第40話 責任
翌日の朝、二人は《オルストリム》の港へと足を運んだ。
東側には果てしなく広がる青の領域。所々に白い雲が浮いた水色の空と、それより少し濃く見える水が織りなす水平線がある。
そして、埠頭には見る者を圧倒する大型船が停泊していた。
「わぁ、綺麗な海……! それに大きな船も……!」
「モニター越しに見るとのは全然違うな」
ミレイは年相応の少女らしく心を躍らせている。キョウヤも同様に心を打たれるものがあった。
そういえば、彼女は旅をして綺麗な景色を見て回りたいと言っていた。それならば、この情景は間違いなくその一つに入るだろう。
「いらっしゃい! 新鮮な魚が入ってるよ!」
「魔導具ならこちらへ! 様々な物を取り寄せていますよ!」
付近の広場の出店の規模は《アルドラスタ》のそれよりも圧倒的に大きく、大通りの方まで続いていた。
都市中央にも円形の広場があったが、こちらは主に海を越えて入ってきた者や物が集っているようだ。
「凄い人の数……! 亜人って呼ばれる人もいるよ。なんだか不思議な感じ」
「獣の耳と尻尾が付いてるのはワーウルフ、トカゲみたいな頭の奴はリザードマンだな」
「詳しいね。さすがガイドさん」
「まあ、ファンタジーでは割と有名な奴ではあるから」
魔物ではないゴブリンまで歩いているが、誰も気に留める様子はない。これが日常的な光景なのだろう。
ゲームでプレイヤーが個人商店を出していた広場は、そういった群衆で溢れ返っている。
「それで、何か欲しい物があるのか?」
「お金に余裕が出てきたし、服を買っておきたいと思って。ルームウェアになりそうな物が欲しい」
「なるほど。俺もそれくらい買っておこうかな」
思えば、初日からずっと同じ服を着用し続けている。適度に水魔法で洗浄してはいるが、着替えがあった方が色々と便利だ。
戦闘用に鎧などを買うのも考えたが、着心地や重量を考慮すると気が進まない。今着ている黒を基調とした服が好みというのもある。
おそらくミレイも同じ思いだろう。彼女は使わなくなった初期装備のロッドさえ、わざわざマジックケースの中に保管しているのだ。
それから二人は一時間以上にわたって露店巡りをすることになった。
朝食は初日と同じように果物を買って食した。あの時とは違い、今回は適度な甘みを感じられる果実だ。
ミレイはいくつかの衣類に興味をそそられたようで、それらがマジックケースに突っ込まれた。何を購入したのかは見ていなかったが、勝手に中を覗くのは無粋だろう。
キョウヤも一応着替えになりそうな物を買っておいたが、適当な布の服だ。外で着用する物ではないため、特に体裁は気にしていない。
「あれ、キョウヤさんにミレイさん!」
一通り巡り終えた頃、聞き覚えのある声が響く。声の主は白い服の少年。
賊に囲まれているところを助けたことで知り合った、ランドという名の剣士だった。
その背後からは黒いローブを着た少女、フィノアも歩いてくる。
「またお会いできましたね。ここには何かをお求めに?」
「ああ、俺はあくまで付き添いだけど、服を買ったところで――」
――にわかに周囲の空気が変わった。一部の者に訝しげな目で見られていることに気付く。
ザワザワと、異様な雰囲気が広がっていく。やがて、明らかな敵意がこちらに向けられた。
「おい、あれだよあれ……」
「……あれがグリザート伯爵家の?」
「チッ……最悪だ。こんなところで会うとは」
グリザート伯爵といえば、《オルストリム》周辺を統治している領主だと聞いている。
「……フィノア、行くよ。ごめんなさい、また今度お話しましょう」
ランドがフィノアを連れて去っていく。伯爵家というのが彼らを指していると理解するのに時間はかからなかった。
「ミレイ、追うぞ」
「うん」
やがて、二人は人の少ない裏通りでランドとフィノアに追い付いた。
「どうして付いてきたんですか? 僕たちは伯爵家の者ですよ」
ランドが唇を噛む。伯爵家という言葉に怒りが籠っているように聞こえた。
「伯爵家とか関係ない。話がしたかっただけ」
ミレイが諭すと、ランドは諦めたように肩を落とし、少し間を空けてから口を開いた。
「改めて自己紹介します。僕はランド・グリザート、こっちは妹のフィノア・グリザート。この都市周辺を統治する領主の子です」
「衛兵でさえ気付かないから、あまり顔は知られていないはずだけど……バレるとは思わなかった」
最初に出会った時にランドが言っていたことを思い出す。治安が悪いのはその領主のせいであり、避難の声が上がっていると。
だが、実際に都市を治めているのは領主当人であって、この二人は関係ない。いい加減なことを言う民衆に腹が立つのは、己が未熟だからだろうか。
「僕たちは……父のやり方が嫌いで、勝手に家を出ました」
「冒険者としてはまだ未熟だけど……それでも、都市の皆の役に立つため……私たちが自ら選んだ道なの」
「領主……父が嫌われているのは知っているので、お二人の迷惑にならないようと思ったんです」
「ごめんなさい……。二人には助けてもらったのに、逃げてしまった……」
二人が交互に言葉を紡ぐ。ランドは父という言葉を使うごとに躊躇している。フィノアは湿り声で途切れ途切れに言葉を発していた。
当主に反発して冒険者になり、都市のために働く。容易ではない選択だ。
「……二人とも、自分の意志で動いていて立派だと思う。だから、恥じることなんてない」
「同感だな。ランドとフィノアは何も悪くないんだから、堂々としていればいいんだ」
ミレイが二人を励まし、キョウヤも同調する。
彼らは初め困惑した様子だったが、やがてその表情に明るさを取り戻した。
「……ありがとうございます。お二人には助けられてばかりですね……!」
それから軽く立ち話をしたところによると、グリザート伯爵は相当な守銭奴らしい。
王国から義務付けられている、冒険者ギルドを介した魔物討伐以外の政策を打ち出していない。
《アルドラスタ》はギルドが治安維持の一翼を担っていた。それよりも規模が大きい都市で何もしていなければ、賊が出没するのは必然だろう。
自分の親が見て見ぬふりをしていれば、心が清いランドとフィノアが反発するのも当然だ。
もしかしたら、野盗に囲まれていたのも自ら危険を冒した結果なのかもしれない。
「自ら選んだ道……」
選択には責任が付き物だ。己はこの世界で何を掴み、何を捨てることになるのだろうか。
ランドたちと別れた後、キョウヤは何気なしに一人呟いた。ミレイは聞き取れなかったのか、不思議そうな顔でこちらを見つめていた。




