第60話 怨恨
見つけた――それは確かに自分に向けられた言葉だったが、その声に聞き覚えはない。
周囲を警戒し、敵の気配を探る。刹那、側面の木陰から茶色の外套を纏った人影が飛び込んできた。
ミレイとソフィーを護るため、キョウヤは咄嗟に前へ躍り出て剣を振り抜いた。
ガキンッ、とキョウヤと襲撃者の刃が交錯する。アインスほど重くはないが、決して軽視できない力の持ち主。
否、アインスはあくまで自衛のために剣を交えただけだ。この敵は明確な殺意を持って力を振るっている。
少しでも気を抜けば、その瞬間に斬られる。対人戦は何度か経験したが、これほどまでに危機感を覚えたのは初めてだ。
「なんなんだ、お前は……!」
その問いに返答はなく、代わりに増幅された殺意が向けられる。
二人の力はほぼ互角だった。しかし、人を傷付けることに抵抗があるキョウヤの剣はジリジリと押し返されていく。
「そこまでです!」
状況を打破したのはソフィーだった。側面に回り込み、声を荒げながら矢を放つ。
襲撃者は後方へ飛び退くが、そこへミレイの《ライトニングアロー》が襲いかかった。
「チッ……!」
舌打ちしながら距離をとった襲撃者は、そのまま木の陰に身を隠した。
キョウヤは敵の潜む木を凝視し、いつ飛び出してきても対応できるように剣を構える。
だが、敵に一切の動きはない。まるで消えてしまったかのように静けさが広がる。
「キョウヤ、怪我はない!?」
「気を抜かないでください! まだ近くにいます!」
ミレイがキョウヤの元へ駆け寄ろうとすると、ソフィーが大声で制止する。
瞬間、戦慄が走った。襲撃者の姿は目に映らないが、闇に溶け込むように蠢いている。
その気配は背後、ミレイとソフィーの元へと――
「……! ミレイ、防御しろ!」
「ミレイさん危な――くうっ……!」
キョウヤの叫び声と同時に、襲撃者が突として姿を現した。
その左手に握られたダガーが、ミレイを押し退けたソフィーの横腹に突き刺さった。
「ソフィーさんっ!」
ミレイの悲鳴が響き渡る中、ソフィーは苦痛を堪えて蹴りを繰り出した。襲撃者の身体が吹き飛び、キョウヤの方へと滑ってくる。
「うおおおおっ!」
キョウヤはすかさず突撃した。今度はこちらから剣を振るうと、相手の刃がそれを受け止める。双方の剣が再び火花を散らす。
「ハッ! こっちでは大したことねぇな、キョウヤ」
「お前は誰だ。なぜ俺たちを狙う!」
「ラージュ」
「……?」
「フッ……覚えてねぇか。ようやく会えたってのに、つれねぇ奴だ」
ラージュ――聞き覚えがある名だ。おそらく《ティルナノーグ》のゲーム内で交流のあった人物だが、剣を交えながらでは思考が追い付かない。
「《夢の旅人》……ここまで言えば分かるか?」
「……そうか、お前は――」
《夢の旅人》はキョウヤがゲーム内で所属していたチームだ。魔法剣士の後輩、クロエとの縁が紡がれた場所でもある。
そこには確かにラージュというプレイヤーがいた。当時のキョウヤと同等レベルのプレイヤーであり、何度かパーティを組んだ記憶が甦る。
「チーム解散の原因、忘れたとは言わねぇよなぁ。オマエだけは絶対に許せねぇ」
「……復讐のつもりか? だったら関係のない人間を巻き込むな」
「甘ぇんだよ。オマエには絶望してもらわないと割に合わねぇ。奪って、奪い尽くして……オマエは最後に嬲り殺してやる」
ラージュの憎悪に満ちた目がミレイを捉える。彼女はソフィーに対して治癒魔法を施しており無防備だ。
「またビギナー引き連れて先輩気取りか? イラつくんだよ、クソ野郎が」
「そんなつもりはない。彼女に手を出すな!」
「……そう言われると殺りたくなるんだよなぁ!」
再び間合いをとったラージュの姿が一瞬にして消失する。
先ほどもそうだったが、彼が使ったのは《シェイドクローク》で間違いない。同じ闇の力を宿しているからなのか、その位置はなんとなく察知できる。
「させるか!」
ミレイに向けて駆ける気配に向けて、キョウヤは剣を大きくぶん回した。
鮮血が舞い散り、ラージュの闇魔法が解除される。剣先が掠ったようで、彼は肩口を押さえながらよろめいた。
「クソがっ……!」
「もうやめろ。これ以上続けるならお前を斬る!」
敵対する人間とはいえ殺しなどしたくはない。しかし、やらなければ大切な人に危害が及ぶ。
キョウヤは殺意を込めて相手を見据えた。生まれた負の感情に、己の中の闇が応える。気付けば、ドス黒いオーラに包まれた身体がそこにあった。
「オマエ、まさか……!」
ラージュの目の色が変わる。初めて見せる驚愕の表情が、やがて嘲笑のような笑みへと変化した。
「ククッ、ハハハッ! こいつは傑作だ。まさかオレと同類だとはなぁ」
「……同類だと?」
「気付いてねぇのか、間抜けが。オマエは壊す側の人間ってことだ」
「何を言って――」
「今はヒーローごっこを楽しめ。どうせオマエは逃れられねぇんだからなぁ! ハハハハッ……!」
ラージュはそう言い捨てると身を翻し、笑いながら木々の中へと消えていった。殺気が霧散し、森に静寂が訪れる。
キョウヤは即座にソフィーの元へ駆けつけた。流血はあったものの、大事には至っていないようだ。
「ソフィーさん、大丈夫ですか?」
「ええ……ミレイさんのおかげで傷は塞がりました。感謝いたします」
「ごめんなさい……わたしを、庇ったせいで……」
「お気になさらず。冒険者の方を護るのもわたくしの仕事ですから。ご無事で何よりです」
涙を浮かべるミレイを、ソフィーが優しく抱き締める。誰も重傷を負わなかったのは不幸中の幸いだ。
だが、ラージュが残した言葉は頭から離れない。ソフィーに肩を貸して王都に戻る間も、キョウヤの心が晴れることはなかった。




