」
「……昔の因縁だよ。俺は恨まれても仕方のないことをやらかした」
ラージュの名を即座に思い出せなかったのは、不快な記憶を封じ込めていたからだ。
異世界に来てまで、かつての仲間に殺意を向けられるとは思わない。あの様子では和解するなど不可能だろう。
「話、聞かせてもらえる?」
「ああ……」
丁度、話そうと思っていたところだ。
彼はミレイにも危害を加えようとしていた。厄介事に巻き込んでしまった以上、説明する責任はある。
「あいつは同じチームに所属していた仲間だった。俺としては仲良くやっていたつもりだよ。でも、それも長くは続かなかった」
「どうして?」
ミレイは不思議そうに首を傾げる。この先を話せば、その表情が軽蔑に変わる可能性がある。
それでも正直に伝えなければならない。彼女に対して嘘を吐くなど考えられない。
「当時、クロエを含む何人かの初心者がチームにいたんだ。けど、クロエ以外の奴らは事あるごとに俺を頼ってきた。その時の俺は助けるのが正解だと思って、断ることができなかった。今思えば、都合のいい人間だと思われていたんだろうな」
キョウヤは常に良い人間を演じていたつもりだが、彼らにとっては都合の良い人間でしかなかった。
利用されていたにすぎないと知ったのは後になってからだった。
「そうやって甘やかされて育った初心者たちが、ある時チーム外で寄生――簡単に言えばトラブルを起こし続け、チーム自体が非難された。事情を知ったメンバーが次々とチームを抜けていって、最終的には解散することになったんだ」
チームマスターの心労は相当なものだっただろう。中枢メンバーであったラージュも心を痛めていたのは間違いない。
「何それ。キョウヤは悪くないじゃない」
「いや……俺が彼らの要求をちゃんと断っていれば、チームが搔き乱されることはなかったかもしれない。だからラージュの憎悪も理解できなくはない」
以来キョウヤは集団から距離を置き、新たなチームからの勧誘も拒否していた。
無論、ラージュと話す機会は二度と訪れなかった。関係は一方的に切られていたし、見かけることもなかったからだ。
唯一クロエと縁が切れなかったのは、彼女だけは本当に慕ってくれていたからだろう。
二人の友人――レオンとイーリスに依存し始めたのも、その喪失の後からだった。
「要するに、貧乏くじを引いただけでしょう?」
「……?」
「仮にキョウヤが断っていたとしても、きっと矛先が変わるだけ。悪いのはその人たちであって、あなたじゃないってこと」
「そういうものか……?」
「そういうもの。あなたは堂々としていればいい」
ミレイに断言され、胸が僅かに軽くなる。しかし、だからといって脅威が消えるわけではない。
「それでも、ラージュは俺たちを狙い続ける。それに、あいつが言っていたことも引っかかるんだ」
「同類、壊す側、だっけ。闇の力のことかな?」
「だと思う。なあ、ミレイ……もし俺が間違いを起こしそうになったら――」
「その時は、わたしが止めてあげる。だから大丈夫、心配しないで」
不安を察知されたのか、ミレイは再びキョウヤの前に立つ。次の瞬間、あろうことか頭が引き寄せられ、そのまま抱き込まれた。
拒絶することもできず、気付けば彼女の身体に顔を埋めていた。その感触と体温が身に染みる。
「……俺は怒られたくないんだが」
「これはノーカウント」
優しさに包まれ、心が洗われていく。緊張が和らぎ、身体の力が抜けていく。
もう少しだけ、この時間が続いてほしい――そう思いながら、キョウヤは静かに目を閉じた。




