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化け物と共に


 お父さんは、化け物の存在を知っていた。お父さんの職業を考えれば、この国の裏事情を知っていてもおかしくはないのかもしれない。

 だけどお母さんの事も知っていたのは、意外というか、思いもしなかった。


 事が落ち着いてから改めてお父さんと話す機会があったけど、お父さんはお母さんと、最期の別れを済ませた上で、お母さんを化け物に差し出したらしい。

 私の将来を考え、母親と言う大切な存在を失わせないため、お母さんは化け物として生きていく事を決めた。お父さんも、お母さんを心から愛していたからこそ、化け物を受け入れて化け物になったお母さんと生きていく道を選んだ。


 だけど実際は、化け物になったお母さんを受け入れるのに躊躇があったらしい。政界に進出してからは、仕事が忙しいフリをして滅多に家に帰らなくなり、帰って来ても表面上は仲の良い夫婦に見えるけど、心の中は苦しいままだったという。

 だけど私はお母さんを受け入れた。これまで育ててくれたお母さんを、第二の母として受け入れ、仲良くしている。

 そんな姿を見て、お父さんもお母さんを、ようやく受け入れる事が出来たらしい。密かに作っていたという本物のお母さんのお墓にも、休日に皆で赴くようになった。


『夫婦旅行二日目。今日はお城を見てきます。仲良くなってるので心配しないでね』


 スマホのチャットアプリで、母からそんなメッセージが送られてきている。


 お母さんはあの騒動の後、一週間くらいしてひょっこりと帰って来た。

 まるでどこかに旅行にでも行っていたかのようなテンションで、ただいまと言い、本当に普通だった。

 話を聞くと、石塚に殺されたのは事実だけど分体があったので、そちらの方で時間をかけて再生していたらしい。


 化け物が突然人間に反抗をおこしたあの事件で、殺虫剤で殺された化け物達は9割方が分体の方で復活し、残りの1割は殺し損ねた肉体の破片から再生して復活をとげている。

 しかしあの動乱に乗じて暴れた、新種と呼ばれる化け物達は、同じ化け物でも旧種と呼ばれる化け物達の手によって、数百もの個体が駆除されたらしい。

 本来同類同士で殺し合ったりしないはずの種なのに、殺す事が出来たのはあの事件を経て新種と旧種を別の種とみなす事にしたからだと言う。思想も、実力も違う。勝手に事件をおこし、化け物全体の首を絞める結果となった新種に対する、旧種達が下した罰だ。


 これにより、生き残った新種はおとなしくなったという。


 続いて、お母さんとのチャット画面に写真が送られてきた。


「ふふ……」


 その写真を見て、私は思わず笑ってしまう。

 写真は、ガチガチに固まった様子のお父さんの腕に、お母さんが笑顔で片腕を組んでいる写真だった。

 2人は今旅行中で、度々こうして写真を送って来てくれる。どの写真も本当に仲の良い夫婦のようで、疑いようがない。


「──何笑ってるの?」


 突然背後から、抱きしめられた。抱きしめられた上で、耳元で囁かれるように尋ねられる。息がかかって、少しくすぐったい。


「旅行中のお母さんが、お父さんとの写真を送って来たの」


 そう答えつつ、抱きしめて来た人物にスマホの画面を向ける。


「仲が良さそうね」

「うん」


 感想を述べると、抱きしめて来た人物は私から離れた。

 離れると、私はスマホをしまって振り返る。


 そこにいた人物は、愛音だ。天然の茶髪を伸ばした、ぷるぷるの唇の持ち主。私が愛してやまない、可愛い女の子がそこにいる。


 愛音はあの日、私の腕から溶けて消え去った。だけど私の耳の中にある分体を取り出し、私は毎日水を与えて育てた結果、どんどん大きくなっていって一週間程で元通りの愛音の姿に戻った。

 今ではすっかり、いつも通りだ。いや、いつも通り以上だ。毎日触れ合い、毎日キスをして、毎日抱きしめる事が出来るようになった。


「あのよう、お前ら。人前でイチャイチャすんのやめろって、言ってるよな?」


 見つめ合う私と愛音に文句を言って来たのは、鬼灯さんだ。

 鬼灯さんは床に座り込み、机の上に広げられたシワの多い問題集と睨み合っていて、イライラした様子だ。


「イチャイチャしてるのを見るのが嫌なら、うちらもする?ただ……ちょっと痛くしちゃうかもだけどさー」


 鬼灯さんにそう言ったのは、東堂さんだ。


 東堂さんも、死にかけの赤い肉の塊から復活を遂げた。彼女も色々と勝手な行動をとっていたので、旧種の化け物達によって処分の対象となったけど、私が庇ってあげた。

 私と愛音が面倒を見て監視するという条件のもと、生かされて普通に生きている。


「やめろ、マジで。アタシはお前等と違って、本当に余裕がねぇんだよ……」

「じゃあこうしよー。赤点とったら、うちが拷問するから。そう思えば、本気でいい点数とろうとするっしょー?」

「そんなリスクのあるテストは嫌だわ……てか、冗談にならない事言うのはやめろ。愛音が睨んでんぞ」

「同意の上なら、別にいいっしょー」


 鬼灯さんも、今では東堂さんの正体を知っている。愛音の正体もだ。

 話したのは愛音で、正体も実際に見せたりもした。事件の後、化け物は表面上全て死んだ事になっているけど、その生き残りは今もこうして人間社会に溶け込んで暮らしている。友達がその化け物だったと知った時、鬼灯さんは若干ショックを受けた様子ではあったけど、受け入れてくれた。受け入れて、これまで通りの友達として接してくれている。


 変わった事と言えば、東堂さんが鬼灯さんへの歪んだ愛を隠さなくなった事か。元々鬼灯さんを気に入っていたという東堂さんは、事あるごとに鬼灯さんを拷問したいとか、痛めつけたいとか、そんな事を言うようになった。

 勿論強制的にそんな事をすれば旧種の化け物によって駆除されるので、同意を求めているのだ。


「そうね。巡が、どうかアタシを痛めつけてください。アタシを鞭でたくさん叩いて、家畜のように扱ってくださいって言えば、別に私は何も言わない」

「ぜってぇ言わねぇよ、そんな事……」

「だそうよ、静流。諦めなさい」

「まだ分からないってー。うちはいつか、愛音と桜の関係と同じような感じに、巡となるんだからー。そうすれば、もう痛めつけたい放題っしょー?」


 それじゃあまるで、私と愛音が鞭で打ち合っているみたいになってしまう。断言しておくと、私と愛音は互いを痛めつけ合ったりなんかしていない。愛音はたまに意地悪ではあるけれど、関係はいたってノーマルで、純情で、清い。


「確かにそうね。私達みたいな関係になれば、きっと何をしても許してもらえるわ」


 しかし愛音は乗り気で私に抱き着いて、私の頬にキスをしてくる。


 いや確かにそうだけども。愛音にだったら、ちょっと痛い事をされたくらいで文句は言わない。むしろ愛として受け入れてしまうだろう。

 ただしその場合、こちらも同じ事をやらせてもらうから覚悟していて欲しい。


「だから、人前でイチャイチャするんじゃねぇっての。お前等もう仲良すぎて逆に怖いわ」

「──ねぇ、楽しそうな話し声が聞こえて来るけど、ちゃんとお勉強してるのかしら?」

「ひっ。す、すんません勉強してます!」


 その時、部屋の扉の隙間から触手が入って来て、その触手が喋って尋ねて来た。

 触手の声は、和音さんの物である。触手も和音さんの物だ。どこから伸びて来ているかは分からないけど、たぶん一階のリビングの方かな。

 和音さんも、あの日石塚に殺虫剤によって殺されてしまったけど、普通に戻って来た。あの日死んでしまったと思った化け物達は、こうして皆無事に過ごしている。


 私達が今集まっているのは愛音の家で、集まっているのは愛音の部屋だ。私達は一年生の学年末テストに向けて勉強中で、季節はちょっと巡って現在は冬になっている。

 あの騒動から、早いものでもう8か月程の年月が経とうとしている。


 鬼灯さんは和音さんが化け物だという事も知っていて、彼女が元の意思を継いで毒親を演じている事も知っている。和音さんはたまに豹変して勉強勉強と言い出すけど、普段は温厚で優しい女性だ。娘を命懸けで守った事もある。

 会って話すようになって、鬼灯さんも段々と打ち解けて来ていると思う。


「ならいいけど、おやつにケーキを準備してあるから、一息ついたら一階に降りてきなさい」

「はい!後程いただきます!」


 鬼灯さんが触手に敬語で答えると、触手は部屋を去っていった。


 いいなぁ。わざわざ歩いて来なくても会話が出来るとか、便利そう。

 和音さんの触手を見て、私はそう思った。


「んでさ、桜」

「んー?」


 東堂さんに話しかけられ、私はそちらを向きつつ返事をする。


「いつになったら、この国の総理大臣になるん?」

「いやいやいや。ならないから」

「でもこの町に、うちらの楽園を作ってくれるんでしょー?今化け物(うちら)の中で、桜 咲夜の名前を知らない化け物はいないってくらい有名人になってるしー」


 それは、お父さんと一緒にいた喪服姿の女性が言っていた事だ。あの人が何者かは分からないけど、この町を化け物にとっての楽園にするから、協力してほしいと言われた。私は協力すると答えた。それだけだ。

 なのに噂が独り歩きして尾ひれがつき、私がなんとかする事になっている。実際どうすれば楽園なんてものが作れるのか、誰か教えて欲しい。


「でも咲夜のお父さんは議員さんだし、もしかしたら将来総理大臣になる可能性はあるわよね。そしたら咲夜はお父さんの職権を利用して、動きやすくなるんじゃないかしら」

「確かに!」

「確かにじゃないから。その時は私じゃなくて、お父さんに期待してよ。お父さんも化け物に対して悪い感情は抱いてないし、化け物になったお母さんとイチャイチャ出来るくらいには理解があるんだから」

「いいからお前等、勉強しろよ。あんま騒いでると和音さんにまた怒られちまうだろ」

「それもそうね」

「……」


 小声で警告して来た鬼灯さんに従い、私達は勉強を再開する。


「……でも市長さんくらいは目指してみたらどうかしら。きっと町中の化け物が協力してくれるし、咲夜が市長さんになったら皆喜ぶと思うわ」


 しかし沈黙は長く持たず、愛音が唐突にそう提案して来た。


 市長、かー……。市長も中々にハードルが高いと思うよ?それなりの学歴と、広い面識と体力に根気良さがなければ、市長どころか市議会議員にもなれないんだから。


「愛音も、私が市長になったら嬉しい?」

「うん。嬉しい」

「なら、ちょっと目指してみちゃおっかな」

「素敵」


 愛音が腕に抱き着いて来た。嬉しくて、頬が緩んでしまう。


「おーおー、勝手になってろ。お前等のバカップルぶりにはもうつっこむ気力もわかねぇよ」


 鬼灯さんは、私達のそんなやり取りに目を向けもしない。問題集に向かいながら、適当な感じであしらってくる。


 まぁ将来の事は分からないけど、お父さんの立場を利用してこの町の運営に携われるくらいの立場を目指すのはいいかもしれない。この町を、どう化け物の楽園にしていくか……それはおいおい考えて行けば良い。


 私は、愛音達化け物と共に歩んでいく道を選んだ。この先まだまだ色々な事があると思うけど、どんな困難が訪れても平気な気がする。そう思えるくらいの体験を、私はした。

 そっと手を伸ばし、愛音の手を握る。愛音も私の手を握り返してくれる。


 世界で一番、愛しい存在。この温もりを、ずっと感じていたい。


この物語はこれにておしまいとなります。

読んでいただいてありがとうございました!

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