第120話 新たな始まり
一週間後の昼前、キョウヤはミレイを伴って冒険者ギルドに足を運んでいた。
ソフィーは相変わらず業務に励んでいる。ひたむきに仕事と向き合う姿が眩しい。
「キョウヤさん、復帰おめでとうございます。お変わりないようで安心いたしました!」
「ソフィーさんもお元気そうで何よりです。取り計らってくださり、ありがとうございます」
「いえいえ。此度はわたくしの不始末ですので」
ギルドからは謹慎処分を言い渡されていたが、この日で解かれた。
どちらにしろ期間中は療養に専念していたため、処罰はなかったに等しい。
ソフィーが便宜を図ってくれたのは間違いない。心から感謝するばかりだ。
「あの、リリアの件ですが……」
ミレイが周囲を窺いながら小声で話を切り出す。やはり迷いの森の件は尾を引いているようだ。
死闘は乗り越えられたが、《負の共鳴者》のラージュ、リリアの両名は依然として野放しになっている。
クラウザとダストは彼らに協力していた無法者にすぎない。元を絶たなければ、また同じような者が出てくるだろう。
「彼女の足取りは掴めておりません。ここ数日、《フューズ大森林》の魔物討伐という名目で緊急依頼を出しましたが、特に異常はないようです」
「そう、ですか……」
リリアは再び行方をくらましてしまった。それが良いのか悪いのかは今は判断しかねる。
彼女は魔法使いとしての実力だけでなく、《魅了》という人を操る能力まで持ち合わせていた。
ソフィーでさえ後れを取った相手であり、自分たちの手に余る敵であることは確かだ。
「……リリアは元冒険者ですので、ギルドが責任を持って追い続けます。もちろん、わたくしも捜索に尽力する所存です。ですからミレイさん、ご無理はなさらないように。あなたの身を案じている者がここにも一人おりますこと、どうかお含みおきください」
「ソフィーさん……ありがとうございます」
ミレイの焦燥を見破ったのか、ソフィーは優しい口調で言い聞かせた。
迷いなく言い切る彼女はまさしく大人の女性。思いやりに溢れた言葉が相棒の顔を綻ばせる。
「可能な限りご協力させていただきますので、今後もお気軽にご相談くださいね!」
太陽のように明るい笑顔を浮かべるソフィーに対し、ミレイと共に改めて謝意を表した。
背後から「いってらっしゃいませ」と見送られる中、二人してギルドを後にしようとする。
「キョウヤさん、ミレイさん、お待ちしていましたよ」
どことなく妖しげな声が響いたのは、建物から外へ出る直前のことだった。
呼び止めてきたのはエルフの魔法使いマリウス。珍しく単独行動をしているようだ。
「お二人に少しお話があります。お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
この後は特に予定は入っていないし、彼には大きな借りがある。
恩人の誘いを無下したくないのはミレイも同じなのか、すぐに頷いてくれた。
「はい、構いませんよ」
「それは良かったです。では、付いてきてください」
マリウスはニヤリと笑ったかと思えば、早々に背を向けて歩き出した。
相棒と顔を見合わせ、彼の後を追う。不気味な印象を受けたが、今更断ることはできなかった。
先を行くマリウスに続き、王都の裏通りを黙々と進んでいく。
目的地は全く分からない。話があるとは言われたが、内容は不明瞭だ。
「あの、どこへ向かっているんですか?」
「すぐに分かりますよ。焦らないでください」
堪らず問いかけても、返ってきたのは有耶無耶な答えと胡乱げな笑みだけ。
彼が放つ独特の雰囲気に気圧される。隣のミレイも不安げな表情を浮かべていた。
「着きました。どうぞお入りください」
「酒場……?」
マリウスは酒場を示す看板が立てられた建物の前で足を止めた。
話があるにしても、わざわざ僻地に呼び出す必要があるのだろうか。
「おや、どうしましたか?」
裏通りの店は治安が良くないと聞いたことがあるし、彼の態度は明らかに不自然だ。
勘ぐるのは悪い癖かもしれないが、どうしても慎重にならざるを得ない。
「キョウヤ、入るよ」
ミレイは既に覚悟を決めたようで、真剣な眼差しを向けてきた。
もはや逃げるという選択肢はない。唾を飲み込んだ後、一息に中へと入った。
「くくっ……かかったな!」
直後、凄みのある声が反響し、背後からバタンと大きな音が続く。
振り返れば、閉じられた扉の前にはマリウスが立ち塞がっていた。
「ミレイ、気を付けろ!」
相棒に警告しながら視線を前方に戻せば、薄暗い店の中で座す複数の人影が目に入る。
その瞬間、騙されたと気付いた。こんな単純な手に引っかかるとは、馬鹿な自分を殴りたい。
「よう、二人とも元気そうだな。復帰おめでとう!」
テーブルを囲んで待っていたのは、お馴染み《フリーダム》の面々だった。
気さくに声をかけてきたのはリベル。一度は本気で剣を向けてしまったが、彼は笑って流してくれている。
「あっはっは! 引っかかったね、キョウヤ!」
咄嗟に警戒してしまったが、最初に聞こえたのはティアナの作り声だろう。
悪ふざけが好きな彼女のことだから、仲間を巻き込んで実行したに違いない。
「まったく……こんなことに私を使わないでいただきたいですね」
「あらマリウス、あなたも割と乗り気だったじゃない」
マリウスがぼやくと、すかさずアストラから突っ込みが入る。
確かに、いつにも増して胡散臭さを漂わせていた。彼だからこそできた芸当だ。
「先輩、ミレイさん……こ、こんにちは」
最後の一人、クロエは何やら緊張した面持ちで座っていた。
普段はもっと元気な声が飛んでくるのだが、今日に限って大人しい。
「驚かせて悪かったな。とりあえず座ってくれるか」
リベルに促され、七人で囲める大きさの丸テーブルに着く。
席は他にも多数あるのだが、彼ら以外の客は一人も見当たらなかった。
「珍しいですね。裏通りの酒場なんて」
「お前たちは静かな店が好みだと思ったからな。今は貸し切りにしてもらっている」
「貸し切りって……お金は大丈夫なんですか?」
「ここの主人とは人助けの一環で知り合ったんだ。彼の善意だから気にしなくていいぞ。今日はお前の復帰祝いだから、存分に食べていってくれ」
奥のカウンターを見ると、店主らしき壮年の男がニコリと目を細めた。
これはリベルたちの活動方針が生んだ結果らしい。善因善果とでもいうべきか。
「じゃあ、話があるというのは呼び出すための口実だったんですか?」
「いえいえ、それ自体に偽りはありませんよ」
「そうだね。あたしらはこの日を待っていたんだ」
「キョウヤが復帰したからこそ、伝えたいことがあるのよ」
《フリーダム》の四人の視線が一点に集中する。そこにいたのは紺色の少女。
空間に沈黙が落ちる。その場の全員が、彼女の次の言葉を待っていた。
クロエは落ち着かない様子だったが、大きく息を吸った後、意を決したように口を開いた。
「……この数日間、考えていたんです。私、迷いの森の戦いで自分の弱さを思い知らされました。実力を付けたつもりでいたのに、全然足りませんでした。やっぱり《フリーダム》の方々に甘えていたんだと思います。私はもっと強くなって、皆さんのお役に立てるようになりたいんです。だ、だから、お二人にお願いがあります。もし、お邪魔でなければ……こ、今後もご一緒させて、いただけませんか……?」
最初はスラスラと言葉を発していたが、最後はぎこちない調子になっていた。
こちらが拒む理由など存在しないのに、クロエは慎ましい姿勢を崩さない。
思わず笑みを零しながらミレイを見やると、彼女も穏やかに微笑んでいた。
「クロエ、歓迎するよ。君が加入してくれるならとても心強い」
「うん、わたしもクロエともっと一緒にいたい。三人で頑張ろうね!」
「……! 先輩、ミレイさん……ありがとうございます! 不束者ですが、よろしくお願いします!」
クロエが堅苦しい挨拶をした途端、ティアナがプッと吹き出した。
釣られるように笑いが伝搬していく。和やかな空気が場を満たしていく。
「な、何がおかしいんですかー!」
笑顔の絶えない食卓を前にして、キョウヤは密かに思案する。
元の世界に戻れなくなった今、異世界は紛れもない現実となった。
この世界では、これからも沢山の出来事が待ち受けていることだろう。
中には辛くて苦しいこともあるに違いない。だとしても、きっと大丈夫だ。
なぜなら、こんなにも素敵な仲間たちが傍にいてくれるのだから――。
四章 終
ここまでお付き合いいただき、誠にありがとうございました!
四章の中盤から更新が不安定になってしまい、大変申し訳ございませんでした。
五章は二週間以内の開始、週2~3の更新を目指しております。
とても重要な章となりますので、また足をお運びいただけましたら幸いです。




