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楽園


 石塚は、何度も喪服姿の女性に襲い掛かろうとした。だけど喪服姿の女性は次々と場所を移動し、石塚を一切寄せ付けない。

 ピンが抜かれて殺虫剤をばら撒いていた機械はとっくに煙を吐き出さなくなり、石塚は膝に手をついて息切れを起こし始めている。


「鬼ごっこはおしまいですか?」


 喪服姿の女性が、石塚を挑発するかのように声を掛ける。こちらは息ひとつ切れていない。


「はぁ!はぁ!てめぇ、だけは……!」

「もうよせ!我々人間と化け物とでは、そもそも生物としての出来が違うんだ!我々が勝てる相手ではない!」

「黙ってろよ、桜議員……!勝てる相手じゃないだぁ?オレは今まで何匹も駆除して来たんだ!こいつだってここで駆除してやるさ!」

「……思い上がるのはよせ。君は、人化生物対策課は、これまでただ一匹の化け物ですら殺せてなんかいない」

「はぁ?あんた一体、何を言ってんだ?」

「本当ですよ。私達は誰も死んでいません。これは内緒なんですけど、良い事を教えてあげます。私達化け物は、分体と呼ばれる自身の分身のような存在を作る事が出来るのです。本体と分体は全く同じ意志を持っており、分体の形にもよりますが同じ音を共有し、声を発したり、互いの身体の感覚までもを共有する事が出来たります。一番の特徴は、どちらか一方が死んでも生きている方が無事なら、そちらで肉体が再生される事です。つまり、私達化け物を殺したければ、本体と分体を同時に殺さなければ意味がないと言う事になります。ちなみに私の分体は、今山奥の洞窟ですやすやと眠っていますよ。どんな形かは秘密です」


 喪服姿の女性の話を聞き、私は耳にそっと手を当てた。

 つまり、愛音は分体が生きていれば、再生出来るという訳だ。だから愛音は、自分の命が私と共にあると言ったのだ。

 その意味が、やっと分かった。なんとなくそうではないかと思っていたけど、確信に変わって安堵する。

 愛音だけじゃない。お母さんも、和音さんも、生きている。再生できる。


「そんな話、誰が信じるか!何を言おうと、てめぇはこの場で絶対に殺してやるからな!」

「だから、それが無理なんですよ。そもそも……殺虫剤ごときで化け物(わたしたち)を殺そうだなんて思うのが間違いなんです。先程桜議員が述べた通り、私達化け物と人間とでは、生物としての格が違う。私達が本気になれば、人間に成り代わってこの地の支配者になるなどたやすい事ですので」

「格の違いだぁ?町中に出現した化け物どもは、徹底的に駆除されてる!何が格の違いだ!しっかり殺虫剤で駆除されてるじゃねぇか!」

「ですから、されていませんし、されてあげているんです。それに今回の件で町の中で暴れているのは、新種と呼ばれるこの世界で生まれ育った化け物達。私達旧種と比べると、種としてあまりに弱く、だから今もこの国は無事なのです。もし仮に旧種が本気を出したら……数日でこの国は終わってしまいますから」

「戯言はよせ……」

「彼女の言っている事は本当だ。彼女は我々の前で一瞬にして、戦車を破壊して見せた。目で追えない程のスピードで、建物も破壊して見せた。それが旧種と呼ばれる化け物の実力だ。君も見ただろう?その気になれば、君は殺虫剤をばら撒く暇もなく殺されている。自分達に危険が降りかかろうとも、彼女達は本気を出して抵抗をしたりしなかった。我々は、生かされているという事を理解すべきだ」

「っ……!」

「石塚さん!」


 そこへ、大勢の武装した警官たちが駆けつけて来た。先頭には秋月がいて、石塚の名を呼びつつやってきて、石塚の隣に並ぶ。

 私達は、包囲されてしまった。公園で数名の大人に包囲された時とは違い、今回は数えるのも面倒なくらい大勢だ。


「へへ。形勢逆転だな。秋月、この女は化け物だ。オレが殺すから殺虫剤をよこせ」

「……いえ、それは出来ません」

「あ?」

「本部から、化け物退治は終了しろと命令が出ています。全ての化け物は駆除し終わったので、もうこの国に化け物はいない、と」

「いるだろうが!ここに!」

「……僕には判断しかねます」


 秋月には化け物を見分ける力が無い。だからキッパリとそう言って、石塚を突き放した。


「オレがそう言ってんだから、そうだろうがっ!」

「全ての化け物は、駆除し終わりました。だからもう、終わりです。終わりにしましょう。石塚さん」

「……待て。待ってくれよ。オレは息子の仇をとるために、今まで化け物を殺しまくって来たんだ。今ここに、その仇がいる。もう少しだけオレに従え。あと少しだけでいいんだよ!そうすれば仇を取る事が出来るんだ!」


 秋月の胸倉を掴み、石塚が縋るように迫る。

 だけど秋月は、そんな石塚から目を逸らした。それは石塚を拒否した事を示している。


 拒否された石塚は、ならばと秋月の懐に手を突っ込んで彼の武器を奪おうとした。だけど秋月もその行動を察知して抵抗し、他の男達が石塚を止めに入った事によって未遂で終わる事になる。


「今回の件で罪を犯した化け物達は、旧種の化け物達の手で処分させていただきます。我々と人間との間で、取引が成立したのですよ。人間の手によっては一匹たりとも死んではいませんが、私達がその気になれば駆除する事は可能なので、ご安心を。また、化け物達がこれ以上暴れる事もありません。私達全体の意思でそう決定し、全ての化け物に伝達します」

「……ぜってぇに殺す」


 仲間であるはずの男達に両腕を拘束されている石塚は、未だに喪服姿の女性に対しての殺気を捨てていない。


「今までは人間を殺さないよう、また顔をたてるために力を制御してきました。それが我々が作った、この世界で生きるためのルール。ですが今後はルールを改変させていただき、反撃出来るようにします。もしも今後誰かが化け物を殺そうと企めば、私達は容赦のない攻撃を浴びせる事になるでしょう。相手が個人なら個人を、団体だったらその団体ごと潰します。そのつもりでいてくださいね。パパ」

「殺す……!殺す、殺す殺す殺す!」

「連れていけ」


 煽るような事をいう喪服姿の女性に対し、呪詛の言葉を投げかけながら石塚が連れていかれる。屈強な男に両腕をがっちりと固められた状態では、石塚も抵抗する事は出来ないようだ。おとなしく引きずられて行きながらぶつぶつと呟く姿は、惨めに見える。


「さて。やっと邪魔者が消えましたね。桜 咲夜さん」

「は、はい。わっ」


 喪服姿の女性に名前を呼ばれて返事をすると、彼女はこちらに駆け寄って来て私に抱擁して来た。お父さんを弾き飛ばした上での行動だ。


「今回の件で化け物が、大変ご迷惑をおかけいたしました。本当にごめんなさい」


 抱きしめながら、耳元で謝罪の言葉を呟かれる。


 まるでどこかで私を見ていて、ここ最近私に降りかかった出来事全てを知っているかのようだ。


 そして、愛音と同じだ。自分がした事ではなく、自分と同じ化け物がしたというだけで責任を感じているのか、謝って来る。


「わ、私は……謝罪なんかいりません。私は、化け物達に凄く優しくしてもらっていますから。悪い化け物がいて、悪い人間もいる。勿論良い人間もいて、良い化け物もいる。ただそれだけで、だから、自分がした事でもないのに謝る必要はありません」

「それもそうですね」

「……」


 愛音と少し違うのは、私の言葉をすぐに受け入れて納得してしまった所か。ちょっと驚いた。驚いただけで、批判している訳ではない。


「しかし今回の一連の事件を経て、貴女のように割り切れる者は少数でしょう。人間は、次もし化け物を見つけたら無条件に恐怖し、駆除しようとするはずです。そこに交渉の余地はありません。化け物は、人間の敵となり果ててしまった。一部の愚かな化け物が、私達が長年守って来たルールを破ったせいです。今回の一連の騒ぎはこれで終了しても、これから私達を取り巻く環境は厳しくなる。どうしたらいいと思いますか?」

「……隠れていたらいいと思います。今までみたいに上手く擬態していれば、バレる事なんかありませんから」

「そう。世界も、国も持たない。この国でしか生きていけない私達は、そうするしかない。だから、貴女にも協力してほしいのです」

「協力?」

「ええ。私は化け物が、人と手を取り合い、共生できる場所を──化け物達にとっての楽園を作りたいと考えているのです」

「楽園……」


 そう聞けば、響きはいい。だけど実際はどうだろう。この国に、化け物が自由に暮らせる場所を作るのは難しい。ただでさえ厳しい環境になってしまったと、この人も言っていたばかりである。


「深く考える必要はありません。心に留めておいてさえくれれば、それでいいのです。貴女の耳の中にいるその子は、恐らく一週間ほどで元に戻るでしょう」

「本当ですか!?」

「ええ、本当です。貴女は本当に、その子を大切にしてくれているようですね。同じ化け物として、私まで嬉しくなってしまいます。出来ればこれからも、その子と一緒にいてあげてください。私は貴女とその子の関係に、ある種の希望を抱いているのです」

「……言われるまでもありません。私は愛音と、一緒にいます」


 私の返答を、喪服姿の女性は満足げに笑ってから、背を向けて歩き出した。


「では、失礼します。ゆっくりとお話したい所ですが、やる事がたくさんあるので行かなければいけなくて」

「お、お待ちくださいっ。咲夜、話はまたゆっくりする。だから──」

「……大丈夫だよ、お父さん。お母さんもじきに帰って来てくれるって分かったし、私は一人で大丈夫。だから、いってらっしゃい」

「す、すまん!いってくる!」


 お父さんは、慌てて喪服姿の女性を追って行ってしまった。


 どうでもいいけど、お母さん以外の女性の後を追う父親の姿って、あんまり見たくないな。


 こうして、私の長い一日は終わった。

 その日の内に化け物の駆除完了宣言が出され、テレビでは安堵したキャスターの様子が映り出された。なんの専門家か知らないけど、何かの専門家もこれでとりあえずは一安心だと言って、解説していた。

 人に化ける化け物は、いなくなった。だからもう、外に出ても安全だ。実際はただ一匹の化け物ですら殺せていないのに、駆除した事にして停止していた社会の機能は回復に向かって動いていく。


 人間はこれまで通りの世界を目指し、化け物は化け物にとっての楽園を作るために……裏で、密かに動き出す。


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